第49話 決起前
夕暮れに染まる教会は、今日一日の平和を象徴するように物静かだった。
神父であるアレクの一日もまた、陽に三度の礼拝を終えるほどには平和で平穏な日常が過ぎていた。
夕日が差し込む礼拝堂は、他の教会と比べても特別広い訳でない。
だが、それでも三十人の信者たちが入るには十分な広さだ。
講壇に立ったアレクは信者たちを一望し、静かに口を開く。
「……信者たちよ、もうじき時が来る」
まるで預言者のような、しかし、その予言は必ず現実になると確信しているような声音が礼拝堂に響いた。
「神は、私達人間に贖罪を望んでおいでだ。自身が犯した罪を認め、告白し、贖う事を望んでいる。しかし、神は祈りを捧げる者を救ったりはしない。慈悲を請う者を助けたりはしない。それは祈りではなく、ただの懇願だからだ。神はそんなことを望んではいない」
アレクの言葉に、信者たちの顔は下を向く。
けれど、重々しい空気を吹き飛ばすようにアレクは続ける。
「それでも我々が日々、神へと祈りを捧げるのは何故か。それは、我々の決意に他ならない。我々は神の子として、神の座へと辿り着く。その固い決意を神への誓いとしているのだ。
此処に居るものは皆、過去に罪を犯した者達だ。しかし、同時に己の過去を乗り越えることを選んだ者達でもある。己の罪を認め、己の心に誓いを立て、己の意志で己と戦うことを選んだ者達だ」
いつの間にか、信者たちは顔を上げていた。
もうすぐ陽は沈む。
しかし、誰の目にも闘志が灯っている。
溢れる熱が黄昏時の空を紅く燃やしている。
「自身を見つめ直し、自身を変える選択ができる人間が一体何人いようか! 私は、皆を尊敬する。じきに時が来る。その時こそ、皆の贖罪が果たされる時だ。
我らは僅かに三十名。だが、皆は神に選ばれた三十名だ。ならば、我らの行く末に敵などいるはずもない! 我らこそ真の救済を与える者だ! さぁ諸君、共に新たな世界を創ろう」
瞬間、割れるほどの歓声が礼拝堂に響き渡った。
ある者は喝采を、ある者は感涙を、ある者は忠誠をアレクへと捧げる。
死地へと向かう騎士のように、平和を祈る乙女のように、狂乱と雑踏に塗れた教会はこの瞬間より一つの意志の下で蠢く一つの生命体となったのだ。
「決起は一月後に行う。皆、仕上げに取り掛かるのだ。全ては我らの為に……」
****
教会を揺るがすほどの歓声を背に受けながら、アレクは礼拝堂を後にする。
「酷い人だ」
礼拝堂の脇、教会の地下に続く階段の壁に背を預けながらアルカは呟いた。
ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべながら顔を覗き込んでくる彼に、アレクも笑みを返す。
「さて、どうかな」
「誰も彼も巻き込んで、引きずり回して、誰も彼も地獄に叩き落とそうとする神父が他にいるかい? きっと、碌でもない死に方するよ」
「私は死なないさ。そして、信者たちもな。それよりもそちらの準備は進んでいるのか?」
「うん、あんたの言う通りに進めてるよ。騎士団の意識も少しずつこっちに向いてきてる。連中もいよいよ僕たちを無視できなくなってきたみたいだね」
「それは上々。遺体については?」
「それについても分かったよ。あんたの予想通り、王宮に保管されてるみたいだ」
順調な報告に声が上ずるアルカ。
しかし、対照的にアレクは眉をひそめる。
「……その情報、信用して良いのだな?」
「メリセアン商会のギルドマスターからの情報だよ。こんなことで嘘をつくほど器の小さい奴には見えないけどねぇ。仮に情報が漏れてたとしても、騎士団も今すぐ僕たちを捕まえることはできないし、奴らじゃあ足止めにもならない」
「……良いだろう。引き続き準備を進めろ。急げよ、下手に時間を掛ければ後手に回るのはこちらだ。私は、遺体について裏を取る」
「了解。だけど、信用できるの? その情報提供者」
アルカの疑問にアレクは、あぁ、と短く返答する。
「なにせ、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます