第48話 謁見
翌日の昼。ガドルの案内で王宮まで来た俺達は駐在している騎士達から身体検査を受け、王様の準備が整うまで控えの部屋で待たされることになった。
流石は王族、部屋がやたらと広い。
メリセアン商会の時も敷地や建物の広さに驚いたし、城の外見からもなんとなく予想はできていたのだが……。
やはりというか、俺のちんけな予想なんか呆気なく裏切られた。
敷地や部屋の広さは言わずもがな、様々な種類の花が色彩豊かに植えられた庭園を見た時は思わず感嘆の声が出た。
多分今座っている椅子も、床に敷かれている絨毯も、俺が一生働いても買えないだろう。
本当に土足で上がってよかったのだろうかと心配になる。
何とも場違いな気がして落ち着かない。もっと、普通の部屋とかないのか。
けれど、そんな風に思っているのは俺だけのようで、一緒に来た奴らは出された紅茶を存分に堪能して優雅な午後を過ごしていた。
「……ガドルはともかく、何でお前はそんなに落ち着いてるんだ」
「タケルさんがソワソワしすぎなんですよ。私達はあくまでマスターの供回りとして来てるだけなんですから、そんなに緊張することないじゃないですか」
「あぁ、別に取って食われるわけじゃないんだ堂々としてろ。見た目は厳格だが、親しみやすい御人だぞ」
「お前らの肝っ玉が羨ましいよ……」
あぁ、胃がキリキリする……。
リーマン時代の経験のせいか、偉い人に会うと不利益を被りそうな気がしてならない。
社長も課長も、滅茶苦茶に怒鳴る人だったからなぁ……。
あーくそ、嫌なこと思い出した。
気分を紛らわせるために手元の紅茶を一口飲む。
……やっぱり、大した違いが分からない。
まぁ、多分良いものなんだろう。
ほっ、と一息つくと気分の幾らかマシになった。
その後は特に会話は無い。ガドルは腕を組んで目を閉じ、クロは依然として紅茶を堪能していた。
もう一口くらい飲んでおこうかと、紅茶に手を伸ばした時、部屋のドアが開いた。
「お待たせしました。謁見のご用意が整いましたので、ご案内致します」
残念ながら、紅茶はお預けらしい。
メイドさんの案内の下、さっきの部屋の何倍も広い部屋に通された。
大理石の壁に床、遥か上空にある天井、部屋の両端に並んでいる近衛騎士。
どれもこれも、ただの一般人を竦ませるには十分すぎた。
そして、その部屋の一番奥。
玉座に座している赤髪の男が静かに俺達を見下ろしていた。
名前は確か……そう、ダリウス・アーベント。
赤く艶のある髪を整髪料で後ろに纏め、燃えるような緋色の瞳は威圧感たっぷりに釣り上がっている。
それどころか纏っている服も紅く、何か少しでも不敬を働けば直ちに叩き斬られそうだ。
どこが、親しみやすいんだ……?
そんな疑問が浮かぶ最中、一人の男が橋の列から一歩前に出た。
「王の御前である。皆、静粛にせよ!」
その言葉とともに、ガドルとクロは跪く。
俺も少し遅れて跪く。
礼儀作法とかあるなら、前もって教えて欲しかった。
「良い、楽にせよ」
重く、しかし柔らかな声が、謁見の間に響く。
王様の言葉とともに、俺達は揃って彼を見上げる。
「久しいなガドル。息災か?」
「はっ、王におかれましてもご健勝そうで何よりでございます」
「良い。そちと余の仲だ。堅苦しい挨拶はここまでとしよう。して、此度は何用で参った」
そこからガドルは、ダリウス王に事のいきさつを話し始めた。
ウロボロスという組織が居ること、神の遺体が狙われていること、事前にまとめたことを淡々と語る。
それを聞いて、王様の表情が硬くなる。
「なるほど、話は分かった。しかし、ムストの遺体がまさかそのような使い方をされているとは……。して、後ろの二人は何者だ?」
「この者らは私がもっとも信頼している者達です。二人とも若いですが、実力は騎士団の精鋭にも引けは摂らないでしょう。王よ、どうかこの者らを神の遺体の警護に付かせていただけないでしょうか」
「ふむ……」
ガドルの提案に、返事を渋る王様。
そりゃあ、代々王族が管理してきたものに部外者が近づくとなると訝しいよな。
いくらガドルと王様が旧知の仲とは言え、この提案は難しいだろ。
「……ガドルよ、余はそちを信用している。だが、いくらそちの信頼に足る者達とはいえ部外者を近づけるのは王として認める訳にはいかぬ。仕来りはあくまでも仕来り。しかし、我々王族が守り、受け継いできたものを今更捻じ曲げることはできぬ」
「理解はしているつもりです。しかし王よ、賊にはあのムストが居ます。遺体とはいえ、あれは元宮廷魔導士団団長、歴代最強ということは王もご存じの筈。私もあの時から衰えました。警備は少しでも万全であるべきかと思います」
「むぅ……」
「王よ、ご決断を」
「……わかった。しかし、任せる以上は強いものでなければならない。故に、二人の実力を把握しておきたい。良いか?」
「はっ、ありがとうございます」
話はまとまったらしい。
けど、ちょっと待て。これってもしかして騎士団か魔導士団の人と模擬戦でもやらされるのか?
