第35話 タダ働き

 車両が揺れるのに合わせて体が小さく揺れる。

 車窓から見える景色は絶えず流れ、王都はすっかり遠くなってしまった。

 結局、俺の手持ちだけではアルカが食った分を払うことはできなかった。

 報酬の四割しか貰ってないとはいえ、軽く一か月は無理なく生活できる程度には額があった筈だ。

 なのに、足りなかった。

 あいつどんだけ食ったんだ……。

 流石にクロに足りない分を負担させる訳にはいかず、マリーに相談したところ、


「足りない分は仕事で返してもらうわ。丁度、貴方向きの仕事もあることだしね」


 そう、面倒くさげに言われた。

 そんな訳で、俺達は列車に揺られて東にあるベルデイレという街に向かっている。

 ベルデイレは織物業が盛んで、なんでも浴衣があるらしい。

 詳しいことはマリーもクロも知らなかったが、そうらしい。

 それに、今でも活動している火山もあるようで温泉街が立ち並んでいるのだとか。


「楽しみですね、温泉」

「……そうだな」


 隣の席でウキウキしているクロを見て、少し申し訳なくなる。

 ガドルに休めと言われている立場にも関わらず、付き合わせてしまった。

 元々は俺のお節介が原因なのに……。


「はぁ……」

「どうしたんですか、ため息なんかついて」

「いや、何でもねぇよ」

「貴方がそう言ってる時は大抵何かあるときですよ。大方、巻き込んで悪いなぁとか思ってんでしょ?」

「……別に」

「ふふっ、図星ですか」


 ちょっと得意げな微笑みに絞ったような声が漏れ出てしまう。

 そこまで長い付き合いじゃあない筈なのに、見透かされているような気がする。

 そんなに分かりやすいか、俺?


「いいじゃないですか。こういう不測の事態も冒険の醍醐味ですよ」

「原因は金欠だけどな……。お前の場合は半分旅行気分だろ」

「む、そういうタケルさんは温泉が楽しみじゃないんですか?」

「……黙秘で」

「ふふっ……」


 あぁ、今のは何となくわかった気がする。

 どうせ「素直じゃないですね」とか思ってるんだろ?

 お前も大概、顔に出やすいんだよ。


 ****


 列車に揺られ三時間ほど、漸くベルデイレに着いた。

 少し痛くなった腰を擦りながら駅を出ると、王都の西洋風な街並みとはかけ離れた和風に近い街並みが目を惹いた。

 灰色の煙が立ち昇る火山に、簡素な木造建築と石畳が引かれた通り。

 実際に見るのは初めてだが、この落ち着いた風景を見ると不思議と安心する。

 なんとなく雰囲気を知っているからだろう。


「……質素だな。王都とは雰囲気が真逆だ」

「ここは隣国と近いですからね、同盟の証として文化を取り入れているそうですよ」

「へぇ、街一つ変えるなんて随分と仲が良いんだな」


 取り敢えず、ずっと駅前に居ても邪魔になるだろうから観光しながら宿を探す。

 すれ違う人々や、通り過ぎる店を見てもやはり王都やメリセアンとは別物だった。

 和服を着ている人も居るし、店や他の建物も木造だ。

 やっぱりこういう街なら旅館とかあるんだろうか。


「それはそれとして、私はまだどんな仕事なのか知らないんですけど?」

「あ、言ってなかったか?」

「聞いてないですね」

「じゃあ言わねぇ」

「いや言ってくださいよ。ていうか、似たようなやり取り前にもしましたよね?」


 バレたか。


「幽霊村の調査だってよ。依頼っていうよりもギルドの職員がやる仕事らしいけど」

「あー、かなり特殊なケースですね」

「そうなのか?」

「依頼した人が報酬を払えない立場であったり、依頼の危険度が不明だったりした場合、ギルドから依頼を出すためにギルド職員が一度調査をするんですよ」

「報酬を払えない立場の人間……。犯罪者とかか?」

「えぇ、盗賊退治にしろ魔物退治にしろ、一応は秩序を守る立場ですからね。悪人からの依頼を受けることは出来ないんですよ」

「へぇー」

「というのは建前で、多分マリーさんが面倒だっただけですね。あの人面倒くさがりな所がありますし……」

「あー、何となく分かる……」


 普段から面倒くさそうな雰囲気を隠す様子も無いしな。

 頬杖をつきながら書類を捌いている姿を一度見たことがあるが、よくあれで周りから注意されないものだ。

 似たような仕事をしていた身としてはちょっと羨ましい。

 それはそれとして……。


「これって報酬出るのか……?」

「えーと、元々は足りないお金を賄うための仕事ですから……」

「タダ働き確定か……」


 思わず漏れたため息に、クロは苦笑いを零す。

 分かっていたこととはいえ、なかなか辛いものがある。

 まぁ、くよくよしても仕方がない。

 次アルカに出会った時にまとめて請求するとしよう。

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