第36話 怪談、そして夜
「お待たせしました! ご注文の品はお揃いでしょうか?」
「えぇ、ありがとうございます」
「いただきます」
宿に荷物を置いた俺達は、幽霊村の調査は夜にやることにして、近場の飲食店で忘れかけていた昼飯を食っていた。
隣国の文化の影響なのか、あっさりとした味付けがされた料理が多く俺としてはありがたい。
けれど、クロからすれば物足りないのか普段より箸の進みが遅い。
もっと量が食えそうなところが良かったか?
「……この食器、使いにくいですね」
「あぁ、そっちか」
どうやら箸が使いにくいだけらしい。
王都やメリセアンではナイフやフォークが主流だから慣れていないのだろう。
難しい顔をしながら焼き魚を食べる様は子供っぽくて見ていて少し面白い。
でも、俺が食べさせるわけにもいかないし頑張って慣れてくれ。
「むむむ……」
飯を食いながらクロにバレない様にこっそり笑う。
こいつにも苦手なことがあるんだな。
そんなことを思いながら、俺は自分の焼き魚を再度口に運んだ。
「あれ、お二人さん?」
「んあ?」
ふと、聞いたことのある声がして箸が止まる。
けれど、それは意外な奴で顔を見た瞬間に思わず焼き魚を落としてしまった。
「ケンジ……」
「よっ! まさかここで会うなんてな!」
軽快な挨拶をするケンジを見て、俺は何故だが無性に帰りたくなった。
また何か面倒ごとになりそうな気がしたからだろう。
ただでさえタダ働きが確定していて憂鬱なんだ。
これ以上の面倒事は勘弁願う。
しかし、藁にも縋るような俺の祈りは聞き届けられなかったのか、ケンジは俺達の隣の席に座った。
「あぁ、今は会いたくなかったけどな」
「ひでぇな、俺はただベルデイレの商人と商談しに来ただけだぜ? あんた達を見つけたのは偶然だ」
「そうかよ、だとしても他人のフリをしたかったよ。お前と仕事以外で関わりたくない」
「ははっ! 言ってくれるぜまったく。けど、丁度良かった。あんた達に例の件で報告したいことがあったからな」
「例の件……。タケルさんの不死の事ですか?」
「いや、悪いがそっちついてはまだだ。今回は『蛇』についてだよ」
「蛇……?」
「……ここじゃあ誰が聞いてるか分からねぇ。なぁ、あんたら宿はどうした?」
「この店の向かいにある安い宿を取ってる」
「そうか。なら、あんた達の分の部屋も取るから後でこの宿まで来てくれ。荷物も部下に運ばせとくからよ」
そういうと、ケンジは一枚のメモを寄越す。
サッと目を通すと、宿の名前と住所が書かれていた。
「……分かった。けど、俺達にも予定がある。それが終わってからでも良いか?」
「あぁ、構わねぇよ。俺も夜までは忙しいからな」
「……クロ、調査の時間を少し早めようぜ」
「そうしましょう。温泉は仕事が終わってからですね」
「そうだな」
メモをポケットにしまい、食べかけだった料理に箸をつける。
でも、手を付けた料理を味わうよりも頭では色々と考えてしまう。
ケンジが態々場所を用意することと『蛇』という言葉の意味。
どちらもただ事ではない筈だ。
あぁ、本当、うっかり死んでいる暇もない。
死なないけど……。
****
夜の帳が降り始めた頃、必要なもの以外をケンジの部下に預けた俺達は件の幽霊村に向かっていた。
ベルデイレから幽霊村まではそれなりに歩くので、着くころには夜になっている筈だ。
本当は深夜に調査をする予定でいたが、ケンジとの約束もあるので少し早めた。
「そういえば聞き忘れてたんだが、何で幽霊村なんて呼ばれてるんだ?」
「あぁ、なんか私達がメリセアンに行っている間に広まった怪談らしいですよ。もう何年も誰も住んでいない廃村に幽霊が出るっていう。まぁ、よくある話ですね」
「誰か幽霊を見た人でも居るのか?」
「マリーさん曰く、その廃村を拠点にしようとした山賊が見たらしいです。なんでも卒倒しそうな程真っ青だったらしいですよ。幽霊の正体についてはよく分からなかったみたいですけど……」
「何とも災難だな」
多分その幽霊とやらのせいで、自分の罪もバレてしまったんだろうな。
因果応報とはいえ、少しだけ同情する。
それにしても幽霊か……。
「なぁ、実際に幽霊っていると思うか?」
「いたら面白いなぁとは思ってます」
「へぇ……」
実はちょっと期待してるんですよ、と爛々と目を輝かせるクロ。
こいつ結構怖いもの知らずだな。
反対に俺は面倒くささ半分といったところ。
もう半分は純粋な興味。
見てみたい気もするし、居たら居たで対処法が分からないから困る。
念仏でも唱えればいいのか?
「どうであれ、さっさと片付けるか」
「そうしましょう。私も温泉でゆっくりしたいです」
山の陰に隠れる夕日を背に、クロはふっと笑った。
もうじき、夜が来る。
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