第50話 身内を説得するのは骨が折れる

 模擬戦を終えた翌日。

 俺とクロは再びギルド長室に呼び出された。

 内容は、ケンジが新たに掴んだウロボロスの情報の精査と対策。

 たった一日で進展があったことに驚きつつ部屋に入ると、相変わらず「よっ!」と陽気に手を振るケンジと目が合った。

 それに短く返答しつつ、以前と同じようにソファーに座ると前置きも無しに会議は始まった。


「それで、あの後何か分かったか?」

「あぁ、あんたらと別れた後で商会の方に直接コンタクトがあった。連中の決起は一月後に行われるそうだ。アルカから裏も取った、間違いない筈だ」

「来月……。なんでそんなに時間を空けるんだ?」


 俺の疑問に三人共一瞬考える素振りをする。

 けれど、すぐにクロが何か思い出したように、


「建国記念日……」


 そう呟いた。

 それを聞いて、ガドルもケンジもハッとする。

 どうやら、置いてけぼりをくらっているのは俺だけらしい。

 そんな俺の表情を察してか、ガドルも口を開く。


「あぁ、お前さんはこの国の出身じゃないから知らないのか。この国では毎年秋ごろになると建国祭ってのを開くんだ。一年続いた平和を祝う祭りなんだが、おそらくウロボロスの連中はその日に決起とやらを起こすつもりだろうな」

「なるほど。国民全員ってことは当然、王族も含まれるのか」

「あぁ、馬車で王都中を練り歩くパレードがある。勿論、騎士団の護衛も付けるから『遺体』の警備は薄くなるだろうな。連中にとってはこれ以上の機会もないだろう」


 ガドルの言葉に、俺達三人の顔は険しいものになる。

 そりゃあ、騎士団全員が王様の警護に付くわけじゃあないだろう。

 でも、ウロボロスにはクロの親父さん——ムストが居る。

 死霊魔法で操られているとはいえ、元宮廷魔導士団の団長を相手に正面から戦える奴なんて片手の指で足りるくらいしか居ないはずだ。

 俺もクロも、まるで歯が立たなかった……。


「……今の騎士団と魔導士団の団長さんを遺体の警備に回せないのか?」

「難しい話だな、あのパレードには両団長が出るのが毎年の恒例になってる。それに、ここ一月で王都内での犯罪が少しずつ増えている。そのせいでダリウス王の警護はより強固にしなきゃならない。両団長を外すって選択はないだろうな……」

「そんな状況なのに祭りを開くのか……。悪には屈しないって姿勢を民衆に見せる目的もあるんだろうが、時期が悪すぎるな」

「そう言っても始まらん。お前さんらには悪いが、建国祭当日は遺体の警備についてもらう。俺の方でもできるだけ精鋭を揃えてもらうように騎士団に進言してみよう」

「分かりました。私達もできるだけ武装を整えておきます。タケルさん、この後買い物に付き合ってください」

「あぁ、分かった」

「俺ももう少し情報を集めてみよう。生憎戦闘じゃあ役には立てねぇが、侵入経路とか分かれば少しは楽になるだろ?」

「よし、俺達も準備を進めよう。奴らが直接的な行動を起こさないとも限らない。警戒は怠るなよ!」


 各々、自分のやるべきことを定めて会議は終了。

 俺達は足早にギルド長室を後にして、階段を下りる。

 ケンジともそこで別れ、事前に待ち合わせでもしていたのか二人の部下を引き連れて帰っていった。

 去り際にこちらに手を振る余裕がある辺りがなんともあいつらしい。


「あら、もう用は済んだのかしら?」


 俺もクロと準備のための買い物に行くか、とギルドを出ようとした時、後ろから声を掛けられた。

 二人して振り向けば、いつも通り退屈気に受付に座っているマリーと目が合う。

 隣では同僚らしき人が忙しそうに仕事をしているのに、何故かマリーの所だけ人どころか、書類の一枚もありはしない。

 ……また、押し付けたのか?


