8話 アルフォンス国王
幼友達との和やかな時間はあっという間過ぎ、王宮からの使者にユーリは人気の少ない奥の部屋まで案内された。
『何だか、夜の王宮は気味が悪いわ』
昼は忙しそうに官僚が歩き回り、着飾った貴族達が華やかな雰囲気を振りまいている王宮も、し~んと静まり返り、ユーリは使者の後ろから離れないように気をつけた。
「ユーリ・フォン・フォレスト嬢をご案内いたしました」
使者が部屋から出て行くと、国王陛下、国務相とユーリだけになった。
「夜遅くにすまない。昼は立太子式の為にお訪れた外国からの客人や、地方の貴族との面会で忙しくて時間が取れないのだ」
「国王陛下、あまり遅くなっては不審に思う者もでます。ユーリ嬢、早速だが国王陛下に竜心石の使い方を教えてあげて下さい」
国務相は、外務相からユーリの魔力について聞いていたが、収穫量が増えた緑の魔力や、念写で描いた絵は証拠があるから信じていたが、竜心石を使って結界を張るというのは目に見えないだけに懐疑的だった。
ただ、結界を張って王族に害する者の侵入を知ることができれば、防衛上この上ない事も確かなので、今夜の秘密の訓練を参観することにしたのだ。
ユーリは国王に椅子に座ってリラックスして、お祖母様に習ったように王宮に守りの結界を張るイメージをギャランスに伝えるように言った。アルフォンスはギャランスに結界のイメージを伝えようとしたが、なかなか上手くできなかった。
「ユーリ、結界のイメージが私にはよくわからないのだ。ギャランスも私が結界を張って欲しいと言っている意味が理解できないみたいだ」
数分後、アルフォンスは集中し過ぎて疲れた様子でユーリに失敗だと伝えてきた。
「すみません、私の説明が下手で。私からギャランスに結界のイメージを伝えますから、国王陛下はギャランスに結界を張るように頼んでみてはどうでしょう」
国王と内務相はユーリの提案の意味がよくわからない。
「ええっと、竜は人の考えを読み取る能力が高いから、私の考えを理解してくれるかもしれません。国王陛下に、私が結界の下手な説明するより早いかもしれません」
アルフォンスはユーリの説明を聞いても結界が理解しきれず、ギャランスにちゃんと伝えられなかった。ユーリが直接ギャランスに結界を教えてくれれば、上手くいくかもと思い実行するように命じた。
ユーリは竜心石を手に持つと、ギャランスにフォン・フォレストに張られている結界のイメージを伝えた。
『ギャランス、結界のイメージは伝わった? この王宮に国王陛下を守護する結界を張って欲しいの。国王陛下が命じたら、結界を張ってくれる?』
『よくまだ理解できない。イリスは結界を張ることが出来るのか? 竜から説明して貰った方がわかりやすいのだが』
ユーリはギャランスの言葉に「そうだわ!」と叫ぶやいなや、フォン・アリストの竜舎で寛いでいるイリスにギャランスに結界の張り方を教えるように頼む。
『ユーリは、私を置いてきぼりにして、ギャランスの相手をしてるのか? ギャランスはアルフォンスの騎竜だよ。ユーリの騎竜は私なのに』
ユーリの不在は知っていたが、他の竜と一緒だとは聞いてなかったイリスは機嫌を損ねた。
『イリスを此処に呼べば良い。イリスに恨み言をしつこく聞かされるのは御免だ』
ギャランスの言葉を聞いたアルフォンスは、イリスを呼ぶようにユーリに言った。
「すみません、イリスは機嫌を損ねると駄々っ子みたいで。ギャランスに結界の張り方を教えるぐらい、屋敷からでも出来る筈なのに」
この練習を秘密にしたかったから、迎えの使者を寄越して目立つ竜に乗らずに来させたのに、イリスがギャランスに嫉妬して目論見は失敗してしまった。
『竜は絆の竜騎士が、他の竜と親しくするのを嫌がるのか?』
国王はイリスの嫉妬に驚いて、自分の騎竜のギャランスもそのような気持ちを持つのか尋ねる。
『イリスは特別だ! イリスは独占欲がすごく強い。ユーリは皆と話せるから、話したがっている竜は多いのに、イリスが嫉妬するから、遠慮しているんだ。その上、私がユーリと一緒にいると誤解して、アルフォンスがいるのに浮気者だと非難している、どうにかしてくれ』
