9話 マダム・ルシアン

 次の日、ユーリはキャシーを伴ってマダム・ルシアンの洋裁店を訪ねた。事前に執事に予約させていたので、マダム自身が出迎える。


「ユーリ様、わざわざお店にお足をお運びにならなくても、私がお屋敷に参りますのに。今日はどういったご用件でしょう?」


 いつもはマウリッツ公爵夫人のご用命で、ユーリのドレスを作っていたが、マダムもユーリがロマンチックなドレスを苦手に思っているのは気づいていた。


「昼のドレスと、見習い竜騎士の夏の制服を作って貰いに来たのです。昼のドレスは、フォーマルと少しカジュアルな物をお願いします。後、見習い竜騎士の制服なのですが、夏物も詰め襟じゃないと駄目なのかしら?」


 女性の竜騎士は少ないので、決まった制服はなかった。ユーリは男性用の制服のドレスバージョンを作って着ていたが、詰め襟なので夏場は暑苦しく感じる。


 マダムはユーリがわざわざ店に訪ねて来たのは、公爵夫人の趣味ではないスッキリしたドレスが欲しいからだと考えて、スラスラとドレス2枚と、見習い竜騎士の制服のデザイン画を描いて見せる。


 ユーリとキャシーはデザイン画を見て、ルシアンの趣味がロマンチックな物ばかりでないのを確認した。


「申し訳ないのですが、急いで縫っていただけますか? 来週末迄に欲しいのです」


 今週末の立太子式が終われば、次の次の週にはカザリア王国へ特使随行で行くので来週末迄には欲しかった。マダム・ルシアンは10日程で3枚のドレスを仕上げるのは厳しいと思ったが、ユーリ嬢がこれから上得意になるのを見越して引き受ける。


「一月程の旅行に行くのですが、このドレスで間に合いますよね? 夜は公式なパーティーとかあるけど、昼は制服で過ごせると思うし……制服は礼装も夏物があった方が良いのかしら?」


 ユーリの呟きに、マダム・ルシアンは真っ青になる。皇太子がカザリア王国へ特使として行かれる話は、もう公式な決定事項なのでユングフラウでは持ちきりの話題だ。


「ユーリ様はカザリア王国の特使随行なのですか?」


 ユーリが何故わかったの? と、びっくりしている様子に、マダムは頭を抱え込んだ。


「特使随行としてカザリア王国に向かわれるのに、昼のドレス2枚では少なすぎます。夜のドレスは? 何枚持って行かれるのですか?」


 3枚と聞いて、マダムは気絶しそうになった。


「国を代表する特使随行が、同じドレスを何回も着るなんて。ファションの都ユングフラウの恥ですわ! 何故、もっと早く仰って下さらなかったのですか」


 ユーリは外交のことは秘密にするように言われていたから、特使随行を命じられた件を誰にも口外していなかったが、とんでもない失敗をしていたのかもと気づいた。


「皇太子殿下は特使ですが、私はただの随行にすぎないから……」


 マダムは名門貴族の顧客をたくさん抱えており、ユーリが王位継承権2位だと知っていた。ただの特使随行ではなく、カザリア王国の皇太子との縁組みも含まれているのではと推察して、いっそこの場で気絶したいと思う。


「ユーリ様、手持ちのドレスは何枚かありませんか。ああ、そうだわ! 裾の短い物ばかりでしたわね。夜のドレスをあと3枚、昼のドレスを5枚。見習い竜騎士の制服を2枚、それに礼装。11枚を10日で!」


 絶望的な思いにかられているマダムにキャシーはいてもたってもいられなくなって、付き添いとしての控え目な態度をかなぐり捨てる。


「マダム、ユーリ様の持っていらっしゃるドレスの裾を長くしては如何でしょう? 最初から縫うよりは早くできますし、サイズは変わってないのですから、スカート丈をなおすだけならお手伝いできます」


 マダムはユーリの後ろに立っていたキャシーの言葉に驚いたが、夜のドレスに力を注ぎたいのが本音なので、昼のドレスは手持ちのリフォームで間に合わせるしかないとの提案を受け入れる。


「貴女は裁縫ができるのですか?」


 マダムの質問にキャシーは緊張しながら、ヒースヒルの洋裁店で4年働いていると答えた。マダムはキャシーの着ている服をじっと観察して、安い生地だが品よく上手い縫製で仕立ててあるのを見抜き、手伝いを頼んだ。


「ユーリ様、見習い竜騎士の制服と礼装はお祖母様に超特急でお願いしては貰えないでしょうか? こちらだけでは、とても手が回らないですわ。フォン・フォレストのマダム・フォンテーヌは実は私の師匠ですの。私からも頼んでみますわ。有り難い事に立太子式のドレスラッシュが終わってますから、全員でユーリ様のドレスにあたれますわ」


 キャシーはお祖母様が贈られたハイセンスなドレスがマダムの師匠の作品と知り、さっきのデザイン画の素晴らしさと相まって、ここで修行したいと決意した。


 ユーリはお祖母様にカザリア王国への特使随行になって、来週末迄に見習い竜騎士の制服2枚と礼装が必要だと手紙を書いた。手紙を受け取ったモガーナは、ユーリの非常識さに驚いたが、可愛い孫娘の頼みなので、マダム・フォンテーヌに無理を言った。

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