21話 サマースクールに参加しませんか?

 エドアルドはユーリに恋していたが、まだほんの少しは冷静な気持ちも残っていた。


『いつまでも怒りをおさめない妃は御免だけど、ユーリ嬢は合格だなぁ』


 ユージーンを許したユーリとなら、平和な夫婦関係を作れそうだと妄想する。 


 しかし、自由に会えるチャンスを逃したのを残念に感じたエドアルドは、取り巻いているギャラリーの中に自分の顔見知りを見つけて呼び寄せる。


「ハロルド、ジェラルド、君達はサマースクールの実行委員だったよね。スケジュール表を持ってないか?」


 エドアルドの呼びかけに、ギャラリーから4、5人の学生がベンチの方に近づいて来る。


 ユーリは近づいて来る学生の中に舞踏会で踊った相手がいるのに気づいた。


「エドアルド様、可愛らしい令嬢を泣かしてはいけませんね」


 ハロルドの言葉で、ユーリはやはり誤解されているのだと知って赤面する。


「ハロルド様、誤解ですわ。皇太子殿下は全く悪くないのです。子供の頃のことを話しているうちに、今日が両親の命日だと思い出して、我慢できなくなってしまっのです。お恥ずかしいですわ、人前で取り乱すなんて……他の人達も誤解されているかも知れません、ちゃんと説明してきますわ」


 ベンチから立とうとしたユーリを、エドアルドと学友達は笑いながら止める。


「大丈夫ですよ、気にしないで下さい」


 でも、とまだ気にしているユーリの様子に学友達は「誤解は私達が解いておきます」と断言する。


「ハロルド様、ジェラルド様、ユリアン様、他の方々もお願いしますね。エドアルド皇太子殿下は突然泣き出した私を慰めて下さっただけなのですから」


 もちろんですと、全員が頷いた。



 ハロルド達はエドアルドの学友で、将来は側近として仕えることになっていたので、皇太子妃候補がニューパロマに来ると聞いて興味を持っていた。


「エドアルド様はイルバニア王国の竜騎士と政略結婚されるのか? 少し気の毒だなぁ~厳つい女性竜騎士と結婚だなんて……」


 皇太子として政略結婚は仕方ないとはいえ、女性竜騎士のイメージは武芸に秀でたビクトリア王女の勇姿しかなかったので同情していた。


「まぁ、竜騎士の素質のある跡取りは期待できるさ」


 ジェラルドの言葉には苦い気持ちが込められていた。


 ハロルド、ジェラルド、ユリアンは重臣達の子息として産まれ、幼い時からエドアルドの学友として一緒に学び遊んで育ったが、竜騎士の素質に恵まれなかった。


「ユーリ嬢はとっても可愛らしい令嬢なんだ!」


 政略結婚の相手に一目惚れしたエドアルドのノロケに、彼らは恋に落ちた欲目で褒めているのだろうと苦笑した。


「まぁ、良かった、エドアルド様は女性竜騎士を気に入ったみたいだ」


 そして舞踏会で見たユーリは可憐で、エドアルドが夢中になるのも無理はないと思った。


「本当に女性竜騎士なのか? 普通に綺麗で可愛い!」


「おい、強力なライバルがいるぞ、イルバニア王国はユーリ嬢を自国の皇太子妃にしたいのではないか?」


「もしかして三角関係?」


 彼らが生徒の自治会室で、エドアルドの恋の行方を話していた時に、令嬢を泣かしているとの騒ぎを聞きつけて来たのだ。


 巨大な竜が舞い降りて、妃候補のユーリが泣いているのだと知り、情緒不安定な皇太子妃は困ると内心で憂いていた。


 しかし、理由がわかり納得できたし、ユーリが舞踏会で一度踊っただけの相手の名前を覚えていたことで、なかなかしっかりしていると感心した。




 そんな間にも、エドアルドはユーリにサマースクールの予定表を見せて、興味深い授業をする教授や講師を勧める。


「ユーリ嬢、このアン・グレンジャー講師の授業はとても人気なのですよ。女性の社会的な地位向上について、学生達で議論させたり、昨年は男性に育児に参加するメリットを説いたり、とても変わった授業なのです」


 ユーリは興味を引かれた。


「女性学の授業だなんて、パロマ大学は古いだけでなく、進んでますのね」


 自国のパロマ大学を褒められて、エドアルドはどんどんサマースクールのお勧め講義をあげていく。


「あと、パロマ大学の誇るライシャワー教授の特別授業は聞き逃せませんね。教授は旧帝国以前に存在したとされる魔法王国の数少ない資料を読み解いておられるのです。普段は少数の院生しか授業を取れないのですが、今年は実行委員が口説き落として、サマースクールの特別授業を引き受けて頂いたのです。えっと、テーマは『サイレーン』ですが、ご存知ですか? 伝説の物言う猪ですよ」