ユーリは自分のイリスへの接し方が何か悪いのではと悩む。
「すみません、イリスに言って聞かせます」
そんなやりとりをしている間にイリスは王宮の竜舎につき、ギャランスの隣に落ち着くとギロリと睨みつけた。
「イリス、ギャランスにフォン・フォレストに張ってある守護の結界の張り方を、教えて欲しいの。国王陛下がこの王宮に結界を張れるように」
イリスは竜舎にユーリの姿が無いのを確認して、ギャランスと浮気をしたのではないと得心した。
『ごめんね、ギャランス……お詫びに結界の張り方をキチンと教えるよ』
イリスはギャランスに守護の結界の張り方を教えた。
『ギャランス、結界の張り方はわかった?』
『多分、出来ると思う』
ユーリは国王陛下に竜心石を通してギャランスに結界を張る手助けをして貰うように指示した。
『ギャランス! 王宮に結界を張ってくれ』
ギャランスは一声咆哮すると、王宮に結界を張る。
国王陛下の指輪の竜心石が輝きを増し、陛下はちりちりとした感覚を感じた。
『ギャランス、結界は張れたのか?』
『王宮に結界を張った。だが、まだ慣れてないから長時間は無理だ』
「どうにか結界が張れたみたいだが、長時間は無理だそうだ」
国王陛下は竜騎士でない国務相にギャランスの言葉を伝えた。
国務相は結界が張られたとの言葉に部屋を見渡したが、何の変化も見つけられない。
「国王陛下、私には何ら変わりが無いように思われますが……」
国務相の言葉に国王も同意する。
「ユーリ、ギャランスは結界を張ったと言っているが、私には実感がないのだが」
ユーリは国王陛下が結界が目に見える網のような物だと勘違いしてるのに気がつく。
「国王陛下、結界が目に見えては役にたちません。今、国王陛下が結界を感じられないのは、王宮に害する者がいないからだと思います。そうですわ! 今、国王陛下の結界の中で私が一瞬でも、別の結界を張れば異変を感じられる筈です」
ユーリの言葉に実行を即命じた国王陛下は、バチッとする感触と、部屋に一瞬緑色の網が見えたかと思うやいなや地面から湧き上がる青色の結界に打ち消されるのが見えたような気がした。
「ああ! 私の結界がユーリの結界を打ち消したような気がする」
国王は結界の存在を確かめられて満足していたが、国務相は全く何も見えなかったとガックリした。
『アルフォンス、もう結界を解いていいか?』
ギャランスの言葉に頷くと、結界が解かれたのを少し国王は感じた。
「結界が無くなってみると、結界の存在が感じられるなんて変な話だ。ユーリ、結界の張り方は理解出来たと思うが、このように短時間では役に立たないのではないか?」
年配の国王陛下に言い難かったが、練習あるのみだとユーリは伝えた。
「練習すれば、元々は人間とは比べものにならない魔力を持つ竜にとって、結界を維持するのは容易いと思います。国王陛下も、結界の異変に気づきやすくなられると思います」
練習かぁと、溜め息をつく国王陛下を少しお気の毒に感じながら、ユーリは王宮を辞した。
ユーリがイリスに乗って帰った後、国王と国務相はお互いもう年なのを感じた。
「私には結界はわかりませんでしたが、国王陛下の竜心石が輝きを増したのは事実ですな。ユーリ嬢のネックレスも竜心石なのですね。どこで手にいれたのでしょう? 今、私が知っている竜心石は、旧帝国の末裔のイルバニア、ローラン、カザリアに一つづつ、東南諸島連合に有るとの噂と、あとは信憑性が落ちるものばかりです。国王陛下は竜心石をユーリ嬢に持たせたままで宜しいとお考えなのでしょうか? 竜を使って結界を張ったり、念写したり、呼び寄せが出来る貴重な石なのですよ」
国務相の言葉は理解出来ないでもなかったが、国王はそれを退ける。
「あの竜心石は、純粋にユーリの個人の持ち物なのだよ。モガーナ・フォン・フォレスト殿が領地の森で見つけたのを、ユーリが生まれた時にお守りとして与えたのだから」
