第11話 勿論、悪い神様もいらっしゃる
音も光も無い、不思議な空間。
上も下も右も左も区別が付かないような真っ暗な空間に俺は居た。
ここが死後の世界というやつなのだろうか。
いつの間にか寝転がっていたようで、起き上ってみるが辺りには何も見えなかった。
手も足も感覚はあるが全く見えない。
さて困った。
これからどうすれば良いんだ?
「よう、起きたか小僧」
「ん……?」
声が聞こえた。
声からして男の声だ。
取り敢えず声の聞こえた方向を見てみるが、やはり真っ暗で何も見えない。
「あぁ? なんだ、見えてねぇのか。仕方ねぇなぁ」
パチン、と乾いた音が聞こえた瞬間、数メートル先に黒く巨大な檻が見えた。
檻はかなり年季が入っている様で傷だらけで所々格子が外れている場所があった。
その錆びれた檻の中に似つかわしい男が胡坐を掻いて入っていた。
ボロい麻の腰巻に赤黒い肌、好き勝手に伸びた真っ白な髪。海の様に青い瞳は口角と共に吊り上がり獰猛な笑みを浮かべていた。
「よぉ、これで見えたか小僧」
「……誰だお前」
「おいおい、人に名前を聞くときはまずは自分からってママから習わなかったのか?」
「あ?」
檻の中にいるくせに随分と上から名物言いに少しイラっときた。
お前こそ初対面の奴に対する礼儀を親から教わって来い。
「まぁ、別に言いたくないならいいぜ。灰神タケル」
「っ、何で知ってる」
「さぁ、なんでかな。俺はお前の事をよく知ってる、お前以上にな」
「ふざけてんのか」
「ふざけてねぇよ。なんせ俺は神だからな、知ってることは何でも知ってんのさ」
真面目に話すのが馬鹿らしくなってきた。
こんなことにいちいちツッコミを入れていてはこっちの身が持たない。
俺は早々にこの場を立ち去ろうとした。
此処が何処なのかさっぱりだがこいつの相手をしているよりはずっとマシな筈だ。
「まぁまぁ、話だけでも聞いて行けよ小僧。それに今の俺は気分が良い、質問くらいなら答えてやってもいい」
「……此処は何処で、お前は誰だ」
「かぁ~つまんねぇ質問だな。もっとねぇのか、今ならスリーサイズだって答えてやるぞ?」
「興味ねぇよ」
男のスリーサイズなんて知ってどうするんだ。
「そうだな。まず、此処が何処かって話だが。この空間に名前はない。強いて言うなら生と死の狭間というべきか、精神世界と言い換えても良い」
「……それで、お前は」
「俺の名はイール。一応は命を司る神だ。まぁ、特に御利益がある訳でも、徳が高いってわけでもねぇけどな」
イールは檻の中からからからと笑いながらそう言った。
生と死の狭間、つまり今の俺は半分生きているし半分死んでいるという事になる。
いや、違うか。
心臓を貫かれたんだ、どちらかと言えば死んでいる割合の方が大きいか……。
「あ? 辛気臭い顔なんてしてどうした……。あぁ、お前まさか自分が死んだとか思ってんのか?」
「思ってるもなにも、心臓を貫かれたんだ。普通死ぬだろ」
俺がそう言うと、イールは張り付けていただけの笑みを辞めてニヒルな笑みを浮かべた。
「残念だったな小僧。お前はまだ死んでねぇ。というより、俺が死なせねぇ」
「……どういう事だ」
「生き返らせるって言ってんだよ、小僧」
「なッ!?」
一瞬、思考と呼吸が止まった。
生き返らせる? 俺を?