戦う準備とか一切してきてないんだが……。
隣のクロと顔を見合わせれば、苦笑いが一つ帰ってきた。
よく見れば、クロはいつもの武装を持って来ている。
つまり、用意ができてないのは俺だけか……。
まぁ、射撃もクロほど上手くはないし、剣も使えないから最悪武器が無くてもどうにかなるだろ。
王様の計らいで、俺達は一度騎士団が訓練に使う広場に移動することになった。
移動の最中、俺はガドルに耳打ちする。
「おい、ガドル。こういう事をするならあらかじめ言っといてくれ」
「悪い悪い。剣で良ければ、騎士団の武器庫から借りてくるが?」
「使えないからいらねぇ。素手でやるよ」
「あー……どうしても嫌なら断ってくれても良いんだぞ?」
「王様の前であれだけの事言ったんだから取り消しなんて無理だろ。良いって、試したいこともあるから丁度良い」
バツが悪いと言った感じのガドルの肩を叩いて、少しだけ笑う。
正直これっきりにしてほしいが、信頼には応えなければならない。
それに、あれだけのことを言わせておいて負けるのはカッコ悪いしな。
頑張るとしよう。
****
通された広場は思いのほか殺風景で面積は広いが、ボロい鎧を被せられた人形が壁に沿って三体ほど並んでいるだけだった。
訓練に使うのだから、当然と言えば当然か。
「さて、大方予想はできているだろうが、お前らにはこれから近衛騎士と模擬戦をしてもらう。相手の武器を弾き飛ばすか、相手を降参させた時点で勝負ありだ。武器の使用は自由だが、くれぐれも相手に重傷を負わせることはないように加減して戦えよ」
「了解」
「わかりました」
「うむ、では二人とも用意ができたら広場の中央へ行ってくれ」
俺もクロも特に準備をするようなものはないので、さっさと中央へ向かう。
すると、俺達の歩幅に合わせるように二人の騎士が前に出る。
一人は俺の方へ、もう一人はクロの方へ別れて俺達と向き合う。
歳は俺と同じか少し下の青年。日光を照り返すほど磨かれた鎧に身を包み、長剣を構えている。
なるほど、あの人が対戦相手か。
「……武器をお持ちではないようですが、問題ありませんか?」
「あぁ、生憎武器を家に忘れてな。剣も使えないし、このままやるよ。その代わり、魔力を使うけど問題はないよな?」
「えぇ、構いません」
「両者、準備は良いか……? 良し。では、始め!」
ガドルの合図とともに、騎士は疾走した。
鎧を身に着けているのに、それを感じさせない軽やかな走りは五メートルの距離をあっという間に詰めてくる。
その勢いのまま、振り上げた長剣を俺目掛けて真っ直ぐ振り下ろす。
直撃すれば軽傷では済まないであろう斬撃。
俺は両手に魔力を集め、剣を受け止めた。
鉄同士がぶつかったような、甲高い音が直に鼓膜を叩く。
「……くッ!」
全体重が乗った斬撃は受け止めることはできても、受け止め続けることは難しい。
頭上で組んだ両手をそのままに、体を捻る様にして体重を逃がす。
支えを失った長剣はそのまま地面を叩き、がら空きの顔面に裏拳を叩きこむ。
しかし、騎士は咄嗟に片手を剣から放し籠手で裏拳を受け止める。
流石は精鋭、一筋縄じゃいかねぇか。
「なら——」
剣を振らせないように、拳が届く距離を維持する。
状況は依然こちらが有利。
それに、鎧を着ているなら素早くは動けない筈だ。
間合いをさらに一歩詰めて、左手を騎士の顔面に伸ばす。
視界を塞がれ、咄嗟に逃げるように青年は俺から二歩離れる。
それを見計らって、足に魔力を集めて騎士の片足を思い切り蹴り上げた。
「なっ——ぐっ!?」
重心が乱れ、バランスを崩した騎士は背中から地面に倒れ、遂に剣から手を離した。
騎士が起き上るより早く、零れた剣を拾い彼の喉元に突き付ける。
「俺の勝ち、だよな?」
「……参り、ました」
勝負あり。
ガドルの方を見ると、何も言わずに頷くだけ。
さて、クロの方はどうなったかな。
なんて思いながら目をやると俺のすぐ横に何か落ちてきた。
「うおっ!?」
サクッと小気味よく地面に刺さったそれは、紛れもなく長剣だった。
クロと戦ってた騎士の物だろう。
それだけでなんとなく結果は察せる。
一応見れば、騎士に跨って喉元にナイフを突きつけているクロが目に入った。
あっちも決着が付いたらしい。
「……勝負あり!」
ガドルからの宣言もあり、これで漸く決着が付いた。
倒れている騎士に手を貸して、持っていた剣を返すと彼は一礼して列に戻った。
「王よ、これで二人の実力はお分かりいただけたかと」
「うむ……。確かにそちの言う通り実力は間違いなさそうだな。良かろう、二人の警護を認めよう」
「ありがとうございます!」
決まりだな。
これで俺達は、晴れて神の遺体の警護に付くことになった。
「お疲れ様です。どうでした?」
「あぁ、やっと実戦慣れしてきたよ。まぁ、初見殺しだから二回目は通じないかもな」
「だいぶ扱いが上手くなったみたいですね。生徒が優秀で先生も鼻が高いです」
「はいはい、感謝してますよ」
腕を組んで満足気に頷くクロについ肩を竦める。
まったく、これからが大変だってこと分かってんのか?
半分呆れつつ、俺もこの状況を楽しんでしまっているのだから救えない。
でも——やっと尻尾を掴んだぞ『蛇』。
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