「森で見つけたのですか……しかし、あのように魔法を増幅させる石を個人が私有しても良いものでしょうか? ユーリ嬢に国に献上させては如何でしょう」
国務相は竜心石を使って出来そうな事を妄想する。
「国務相、私はギャランスの魔力に手伝って貰っても、王宮の結界を数分しか維持出来なかったのだぞ。確かに竜心石は魔力を増幅するが、その魔力はユーリが一番持っているではないか。ユーリほど上手く竜心石を扱える者はイルバニア王国にただの一人も……いや、モガーナ殿を除けばいない」
「では、モガーナ様に……」
国務相は国王とモガーナの諍いを思い出して口を閉じた。
「それにモガーナ殿は竜が嫌いだから、竜心石は持ちたくないと、見つけてから衣装櫃にほりこんで忘れてたぐらいだから、ユーリが一番相応しいのだ」
国務相は世界に数個しかない竜心石が、衣装櫃にほりこまれていたと聞いて、一瞬気が遠くなりそうだったが、モガーナ・フォン・フォレストの噂はやはり本当だったのかと気を引き締めた。
「フォン・フォレストの魔女殿の噂を、本気にしてはいなかったのですが、一度調査する必要がありますな」
国内の事案は全て把握しておきたい国務相の言葉に、国王は苦笑しながら禁止の命令を出す。
「それは絶対にしてはならない! モガーナ殿は領地に結界を張っておられるとユーリが言っていた」
領地に結界! 国務相は目を輝かす。
「それは凄いですね! しかし、何故フォン・フォレストなどに結界を張る必要があるのでしょう?」
まさか反乱でも? と疑う国務相を国王は笑って制する。
「ユーリに危害を加える者の侵入を阻害する結界を張っていたのに、イリスは害する意図が無かったので取りこぼしてしまったと怒っていたと聞いたぞ。フォン・フォレストの魔女殿は怒らすと厄介だ。さわらぬ神になんとらやだ! 絶対にスパイなど送りこんではいけない」
国王陛下の命令に従うと答えながら、そのフォン・フォレストの魔女殿を一番怒らせたのは陛下ではないかと呟く。
「国務相、何か言ったか?」
モガーナとマキシウスの結婚を、他の貴族達の反対に負けて、許可できなかった件は、もう数十年経っているのに国王の心に刺さったトゲになっている。
竜騎士隊長のマキシウスは同じ時期にリューデンハイムで学んだ学友であり、信頼出来る臣下である。その親友ともいえるマキシウスがただ一度願った結婚許可をすぐに与える事ができず、やっと許可を与えようとした時には結婚は破綻していた。
フォン・フォレスト家は帝国の反対勢力の家柄で、帝国の末裔のイルバニア王国でも受けは良くない。巨大な力を持っていた帝国が何故、反乱を起こしたフォン・フォレスト家を潰さなかったのか諸説あったが、帝国建国前にあったと言われる魔王国シンの流れを引く者として、地方で飼い殺しにされていたのではないかとの説が有力だった。
帝国が崩壊し、三王国に分裂してからも、フォン・フォレスト家は中央からは遠ざけられてきており、代々竜騎士隊長を輩出するフォン・アリスト家との婚姻には反対する者が多かった。
「あの時、私がすぐに結婚を許可していたら、ウィリアムはフォン・アリスト家の嫡男として、ロザリモンド姫に相応しい身分だったのに。そうすれば駆け落ちなどせず、ウィリアムは竜騎士になり国を支える柱になっていただろうに……」
国王の後悔の言葉を国務相は止める。
「ウィリアム殿がフォン・アリストの嫡男として、マキシウス卿に育てられたなら、ロザリモンド姫はローラン王国に嫁がれたと思いますよ。中央貴族の嫡男として育ったら、他国の皇太子妃になる姫君と駆け落ちする暴挙はとれなかったはずです。フォン・フォレストの田舎で、中央勢力に媚びない空気の中で育ったからこその駆け落ちですよ。さすれば、ユーリ嬢も生まれてこなかったことになります。国王陛下が夢物語にお心を煩わせることはないのです」
厳しい国務相に珍しく慰められて、アルフォンスは立太子式が雨にならねばよいがと呟いた。
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