22話 ユージーン!

 竜で飛べば大使館まで、アッという間で、ユーリはお茶の時間には間に合った。


 でも、侍女や護衛を馬車で帰らした事や、何故イリスと帰ってきたのかを説明しているうちに、エドアルドと偶然会って、買い物や、昼食をご一緒した事や、取り乱して迷惑を掛けた事まで聞き出されてしまった。


 セリーナはユーリがわざわざエドアルドと買い物や、昼食を取らなくてもと、頭痛がしてくる気分だったが、機嫌が良くなっているのには安堵した。


「大使夫人、すみませんでした。エドアルド皇太子殿下がご好意で申し出て下さるので、断り難くて……」


 ユーリが謝るのを自分でも皇太子殿下の申し出を断るのは無理だっただろうと制して、二人でお茶を飲んだ。


『これを聞いたら夫や、外務次官、ユージーン卿、ジークフリート卿はどう思うかしら。ああ、グレゴリウス皇太子殿下は心を悩まされるのでは……』


 ごく普通の態度でお茶を飲んでいるユーリに、セリーナは確かめておこうと質問する。


「それで、ユージーン卿への怒りは解けましたの?」


 自分の質問に、微妙な感じだったが「話してみようと思います」と答えが返ってきたので、セリーナは昨夜のお通夜のような夕食にならないことを祈った。


 そうこうするうちに会議の終わる時間になり、ユーリはいざとなるとユージーンや他の人達と会うのが嫌な気持ちにもなってきたが、先に延ばせば延ばすほど気まずさは増すだろうと、セリーナと共に一行を出迎えた。


 一行はセリーナからの手紙で、ユーリが大使館で食事をとり、買い物に出かけたと知り、少し安堵していたが、まだ許して貰っていないので微妙な重苦しさが漂っていた。


 ユーリはユージーンが謝れば許すつもりで、セリーナと出迎えて、皆が馬車から降りて自分に気づくのを見ていた。


 優秀な外交官であるユージーンは、顔に内心をだすようなことはなかったが、ユーリがいるのに気づいた瞬間の表情を見て、思わず駆け寄り抱きつく。


「ユージーン、ごめんね! 子供っぽいことして」


 白いドレス姿のユーリが矢のように飛んできて、自分にぶつかるように抱きついてきたのを受け止めながら、ユージーンはユーリに「傷つけて、すまない」と謝った。


 大使と外務次官も謝り、ジークフリートもユーリに謝った。


 ユーリは全員の謝罪を受け入れ、ジークフリートにも抱きついたが、ガサガサとする音に不審を抱かれた。


「ユーリ嬢、何かガサガサと?」


「あっ、しまった、計画が無茶苦茶だわ! ユージーンに謝って貰って、これを許可して貰ってから、許すつもりだったのに」


 ユーリが胸からガサガサと書類を取り出すのを、ユージーンが怒鳴りつけ、他のメンバーは赤面して見て見ぬ振りをした。


「ユーリ、年頃の令嬢がそんな所から書類を出すものじゃない」


 ユージーンの怒鳴り声に、首をすくめながら「スカートをたくしあげてないから、良いじゃない」と言い返すユーリを、皆でホッとして眺める。


「こうゆうところ、ユーリにはかなわない気がするんですよね。気が良いというか、優しいというか」


 フランツはグレゴリウスに話しかけ、二人でいつもの調子でガミガミ叱りだしたユージーンと言い訳するユーリの漫才のような話し合いを聞きながら、やっとイルバニア王国大使館らしくなったと寛ぐ。


「ユージーン、パロマ大学のサマースクールに一日だけで良いから受講したいの。アン・グレンジャー講師の女性の社会進出についての講習会なのよ。一日で良いから、お休みをちょうだい」


 ユージーンも聞いていたメンバーも、サマースクールにユーリが一日ぐらい参加したところで、会議に支障が無いのはわかっている。


 問題は、どこでその情報を仕入れてきたのかだ。


「ユーリ、この書類はどこで手に入れたのですか?」


 ユーリはエドアルドとの件を隠すつもりは無かったが、参加の許可を取るまでは言わない方が良いだろうと判断して、深みにはまっていく。


「パロマ大学でよ! パロマ大学のサマースクールなんだから、当然でしょう」


 熟練の外交官達にそんなことが通じる訳もないのは当然で、何故パロマ大学に行ったのか? 誰から書類を貰ったのか? やんわりとではあるが、追求されて、しどろもどろに答えているうちに全部ばれてしまった。