 ユーリは子供の頃の童話で聞いた事のあるサイレーンについての授業と知って驚いた。


「童話で読んだ覚えはありますが、話せる動物の授業なんて変わってますね。どのような授業になるのかしら?」


「さあて、ライシャワー教授は旧帝国が抹消し損ねた資料を読み解くのがお得意だから、何か新しい発見でもされたのかもしれませんね。サイレーンの逸話は旧帝国にも残っていましたし、詩や文学作品にも登場してますから、それだけでも面白そうですよ」


 ユーリは喋る狼を知っているので、話す猪がいたとしても不思議に感じなかった。


「今でも、話す動物は存在するのでしょう。サイレーン以外にも、話せる動物はいたのでしょうか?」


 ユーリの素朴な問いかけに皆は笑ったが、他にも逸話の残っている動物があると教えてくれた。


「鷹のターシュ、幻の一角獣リリス。人が乗れる程の大鷲、エピクロス。色んな伝説は残っていますが、実在したかも不明ですね」


 ハロルドの言葉に、ユーリは反論する。


「何故、実在したか疑問なのでしょう? 今も話せる竜は存在してますのに。他の話せる動物も、存在してて不思議はないと思いますわ。でも、サイレーンの童話を読むと、少し意地悪な猪だったように思えますね。まぁ、猪狩りに来た王子様達に優しくするわけがありませんけど」


 竜と伝説の生き物を一緒にするユーリを皆笑ったが、エドアルドはふとフォン・フォレストの魔女の孫である彼女は何か知っているのではと疑問を持った。


「ユーリ嬢、是非ともライシャワー教授の授業を受けて下さい。教授も喜ばれると思いますよ。 フォン・フォレスト家の方が受講されるなんて」


 エドアルドの言葉で、学友達も旧帝国の反乱を起こしたフォン・フォレストの末裔である彼女を目の前にしているのだと気がついた。


「ユーリ・フォン・フォレスト! あのフォン・フォレスト家の末裔なんですね」


 ユーリは困った事になったと、少しエドアルドを睨む。


「皇太子殿下、そんな昔の話をされても……この話は苦手なんです。前に授業で旧帝国の歴史で同じ名前が出てきて、バツが悪かったわ。そんな昔の先祖が起こした反乱の責任は取れませんもの」


 気まずそうなユーリに、皆も同情した。


 確かに歴史の授業で、反乱を起こした先祖の話は聞きたくないだろうと思った。


「何を言われるのです! 私なんか政治的失敗は仕方ないとしても、浮気から生まれた私生児が起こした反乱や、女にうつつを抜かして悪政を許した馬鹿王やら、教授達にボロカスに非難される先祖をいっぱい抱えてるのですよ」


 そういえばそうですね、と皆で大爆笑する。


「王族の方々は歴史の授業は嫌いにならないのかしら? 私は一時間程度の我慢で終わりますけど、ずっとですもの」


「先祖の犯した失敗を学ぶ事で、同じ轍を踏まないようにという自戒を感じますね。それに、歴史は勝者に都合よく書かれているものですから、不面目な先祖だけではなく、偉大な王達も取り上げられていますから」


 ユーリがエドアルドの言葉を聞いて納得だわと笑っているのを、ハロルドはなかなか良い組合せだと感じた。


「あら、でもサマースクールは平日ですのね。土日なら、受講できるかもしれないと思っていたのに……」


 凄く残念そうなユーリが、特使随行員だったと改めて気づいて、エドアルドはどうにかならないものかと考える。


「私から受講できるように頼んでみましょうか?」


 エドアルドからイルバニア側に受講できるように便宜をはかれと要請があれば、拒否はされないだろうが、何か間違っている気がした。


「いいえ、私はお役にはたててませんが、一応は随行員としてカザリア王国に来てるのですから。残念ですが、諦めますわ……って、ズル休みしてて、偉そうに言えませんが……」


