7話 レビュタント用ドレス
急な話でバタバタしたが、町の洋裁店には今週は休むと了解をとり、キャシーは本当は苦手な竜に乗ってユングフラウに夕方には着いた。
フォン・アリストのお屋敷が立派なのに驚いて、少し緊張していたキャシーだが、ユーリの部屋でドレスを見た途端、縫い方や、生地のチェックに夢中になる。
「とても素敵なドレスだわ、真珠のボタンも素敵だし。ユーリにとても似合うと思うわ」
ユングフラウでも名門のマウリッツ公爵夫人の出入りの洋裁店だから、生地も縫い方も上等なのは間違いなかった。
「メアリー、お祖母様からドレスは届いてる?」
メアリーが持ってきたドレスは、ぱっと見た目は白いすっきりとしたデビュタント用ドレスだったが、広げてよく見ると極小の真珠がドレス一面に地模様として縫い込まれていた。
「ユーリ、お願いだから両方着てみて」
ユーリはメアリーに手伝って貰って、まずはフワフワドレス、後からお祖母様が作ってくれた真珠の地模様のドレスを着た。
フワフワドレスを着たユーリは、本当に可憐なお姫様に見えて、キャシーはうっとりとしたが、何となくユーリがこのドレスを嫌う訳がわかった。
「ユーリにそのドレスは似合い過ぎるんだわ。そのドレスを着たユーリは、イチゴと砂糖菓子しか食べないような美少女に見えるもの。華奢な容姿がより可憐になって甘すぎるのね」
ユーリは初めて自分がフワフワのドレスを嫌がるのを理解してくれる相手を見つけて、ほっとした。
真珠の地模様のドレスはすっきりとしたラインで、着てみるとユーリが華やかに引き立った。
裾がかなり長くユーリは歩き難いわとこぼしたが、キャシーに裾を指に掛けるループがあるわと教えられる。裾を片方持ち上げると、ドレスの中のレースが幾層にもなっているのが、チラリと見えるようになっている。
「ユーリ、少し回ってみて」
キャシーの言葉に従って、猛特訓されたダンスのターンをしてみたら、持ち上げた裾が翻り、とても優雅だ。
「ユーリ、貴女の言う通りね。お祖母様は凄くセンスが良いわ。デビュタント用ドレスなのに、甘すぎないし、品が良いのに計算された豪華さと華麗さがあるわ。ちょっと他の令嬢方とは違う雰囲気のドレスで、貴女の個性も引き立つと思うわ」
ユーリも鏡に写った自分が、すっきりと見えてほっと安堵した。
「後は、このドレスに合うアクセサリーね。この前はアクセサリーにダメ出しされたのよ。私には、そういうの選ぶセンス無いの。キャシーはきっとマッチするアクセサリー選んでくれそうね」
立太子式に着て行くドレスが決まって肩の荷を下ろした気分のユーリに、メアリーが次のドレスを持ってくる。
「お嬢様、次のドレスです」
え~っと驚くユーリの前に、レース地のドレスが差し出される。
「このドレスは絶対にユーリに似合うわ。レースなのに甘すぎず、スッキリとしてるわ。早く着て見せて」
キャシーの熱意に渋々、レース地のドレスに着替えたユーリは、ドレスの胸が開いているのにドギマギする。
「素敵だわ! とても魅力的に見えるわ。レース地なのに甘くなくて、上半身は身体のラインを引き立てて、裾だけがマーメードラインになっているのね。これも裾にループがあるわ、ユーリ、回ってみて」
スッキリとしたドレスなのに、ダンスするようにターンすると、裾のレース地がヒラヒラと舞って華が咲いたように見える。
キャシーとメアリーがユーリのドレス姿をうっとりと眺めていると、執事が「王宮から、夕食後にお迎えの者が来るとのことです」と伝えた。
慌ててドレスを脱いで、見習い竜騎士の制服を着ると、キャシーと二人で部屋で簡単な夕食をとる。
キャシーがロマンチックな部屋に改めて驚いているのを、これも叔母様方の趣味なのと苦笑した。
「今夜は先約があるから、叔母様に紹介出来ないわ。明日は夕方には帰ってくるから、夕食前に少し時間を取って貰えると思うわ」