そんなことが出来るのか、というよりなんでそんなことをする。
「お前に対する罰だよ、小僧。そもそもだ、何故自ら命を投げ出すことが悪と言われているのか、わかるか?」
「……残されたヤツの思いを踏みにじる行為だからか」
「ふは、流石にあれだけの事を身を持って体験すれば嫌でも理解できるか」
イールは呆れながら、しかしどこか寂し気に続けた。
「そこまで分かってるならもう分かるだろ。自殺が何故悪と呼ばれるのか、それは——命に対する冒涜だからだ」
「命に対する、冒涜……」
「あぁ、お前の人生はお前だけのものだが、お前の命はお前だけのものじゃねぇんだよ小僧。その重さを理解せず投げ捨てることは命に対する冒涜だ。それは、人を一人助けたくらいじゃチャラにはならねぇのさ小僧」
「ッ……」
重く伸し掛かる言葉に俺は何も言い返せなかった。
こいつの言っていることはきっと正しい。
俺は一度、不二の思いを踏みにじった。
それどころか、俺を助けようとしてくれたクロの思いに泥を塗った。
それは多分、決して許されることじゃない。
でも、それはお前の勝手な理屈だろ?
「理解はできる。でも、納得はできねぇな」
「あ?」
「あぁ、お前は正しいよ。どんなに無様でも俺達は生きていかなきゃならない。お前の言う通り、誰かの思いを踏みにじってまで自殺するなんて間違ってる。でもな、これが俺の生き方だ。どうやって生きてどうやって死ぬかは俺が決める」
「は、傲慢だな。まさか、今まで自分一人で生きてこられたとでも思ってんのか?」
「勘違いしてんじゃねぇよ。俺が一人で生きていけないことなんてお前以上によく知ってるさ。だから死を選んだんだからな。いや、選んだと思い込んでただけか。俺はもう、あんな中途半端な生き方はしない。このままきっちり死んでやる」
「ったく、なんて矛盾だ。生き方を貫くために死を貫くなんて、お前、トチ狂ってるよ」
「ほっとけ」
頭が痛い、と言いたげに溜息を零すイールを尻目に、俺は背を向けた。
ともかく、生き返るだなんて真っ平だ。
死にたいとは思っていても何度も痛い思いをするのは嫌だからな。
「おいおい、なに話が終わったみたいな雰囲気を出してんだ?」
呆れた声と同時にイールが指を鳴らすと何もなかった地面から無数の鎖が現れた。
鎖はイールの意志に従うように、俺の両手と両足を縛り上げる。
「な、んだよ、これッ!!」
「いやぁ、変に抵抗されても面倒なんでな。何、安心しろお前が生き返ったところで罰が下るのは俺の方だ。それに、さっきも言ったが生き返ること自体がお前に対する罰だ」
「ふざけんな!」
「あんま暴れるなよ、手元が狂っても知らんぞ」
そう言うと、イールを中心に不思議な模様が広がり始めた。
模様は檻の外にまで広がり、イールと俺を囲んだ。
その中でイールは聞き取れない程小さな声で何かを呟き始める。
嫌な予感がする。
何とか逃げるために体を捩るが、一本の鎖が首に巻き付いた。
「がっ!?」
首に巻き付いた鎖は俺たちが暴れるたびに締まり、呼吸が出来なくなっていく。
邪悪な笑みを浮かべたイールはそのまま一歩俺に近づいて、
「がふっ!?」
俺の胸元に腕を刺した。
せり上がってくる熱い血の塊を吐き出しながらイールを見れば相も変わらず邪悪な笑みを浮かべていた。
そして、胸元に刺さった腕をもっと深くまで鎮める。
「あ、がぁッ!?」
有り得ない程の激痛に体が勝手に暴れるが縛り付けている鎖がそれを許してはくれなかった。
体中から脂汗が流れ、激痛が意識を霞ませる。
体の中を搔き混ぜられる感覚に気が狂ってしまいそうだ。
「色々考えたが、やっぱりお前じゃないとダメだわ。生き返らせるついでだ、お前には不死を与える」
「不死、だぁ?」
「あぁ、死にたがりのお前にはこの位が丁度良い罰だろ。ま、俺の野望の為に精々足掻いて見せろよ小僧」
イールがニヤリと笑った後、俺の視界は真っ白に弾けた。
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