後日談 伊賀忍者藤林疾風『疾風の伊賀忍法』
それは『永禄の変』の直後のことだ。
松永久秀は、亡き者にした足利義輝の弟、覚慶を大和の興福寺に軟禁し、身柄の確保と保護をした。
そして、その監視と警護を存じよりの七宝行者とも呼ばれる幻術使いの『果心居士』に依頼した。
果心居士は、大和の興福寺に僧籍を置きながら、外法による幻術に長じたために興福寺を破門されたという。その後、士官を求めて戦国大名達の前に姿を現すが、そのあまりに鮮やかな幻術が仇となり、誰一人雇うものがなかったという。
果心居士の操る幻術は、見る者を例外なく惑わせるものだったという。
伝えられるところによれば、松永久秀と特に親交があり、久秀が「幾度も戦場の修羅場を踏んできた儂に恐怖を味わせることができるか」と言ったところ、亡き久秀の妻の幻影を出現させ、震え上がらせたという。
覚慶を救出の当日、大和奈良の興福寺には手はずどおり、伊勢屋の数台の荷車が入って行った。
一条院門跡の部屋へ、伊勢屋の手代と伴の者二人が入った直後、屋根の上に不吉な影が目に映り、俺は手に持った空気銃を放った。
銃の玉には痺れ薬が仕込まれている。
そして影に近づいた俺は、影が僧形であることに気がついた。痺れ薬が効いた様子で、倒れ伏していた僧形の影は、俺が近づくと、むっくりと起き上がり、こちらを向いて話し掛けてきた。
「せんなきことなり。幕臣の犬にあらんか。さもありなん、我の前には無益なり。」
その時俺は、空気銃を構えて左目を瞑っていたが、僧形の男が一瞬光ったように思い、左目を開いた。すると見えていた僧形の姿はなく、そこにはぼろ布が落ちているのみ。
すぐ様、目を閉じ周囲の気配を探ると、後方から近づく気配を察知して振り向きざまにくの字手裏剣を放った。
さっきは、幻術のたぐいに騙されたようだったが、同じ手は喰わない。相手の顔を見ず足元を見て対峙した。
くの字手裏剣が、一瞬遅れて戻って来る。
俺が投げた変わり手裏剣は、5寸(15cm)程のブーメラン手裏剣である。わざと外して戻る時に囮として使う。
くの字手裏剣に気がつき、後ろを振り向く僧形の影に、伸ばした警棒スタンガンで打ち掛かった。
影はそれを素手で受け止め、感電した高電圧に『うぉ。』と小さく呻き声を上げると、屋根を飛び降りた。続いて俺も後を追う。
追いかけて境内の林に出ると、振り向いて反撃して来た。逃げている間に先ほどの痛手の回復を図ったと見える。
僧形の影は、幻術の他に中国拳法を使うようだ。俺も未来で身につけていた三段の腕前の合気道と警棒スタンガンで応戦する。
激しい攻防となるが再度スタンガンの打撃を当て、一瞬硬直するところにスタンガンを押しつけて、やっと失神させた。
それから、伊賀縛りで縄を掛け、目隠しをして気がつくのを待った。
「我、破れたり。何故殺さぬか。」
「何故、あそこにいたか、聞きたかったのでな。お前の名は。」
「果心居士。我は幽玄を求める者。邪道と言えども神髄を極める者なり。しかし未だ未熟なり。」
「覚慶殿を殺めるために来たのか。」
「さにあらず、監視と警護を引き受けた。」
「ならば敵ではないな。既に目的は達した。貴公なればこの縄抜けもそうは掛かるまい。
松永殿に伝えられよ。覚慶殿は、已で道を選ばれるとな。」
✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣
俺が大和の松永久秀殿を訪ね、長島一向一揆討伐に侵攻するべく、信長殿のいる尾張の小木江城に向って、大和から大津に抜けようとしていた時のことだ。
宇治の手前の村外れで、つけられていることに気がついた。悟られたと分かったのか、駆け出して迫って来る。山伏姿その数20名余り。こちらは、才蔵と佐助の3人。
俺達は、隊列を組んで向って来る集団に、こちらからも迎え撃って走り、遭遇寸前に
催涙弾を浴びせた。才蔵達は発煙筒を風上に投げたようた。
煙に巻かれ視界が不十分な中で、手裏剣と刀の斬り合いになり、次々と斬伏せて行く。
俺の愛刀『陰丸』は、刃渡り1尺5寸(45cm)だが、二重の刃にしてあり、柄の止め金を外すとバネで刃先が1尺伸びる。
俺に斬り掛かった山伏達は、俺の刀の間合いを誤り、刃に掛かるのだ。
そして、合図とともに、3人はその場から離れながら、火薬玉を投げた。
たちまち、斬り合いをしていた場所一帯は火の海になり、爆発もする。
俺達は、火の中から逃げ出して来る者達を次々と討ち取っていった。
俺達が使ったのは、火走りの術。走りながら油を撒いて、随所に火薬の紙包みをばら撒いたのだ。
いつ、どういう術を使うかは、長年のあうんの呼吸だ。
煙が止み、才蔵と佐助が死体に止めを刺して行く。やはりいた、死んだふりをして伏せって襲い掛かって来る者が。