「お昼を食べにパロマ大学に行って、ハロルド様からサマースクールの書類を頂いたの。ハロルド様はサマースクールの実行委員をなさっているのよ。そうだわ、皇太子殿下や、フランツも興味のありそうな講座があるわ」


 最初、ざっくりとした事実説明と話を逸らす作戦だったが、グレゴリウスやフランツですら、何故あの不味いパロマ大学の学食に行ったのか? とツッコミ所満載で、エドアルドと偶然会った所から白状させられる。


「何度となく、ご遠慮申し上げたのよ。でも、道具の工房や、陶磁器の工房を案内して下さって、長時間買い物に付き合わしてしまったから、昼食のお誘いを断りきれなかったの」


 皆で、そこは断って欲しかった! と心の中で毒づく。


「それで、パロマ大学で昼食を食べたの? あの不味いサンドイッチを? 君は昨日一口食べて、もどしそうな顔してたじゃないか。エドアルド皇太子殿下も女の子の扱いがなってないなぁ」


 フランツは不味いサンドイッチを女の子に勧める神経を疑ったが、すぐに否定された。


「あら、違うわ、最初に皇太子殿下はル・スーシュに誘って下さったの……サボっているのに、高級なお店でお食事なんて、する気になれなくて。で、パロマ大学の教授達専用の食堂で食べたの。普通に美味しくて、グレゴリウス皇太子殿下もそこにお連れしたら良かったのにね」


『ル・スーシュ! ユーリを口説くのにロマンチックなレストランに連れ込もうとしたな!』


 グレゴリウスは、自分はまだユーリと二人きりで外出もしてないのにと内心で毒づく。


 脇道にそれて、エドアルドに抱きついて泣いたことをはぐらかそうとしたユーリだが、なかなか追求は厳しい。


「それで食事をしながら、何の話をしたのですか?」


 ジークフリートもユーリが何かを隠そうとしてるのを察知して、追求に加わる。


「陶磁器の店で、叔母様とお祖母様にお土産を買ったの、デザインは特注にして貰ったのよ。ユージーンとフランツも叔母様にお土産を買った? 皇太子殿下は?」


 ユージーンとフランツからは「物見遊山で来てるわけじゃない」と同時に返答があり、皇太子殿下のは大使館で用意してありますとの答えがセリーナから返った。


「あら、ユージーン、フランツ! そんなんだから、叔母様は男の子ばかりで愛想がないと愚痴られるのよ」


 完全に話が逸れているのを、ユージーンは元に戻す。


「それで、何をエドアルド皇太子殿下と話したのだ」


 子どもみたいに泣いた事を話さないで誤魔化そうと、あちこち脱線しても、許してくれそうにないとユーリは覚悟して、なるべくサラリと話そうとした。


「2つも高級なティーセットを買ったから、私が友達の結婚祝いに実用的な食器セットしか買えないとエドアルド皇太子殿下とは勘ちがいされて、高級な食器セットをプレゼントして下さろうとしたの。でも、ハンナは私が育った家で新婚生活をおくるのよ。高級な食器セットは銀婚式とかなら、相応しいけど………これから……子育てするんだもの……ヒースヒルのあの家で……」


 フランツは、ユーリの両親の命日だったと思い出した。


「ユージーン、やめろ!」


 ユージーンもフランツの警告で、しまった! と思ったが遅かった。


 子どもみたいに泣き出したユーリに、サロンにいた人達は驚いたが、ユージーンは諦めてユーリを抱き寄せる。


「あ~、やっちゃった! すみませんが、ユーリが泣き出したら当分は泣きやまないので、ユージーンに任せてほっておいて下さい」


 フランツの言葉に、大使夫妻も、外務次官も、ジークフリートも、グレゴリウスも驚いた。


「なぜ、ユーリ嬢はあんなに泣いておられるのかね」


 ユージーンの胸で子どもみたいに泣いているユーリに、戸惑いを全員が感じる。


「すみません、人前で取り乱さないように、後でユージーンが言って聞かせるでしょうが、ユーリが泣き出したら30分は止まりませんから。今日はユーリの両親の命日なので、ヒースヒルの話題はタブーだったのに……忘れてた」