 役に立てないどころか、足を引っ張っているのではと落ち込むユーリを、皆が元気づけた。


「貴女の存在はイルバニア王国との友好関係にとても良い影響を与えてますよ。男ばかりの特使一行では、歓迎ムードもこれほど盛り上がらなかったでしょう」


 慰めてくれる言葉にも、所詮はグレゴリウスの胸に飾られる花ぐらいの役目しか無いのだとユーリは感じる。そして、それすらもキチンと果たせてない自分を反省した。


 ジェラルドはユーリと舞踏会で踊り、ほんの少し会話しただけだったが、デビュタントとしても初々しく社交界に慣れていないのでは? と感じた。


 ユーリが慰めやお世辞を礼儀正しく聞いてはいるが、微妙に落ち込んでいる様子に気がついた。


「ユーリ嬢、もしかして社交界がお嫌いなのでは?」


 ジェラルドに図星を指摘されて、赤面するユーリに、皆は驚きを隠せない。


 これほど容姿に優れ、晩餐会や舞踏会でも可憐なドレス姿を披露していた彼女が、社交界が嫌いとは考えもしなかったのだ。


「ええ、お恥ずかしいですが、とても苦手なんです。ジェラルド様、もしかして足でも踏みましたでしょうか? ダンスも凄く苦手なんです」


 真っ赤になって謝るユーリに、否定しながらジェラルドは、外交の場で社交が苦手では困るだろうと思った。


「とてもダンスはお上手でしたよ。しかし、社交が苦手では外交官は勤まらないのではないでしょうか」


「ええ、だから私は外交官志望じゃありませんの。今回は、グレゴリウス皇太子の学友として特使随行を命じられましたが、帰国しましたら外務省から外れるはずですわ」


 一瞬、ユーリはこの華奢な外見でありながら武術の達人で、祖父のアリスト卿の跡継ぎとして竜騎士隊に入隊するのかとの誤解が生じた。 


「貴女は武官になられるのですか?」


 恐る恐る聞く学友に、ユーリはプッと吹き出す。


「まさか! リューデンハイムでも、武術で落第しないか、いつも不安でしたの。私が入隊しなくてはいけないほど、イルバニア王国の竜騎士隊は落ちぶれていませんわ。全く、才能がないのです。カザリア王国の有名な女性竜騎士のビクトリア王女が羨ましいですわ」


 カザリア王国の人達は、唯一の女性竜騎士に誇りを持ってはいたが、肖像画をみる限り、男勝りで容色に優れていたとは言えないビクトリアを羨ましがるユーリの気持ちがしれない。


「ユーリ嬢は何をなさりたいのですか?」


 エドアルドは可憐な令嬢であるユーリが武官にならないのは当然だと納得したが、では外交官でも無いとしたら何をしたいのか興味がわいた。


「そうですね、私は社会的に弱い立場の人達を少しでも助ける仕事がしたいのです。女性とか、戦争で負傷した方とかは、なかなか働く場所を見つけられないので、働く場所を作ったり、職業訓練をする施設を作ったりしたいのです。特に、私は女性ですから、何か男の方とは違った視線でお役に立てたら良いなと考えています」 


 さすが見習い竜騎士の試験に合格しただけのことがあり、15才の令嬢とは思えないしっかりとした意見を持っていると皆は感心する。


「貴女が女性問題を取り組みたいなら、アン・グレンジャー講師の授業を受講しなくてはいけませんね。きっとお役に立つはずです。もし、平日のサマースクール受講が無理なら、グレンジャー講師に週末にでも特別に時間を取って貰いましょうか」


 エドアルドの申し出は有り難かったが、自分の為にだけにご迷惑をお掛けするのは気がひけた。


「いえ、結構ですわ、そんなのご迷惑でしょうし。それに、他の学生の方々の意見も聞きたいから、ユージーンに頼んでみます。駄目なら、諦めますわ」


 エドアルドはもうすっかりユージーンを許してしまっているユーリの気の良さに呆れたが、心の冷たい宮廷の貴婦人を何人も知っていたので、暖かい気持ちになって、うっとりと見つめる。


 そうこうするうちに、大学の時計台が3時を告げる。


「あら、大変だわ! 大使夫人にお茶迄には帰ってくるように言われてたのに。皇太子殿下、ここから大使館まで何分かかるでしょう」 


 慌てるユーリに「馬車だと30分以上はかかりますね」と答えていると、イリスが不思議そうに口を挟む。


『ユーリ、私がいるのに何故馬車で遅刻する必要があるの?』


 ユーリは突然飛んできたイリスが鞍を付けていないので侍女と護衛に気をつかったのだが、確かにイリスに乗っていけば遅刻しないですみそうだと思った。


「私はイリスと帰りますから、馬車で帰って下さい。

鞍が無いので、慣れてない方は乗りにくいでしょう」


 侍女に馬車で帰るように伝えると、ユーリはエドアルドに買い物に付き合って下さったお礼を言って、パッとイリスに乗ると急いで大使館へと飛び立った。


 残されたエドアルドは、腕の中で泣いていたユーリをいつまでも抱きしめていたかったと、感傷に耽る。


「まるで乙女のように恋に悩んでらっしゃる」


 学友達からからかわれてしまい機嫌を損ねた。


「まぁまぁ、エドアルド様、そんなに怒らないで。皇太子妃候補のユーリ嬢は、とても可愛らしい方ではないですか。突然、取り乱すなんて情緒不安定な方では心配だと思いましたが、理由を聞いて納得できましたよ。貴方の妃として迎えるのに充分なお方だと思います」 


「ハロルド!」


 他の学友はエドアルドのユーリへの恋心を、もう何度となく聞かされていたので、たまたまその場に居なかったハロルドに警告したが、遅かった!


 それから学友達は夜になるまで、エドアルドの恋話を延々聞かされる羽目になった。

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