キャシーはユーリの言う叔母様がマウリッツ公爵夫人だとメアリーから聞いてから、少し気後れを感じている。ヒースヒルにいた時は、一流のお針子になって、いずれは洋裁店を持ちたい! と野心に燃えていたが、三枚のドレスの縫製の見事さを見て自信喪失気味だったし、お祖母様のドレスのハイセンスに打ち負かされていた。
「やはり、ユングフラウはレベル高いわね。どれもこれも素晴らしいドレスだわ。ユーリが言う通り、お祖母様のセンスは抜群だわ。洗練されてて、優雅で、ユーリの個性を引き立てているわ。仕立ても綺麗だし……私、迷っているの。家にいた時はユングフラウの洋裁店で働きたいと思ってたけど、フォン・フォレストにも素晴らしい腕とセンスを持ったマダムがいるんだとわかって」
ユーリはキャシーが真剣に考えているのがわかり、一度ユングフラウの洋裁店に行ってたらいいと思った。
「貴女が悩むのは当然だわ。一度、お針子修行についたら、なかなか他の店に変わりにくいものみたいだしね。叔母様の好みのようなロマンチックなドレスばかり縫うのも嫌だろうし。いつもは叔母様のお屋敷で作って貰うから、どうしても私の趣味は後にされるけど、お店に行って私らしいドレスを作って貰えばマダムのセンスもわかると思うわ。私はドレスのセンスないから、キャシーがついて来てアドバイスしてくれると助かるわ。そして、マダムのセンスがキャシーに合えば、叔母様に口を聞いて貰えば良いのよ」
キャシーは修行に行く先の洋裁店のマダムのセンスが、ロマンチック一本槍だと困ると思っていたので、ユーリの提案は渡りに船だった。
「そうして貰えれば助かるけど、ドレスは三着もあるのに、もう必要ないんじゃない?」
ユーリは外交の話なので、カザリア王国の特使随行の件は話せなかったが、今あるのは夜のパーティードレスばかりなので昼のドレスも必要なのと頼んだ。
「見習い竜騎士になり、成人として扱われるようになって、制服の裾も長いのに着慣れると、今までのひざ下丈の服を着れなくなってしまったの。今までの服も、サイズ的には着れない訳じゃないから、勿体ないと思うけど。変よね、何だか着にくいの」
キャシーは大人になれば裾の長い服を着るのが当然だと考えていたので、ユーリの戸惑いが理解できなかった。ハンナは同じ年の婚約者が、結婚資金を貯めるのを待ってたから18才で結婚するが、少し年上で生活の基盤が出来ている相手となら16才で結婚する女の子も多いのに、ユーリが結婚適齢期だと知らないのかと疑問に思う。
「ユーリも社交界にデビューして、結婚相手を探すんじゃないの? 社交界の令嬢は、デビュタント用のドレスを着ているうちにお相手を見つけようと必死だと聞いたわよ。デビューした時が、一番良い条件のお相手を見つけるチャンスなんですって」
へぇ~っと驚きながらも、ユーリはマウリッツ公爵夫人が仄めかしていたのはこの件だったのかと得心する。若いうちが花だとか、デビューした年が一番注目を集めるとか言われたが、ユーリは自分は見習い竜騎士なんだから当分は結婚しないと思ってたのでスルーしていた。
「私は見習い竜騎士なんだから、竜騎士になるまで、というか仕事に慣れるまで結婚はしないわ。キャシーはどうなの?」
「私は、一生独身でも良いのよ。ハンナは前から農家のおかみさんになりたいと思っていて、自分にあった結婚相手を見つけたから良いけどね。私の夢は洋裁店を持つ事でしょ、理解ある旦那さんを見つけるのは難しいと思うの。それに、お針子の修行も厳しいだろうし、恋愛にさく時間はないわ」
「恥ずかしがりやで、引っ込み思案のキャシーが職業婦人になるなんて思ってもみなかったわ」
ユーリの言葉に笑いながら「あんたが竜騎士になるなんて思ってもみなかった」と返されて、二人は笑い転げる
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