 フランツの説明でユーリが何故泣いているのかはわかったが、ここにいるメンバーは全員が名門貴族の出身だったので、人前でこのように泣いた事も、泣いているのも見た経験もなかった。


 グレゴリウスはユージーンと代わってユーリを抱きしめてあげたいと思ったが、フランツの言葉に反して、数分で泣き止んだ。


 思いがけず簡単に泣き止んだユーリを訝しく感じながら、ユージーンはハンカチを差し出す。


 ユーリはユージーンの高級品のハンカチで涙を拭くと、鼻をかんでスッキリした。


「ハンカチは洗ってかえすわ、ごめんなさい、取り乱して。やはりユージーンは、慣れてるから助かるわ」


 そこにいた全員が『ユージーンは・』と言うことは、他に誰がいるのだと瞬時に悟った。


「ユーリ、もしかして、エドアルド皇太子殿下の前で泣いたのか?」


 全員の視線が集中して、何でバレたのかと真っ赤になる。


「ええ、でも何故わかったの。恥ずかしいから、これだけは秘密にしておきたかったのに……」


 ユーリの言葉で、他国の皇太子の前で激しく泣きじゃくるユーリの姿を思い浮かべて、目眩がするほどの困惑を感じた。


「だって、ユーリ、ユージーンは・、なんて言うから! は・って事は他にもいることでしょう。

 パロマ大学の食堂でエドアルド皇太子殿下に抱きついて泣いたのか~大胆だよね~」


 フランツの言葉にユーリは反論した。


「いくら私でも、周りに教授達がいらっしゃる食堂で泣いたりしないわよ。涙が我慢できなくなって、あっ、このままじゃ泣き出してしまうと思って、校庭の木陰へ行ったわ」


 そんな人気のない場所でエドアルドに慰められるぐらいなら、衆人環視の食堂の方がマシだと皆思った。


「それで、どの位の間泣いていたんだ」


 ユージーンの厳しい質問にユーリはうつむいて答えた。


「よく、わからない……だって、泣いていたんだもん。でも、イリスが来てくれたから。それからはイリスに慰めて貰えたので、直ぐに泣きやんだわ」


 フ~ッと、溜め息がサロンに満ちる。


 騎竜のイリスがユーリの異変に気づき飛んでいくほど、エドアルドの胸で泣きじゃくっていたのだ。


「ユーリ、何度も言ってきたが、人前で泣きじゃくったりしてはいけない。もう、見習い竜騎士なんだから、いつまでも子どもじみた行動は控えるように」


 ユージーンのお説教に、さすがに反論できずユーリは努力しますと答えた。


 グレゴリウスは、泣きじゃくるユーリを抱きしめたエドアルドに激しい嫉妬を感じていたが、それ以上にユーリが両親の死を未だに乗り越えられていないのに心を痛めた。


 子どもの頃に、ユーリがリューデンハイムから抜け出してヒースヒルへ両親のお墓に参りに行った時も、激しく泣いている彼女を、まだ自分も幼く抱きしめてあげれなかったのを思い出し、早く精神的に大人になり支えてあげたいと思った。


「ユーリ嬢、夕食までにお顔を洗ってこられたら」


 セリーナに言われて、泣いてしまった顔を洗いにユーリが自室にあがると、メンバーは一斉に溜め息をつく。


「エドアルド皇太子殿下は、ユーリ嬢に泣かれてお困りになられただろう。これで懲りて下されば良いが……」


 言っている本人すら信じてなかった大使の希望的観測は、全員に否定された。


「まさか! 火に油を注ぐようなものでしょう」


 実際に、これからエドアルドの積極的な行動に、イルバニア王国側は防戦一方に追いやられることになる。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る