「失礼ね、いつも仕事をサボっているような目で人を見ないで頂戴。今は……そうね、小休憩中なのよ」

「なら良いけど……」

「マリーさん、あんまり態度が悪いとまたマスターからどやされますよ」

「はん、あんなの適当に聞いてるフリしてれば良いのよ」

「お前一度本当に怒られろ」


 なんとなくガドルの苦労が察せられるセリフに、ついツッコミを入れてしまう。

 多分、マリーは『仕事と休み、どっちが大事か』と聞かれたら迷わず『休み』と即答するタイプの人間だ。

 まぁ、それに関しては俺も人のことは言えない訳だが……。

 やめよう、これ以上は不毛すぎる。


「私のことより、貴方達のことよ。ねぇ、ちょっとこっち来てくれるかしら?」


 急に声を潜め、俺達を手招きするマリー。

 一瞬二人して顔を見合わせるが、特に時間が押している訳ではないので素直について行くことにする。

 招き入れられたのは前にも来た受付の奥にある小部屋。

 酒場を併設しているとは思えないくらい綺麗に整えられた雰囲気は、今でも慣れない。

 俺とクロは、手近な椅子に座りマリーと向き合う。


「あんまり人が多い所で喋れることじゃないから、ここに呼ばせてもらったけど……。ウロボロスのことどうなってるの?」


 やっぱりそのことか。


「……来月、建国祭だっけか、に奴らは決起を起こすだろうってのが俺達の見解だ。目的は神の遺体だろうけど多分クロも含まれてる。んで、その遺体の警備に俺とクロが付く。騎士団と一緒にな」

「……そう、理解はできたわ。でも納得はできない。どうしてクロも一緒じゃなきゃダメなの? 敵の目的にこの子が含まれているなら安全なところに匿うのが定石でしょ」

「っ、マリーさん!」


 マリーの意見に、クロが思わずといった風に立ち上がる。

 クロからすれば、守られるだけの立場というのが気に入らないのだろう。

 いや、それよりも親父さんのことの方が大きいか。

 けれど、マリーの言っていることはもっともだ。

 クロさえ無事なら、仮に神の遺体を奴らに奪われたとしても被害は半分で済む。

 俺だってそっちの方が良い。

 わざわざクロを危険な場所に立たせるくらいなら、俺が痛い目を見たほうがマシだ。


「クロ、これはもう冒険者の仕事の域を超えてるわ。貴女達がやろうとしているのはもはや戦争よ。抗争と言い換えても良いわ。昔教えたわよね、自分の仕事以外の事には関わるなって。ギルドの職員として、貴女を戦場に立たせる訳にはいかないわ」

「それは……」


 マリーの畳みかけるような物言いは、クロの勢いを萎ませるには十分だったらしい。

 言い分は文句のつけようのないくらい正論だ。

 クロじゃなくても、こう言われたら縮こまるしかないだろう。

 でも——それじゃあ、ダメなんだよな。


「……確かに、俺もマリーの意見に賛成だ」

「タケル、さん……」

「でも、それはあくまで一般論としてだ。俺達はもう決めたんだよ。自分たちの手でウロボロスをぶっ飛ばすって。親父さんも解放して、今度こそ二人で旅をするってな」

「……絵空事ね」

「あぁ。でもな、もう二人で決めた事だ。逃げるのはもうやめた。過去のことも、これからの事も、正面から受け止めるさ。なぁ……?」


 話をクロに振ると、少し驚いた顔で俺を見ていた。

 けれど、それも一瞬の事。


「えぇ、私もタケルさんももう覚悟はできています。お父さんの事も、ウロボロスの事も、私達の手でケリを付けます。それに、これは私が自分の手で片付けなきゃならない問題ですから」

「……そ、もう何を言っても聞き入れてくれそうにないわね。まったく、少しは大人になったと思ったけど頑固なのは昔っからね」

「誰に似たんでしょうね」

「そうね、強いて言うなら貴女の父親かしら」


 半分諦めたように、マリーは笑う。

 けれど、その表情には懐かしさのようなものも含まれているように見える。

 取り敢えず、説得できたようで何よりだ。

 話はこれで終わりのようで、マリーは仕事に戻るらしい。

 なら、俺達も買い物に行くとしよう。


「ねぇ、ちょっと……」

「ん?」


 ギルドを出る寸前、マリーに呼び止められた。

 何か言い忘れていたことでもあるのだろうか。

 そう思い、受付まで戻ろうとするが、寸でのところで止められた。

 何なんだよ……。と、内心呟きつつマリーの方を注視すると、口パクで、


「クロをよろしくね」


 そう、笑みを浮かべていた。


「……当たり前だ」

「ん、何か言いました?」

「何でもねぇよ~」

「わっぷ!? ちょっと、髪がボサボサになりますから撫でるならもうちょっと優しくしてください!」

「はいはい」

「聞いてないでしょ!」

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