一人が才蔵達の気を引くうちに、二人が俺に襲い掛かって来た。二人とも酷い火傷を負っている。たいした根性だが、根性だけでは俺には勝てない。
一人に向けて、放射状に拡がる糸を投げると瞬時に火炎放射となり、斬り掛かって来るもう一人は、突然伸びた陰丸の刃に掛かる。
火炎放射を浴びた者は、佐助と才蔵の手裏剣を浴びて倒された。
倒した山伏達を調べると、興福寺の御札を持った者がいた。
「大和の者か。多聞城を出てからつけられたとすれば、松永殿に敵対する筒井順慶の手の者かも知れぬ。南都の興福寺であれば、山伏姿は使わぬ。」
「紀州や大和の山里には、我らの知らぬ忍びの者達もいるようです。」
「手間だが埋葬するぞ。放置はできぬ。」
大津から中山道に入り、草津を過ぎた頃、先を行く旅の一座に追いついて、しばらく道連れとなった。聞けば猿楽の一座とか。
総勢30人ばかりの一座を率いているのはお糸という30年配の女将だった。
「ねぇ、お侍さん。あたしら、越前に行こうとしてたのだけど、あっちは戦でだめらしいね。どこか落ち着いて猿楽を演れるところはないかねぇ。」
「それなら、美濃の岐阜から、尾張へ行くといい。殿様は、少し戦があるようたが、国の外だ。
それから、熱田に出て伊勢屋を訪ねるといい。疾風が伊勢湊へ連れて行けと言ってたと言えば、船で送ってくれる。
伊勢神宮の門前町は栄えているぞ。」
「あら、お武家様はもしかして、偉いお人なのかい。いい人に巡り会っちまったねぇ。
あはははっ。」
「さて、少し急ぐから先に行くぞ。」
「あ、待ってお侍さん。なんか怪しい者達がお侍さん達に目を付けているようだよ。
ほらごらんよ。馬借りのくせに空荷なんておかしいよ。それにやけに多勢だし。」
「女将、ありがとう。しかし、ここに居れば余計に迷惑を掛ける。」
「そうかい、気をつけてお行きなさいよ。」
一座と別れて先を急ぐと、なるほどついて来る。馬借りが20人余り、商人姿が4〜5人、そして山伏が10人、後から現れた。
俺達は、道を逸れて林に入った。すばやく
罠を作りながら進んで行くと、奴らがうじゃうじゃと追って来た。
倒した山伏の中に先に逃げた者がいたのだろう。そして、仲間を多勢連れて来たと。
まず、戦端は佐助が開いた。得意の粉塵爆発だ。いつの間にか、奴らの風上に回り込み微風の中、背負っていた噴霧器から小麦の粉を撒き、火炎玉を投げて一瞬にして爆発させた。範囲はそう広くなくて10人ばかり仕留めただろうか。
佐助が使った粉噴霧器は、俺が未来から持ち込んだもので、肥料散布の手押し圧力ポンプで、圧搾空気で強力に撒き散らすことができる。粉塵爆発や霧を発生させるのに使う。
才蔵は毒針の空気銃を連発して、敵を倒している。
俺に近づいて来た二人は、火蜘蛛の術の罠に掛かり焼死した。
火蜘蛛の術は、木に蜘蛛の巣状に張った油の染み込んだ糸と随所の火薬包に火を放つ。
そうやって残り15人ほどになった頃、奴らの背後から襲い掛かって来る者達が現れた。なんと、旅の一座の者達だった。
「お侍さん、無事かい。加勢するよ。」
「助かる。佐助、才蔵、一気に片をつけるぞっ。」
そう言って、次々と斬り捨てて行った。
どうやら、旅の一座も忍びらしい。苦内を投げて倒していたから。
一座の者達10人の加勢を得て、襲撃者達を倒した俺達は、一座の元で野営した。
「お侍さんも忍びだったんだね。」
「そういうお糸さん達も忍びとは驚いたなぁ。俺は伊賀の疾風、藤林家の者だ。」
「伊賀ですか。では私達とご先祖様は一緒かも知れませんね。· · · · · 。」
お糸さんの話を要約するとこうだ。
日の本の国には天皇家を護る八咫烏という組織があるのだという。8世紀に聖武天皇の密勅で吉備真備が藤原氏に対抗するため結成したものらしい。
伊賀忍者の祖とされる服部家は元々南朝に仕える技能集団で南朝皇統奉公衆【八咫烏】の一派だった。
一方、北朝に仕えた技能集団を北朝皇統奉公衆【山窩】と言い、大伴氏を祖とするのが甲賀忍者なのだという。
そして、楠木正成の妹は伊賀服部氏に嫁いでおり、お糸さんは楠木の末裔だそうだ。
さらに、服部家に嫁いだ楠木正成の妹が、産んだ子が能楽を興した観阿弥で、その子が世阿弥だという。
確かに忍びの起源は古く、聖徳太子の時代に秦国から伝わった兵法に習い「
お糸さんには、伊勢屋七兵衛への文を持たせ、必ず伊賀にも寄ってほしいと頼んだ。
お糸さん達の一座の興行を開くためにも、長島の一向一揆を早く片付けなければ。
【 お知らせ 】
この作品の別バージョン『風魔忍者に転生して親孝行する。』を本日から投稿開始しました。
お手数ですが、作者からの作品から検索して読んでみてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます