第34話 初対面の人間はだいたい食い倒れている

 クロとの特訓が始まって一週間。

 あれから俺は、魔力操作と組み手をひたすら繰り返していた。

 最初は全くと言って良いほどできなかった魔力操作も、なんとか腕に集めることだけはできるようになった。

 と言っても、まだまだ基礎が完璧にできている訳ではなく、何となくの感覚頼りでやっているだけだ。

 自分でもどうやっているのかは把握しきれていない。


「不思議なもんだなぁ……」


 自分の思考に自分で答える。

 クロとは別行動中だ。

 一人になるのも随分と久しぶりな気がする。

 多分クロと出会ってからというもの、ずっと何かと戦ってばかりだったせいだろう。

 おかげで街の喧騒が普段よりも大きく聞こえる。


「さて、と……」


 考え事も大概にして、頼まれていることを済ませよう。

 クロから持ったメモを見ると、どうやら買い出しのメモらしい。

 一応文字の勉強も兼ねているので、読めないモノには自分で振り仮名を振ってある。

 金に関してもこの前の報酬があるから大丈夫だろう。

 問題はない。手早く片付けよう。


「ん?」


 取り敢えず手直なところから行こうかと思った直後、視界の隅に何かが引っかかった。

 つい気になって注視してみると、道端に人が倒れていた。

 倒れているのは男性のようだ。

 パッと見た感じ、年は十八くらいだろうか。

 雪のように真っ白な白髪をしていて、やけに大きな荷物を背負っている。

 今日は少し暑いと思えるほどの気温なのに、何故か厚手の上着を着ているせいで変に目立っていた。

 行き倒れか、と思うと同時に俺はその人物へ駆け出す。

 周りの人々も何人かは気になって声を掛けている様だが、白髪の青年は腹を押さえて唸っているだけだった。


「おい、大丈夫か? なぁ、この人どうしたんだ?」


 青年に声を掛けつつ、先に居た人にも質問を投げかける。

 けれど、その人も詳しい事情は知らないようで首を傾げられた。

 我ながら面倒なことに首を突っ込んだなと思うが、自分が似たような状況から助けられた身でもあるので、つい関わってしまった。


「なぁ、おい。腹が痛いのか?」

「……か……ぃた」

「んあ?」


 か細い声で青年は何か言った。

 よく聞くために耳を澄ます。


「……お腹、空いた」

「……」


 食い倒れかよ。


 ****


 青年の容態は空腹以外には本当に何もないようで、俺は名前も聞かずに彼をギルドまで運んだ。

 席に座らせ、メニューを渡すと同時に青年は怒涛の勢いで料理を注文していった。

 途中、料理を運んできたマリーは「貴方も物好きね~」と笑っていた。

 ほっとけ、自分でも貧乏くじだとは思ってるよ。


「いやー、助かったよ~。ここまで来るのに随分とお金を使っちゃってさ。もうだめかと思った」

「いいから、食いながら喋るな」


 どんどん積みあげられていく皿に、若干の不安を覚えつつ俺もコーヒーを啜る。

 クロ然り、ケンジ然り、この世界の住人はよく食べる。

 多分、あいつらからすれば俺が小食に見えるんだろうな。

 暫く食べ進めた後、青年は思い出したように口を開いた。


「そういえば名乗っていなかったね。僕はアルカ、アルカ・ハイマーだ」

「タケル・ハイガミだ」


 真っ赤な瞳を細めながら笑うアルカに、俺は短く返答する。

 会話は途切れてしまったが、お互いに自分のペースは崩れない。

 アルカはひたすら美味そうに飯を食い、俺はひたすらそれを観察した。

 アルカとその隣に置かれている荷物を。

 荷物は大きなカバンに入っていて、中身は分からない。

 此処に運ぶにあたって一番苦労したのは間違いなくあの荷物だ。

 俺の腰くらいまである大きさもそうだが、それ以上に気がかりだったのはその重さだ。

 まるで、人間を背負っているような——


「ところで、奢ってもらっておいて申し訳ないんだけどさ……」

「ん、あぁ、なんだ?」

「実は人を探してるんだ。何か知らないかい?」


 そう言いながら、アルカは懐から一枚の紙を取り出して渡してきた。

 どうやら、何かの資料らしく右上には小さな顔写真が貼られている。

 その写真がやけに目についた。

 多分——クロの写真だったからだろう。


「なぁ——」

「あ、帰りが遅いと思ったら此処に居たんですね」


 突然、後ろから掛けられた声に振り返った。


「クロ……」


 まだ昼と呼ぶには早い時間。

 僅かに酒の匂いが鼻につくこの場所に、おそらく居てはいけない奴がそこに居た。


 ——まずい。


 直感的にそう思った。

 理由も根拠もない、ただの直感。

 けれど今までの経験上、この勘は無視できないとも思ってしまう。

 アルカとクロを交互に見ながら俺は必死で頭を回す。


 何か都合の良い言い訳は?


 まず何を説明する?


 不審がられるな。


 違和感を覚えさせるな。


「……タケルさん?」

「あ、あぁ。悪い、まだ買い物終わってねぇや」

「それは別にいいですけど、お取込み中でした? 凄い顔してましたけど」

「いや、何でもねぇよ。それより——」

「あぁ! 君がクロ・カトレアかぁ!」


 俺が説明するより早く、アルカは席を立ちあがりクロの両手を握った。

 突然のことにクロも驚いている。

 なんなんですか!? とでも言いたげな目がクロの慌てぶりを物語っていた。

 だが、それにも関わらずアルカは口角を吊り上げ、握る力をさらに籠める。


「僕はアルカ・ハイマー、実は君を探しててね。是非とも一度お目にかかりたいと思ってたんだ」

「おい、お前」


 妙に馴れ馴れしい雰囲気に、思わず割って入る。

 アルカの顔から張り付けたような笑みが消えた。


「なにかな?」

「悪いな、実はこいつと待ち合わせをしててな。用があるなら後日出直してくれ」


 言いながらチラッとクロの方を見ると、やはり訝しい表情をしていた。

 なら、割って入ったのは正解だな。

 おそらくアルカが一方的に知っているだけだろう。

 少々無理がある言い訳になってしまったが、無理やりにでも押し通すしかない。

 アルカの方へ視線を戻すと、何が可笑しいのかニヤニヤと厭な笑みを浮かべていた。

 興味深い、とでも言いたげに。

 ふと、背筋が冷たくなった気がした。


「ふぅん……わかったよ。ご馳走になった身だ、素直に出直すよ。またねタケル」


 最後に手を振って、アルカはデカい鞄を背負ってギルドを後にした。

 あいつが見えなくなるまでずっと見ていたが、見えなくなるとつい、ホッと息をついてしまった。


「……大丈夫か?」

「えぇ、まぁ。知り合い、という訳でもなさそうですね」

「あぁ、食い倒れてたあいつを拾っただけだ」

「それもそれで変だと思うんですけど」

「俺だってそう思うよ」


 そう、変な奴だった。

 他人の事なんてお構いなし、自分の欲求に素直なタイプだ。

 良く言うならマイペース、悪く言うなら自己中心的。そんな奴。

 ……それはそれとして。


「あれ、俺が払うんだよな……」


 机の上に積み上がった食器の山を見て、俺はまた溜息を溢した。

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