後日談 

後日談 妹達の恋愛裏話やあれこれ

 妹の八重緑は、志摩の義弟平井弥太郎高明に嫁いだ。志摩に何度も遊びに行くうちに、弥太郎が八重緑にぞっこんとなって、猛烈に口説いて見事と射止めた。とは表向きの話で最初は八重緑の方にその気があったらしい。


 内気な八重緑は、綺羅に密かに思いを打ち明けて相談し、綺羅や侍女達が一丸となってお膳立てをして、弥太郎はまんまとその計略に嵌ったという訳だ。

 でもまあ、相思相愛ならたとえ弥太郎が尻に敷かれたとしても幸せだろうと俺は思っている。



 俺が一番心配だったのは兄好ブラコンきの妹 綺羅である。適齢期を迎えていると言うのに、『兄様よりいい男でなければ、嫁になど行かない。いつまでも兄様の傍にいる。』と広言して憚らないのだ。


 綺羅は家中の皆から愛玩アイドル視されている存在だ。朗らかで笑顔を絶やさない我が家の天使だからね。そんな綺羅に危機感を抱いているのは我が妻 台与と母上だ。


 女の幸せは自分を愛してくれる男ひとの子を産むことだからと主張してる。






 意外なところでは《狐火のお銀》ことお銀が服部正成の妻に収まったことだ。行き遅れを心配していた俺だが余計なお世話だったようだ。

 なんでも、四国で織田信忠殿と松が波多野忍び一党の襲撃を受けたと報告を受けた正成が、それを事前に予想できず、悔いてやけ酒を飲んでいた時に、小頭の一人が正成を励まそうと言った言葉がきっかけだったそうだ。


「組頭も織田の御曹司が狙われる可能性が高いとは、思ってたんですよね。」


「そうだ。だが織田信忠殿には精鋭の伊賀組が護衛についているし、松姫様にはお銀達がついているから、他の手薄な織田家のご子息に手配りしたのさ。」


「なんでぃ。組頭の手配りで奴らの暗殺を防げたのだから、何も悔やむことはないじゃねぇですか。」


「いや、お銀達を信頼していたが、それでも危険に晒してしまったのが情けない。」


「 · · · ははぁ、組頭は別な意味で心配されてたんじゃねぇですかい。

 織田の御曹司より松姫より誰かさんを。」


「えっ、馬鹿な。誰かを優先するなどとは考えもせぬ。皆様を守らねばならない。」


「じゃ、なんですかい。織田の御曹司と松姫様さえ無事なら良かったんですかい。

 たとえ、お銀さんが死んだとしても。」


「そ、それは、、、。」


「任務は果たしてやすぜっ。」


「お銀は、俺の幼い頃からの兄妹みたいな者家族みたいな者なのだ。あいつを死なせるくらいなら、俺が代わりになる。」


「組頭、お銀さんを死なせない、いい方法がありやすぜ。

 組頭が、お銀さんを娶って、家に置いておけばいいんですぜ。

 でないと、いつかは命を落としやす。」


「うむ、分かった。俺は間違っていた。俺が死んだら残された者が不幸になると思い、妻を娶らぬと心に決めていたが、大切な者を守るために娶るのだと、今、分かった。

 俺は四国に行く。そしてお銀に会って来る。」

 

 そんな一人の男の決断があり、一人の女が別の人生を歩むことになるとは、人生とは、不可思議なものだと思う。




 まあ、恋愛話は他人事と思ってる俺だが、新身に世話になった年寄り達には老後を幸せに過ごしてほしいと思いなにかと世話を焼いている。


 俺の守役だった伊賀崎道順は父上と同じく還暦を迎えた。この時代では長生きの方である。


 道順はずっと独り者であり、隠居暮らしを心配した俺は、後家となってやはり独り暮らしの長い乳母の梅との同居を勧めた。藤林砦の中の林に囲まれた小川の傍に小さな庵を建て、小さな菜園をできるようにした。


 菜園には道順の好きな枝豆と西瓜、梅の好きな南瓜と苺、それから大根、人参、伊勢芋、えんどう豆、白菜などを少しずつ植えた。


 それから、東側には二人の好きな桜の木を、西側には梅の木と柿の木を植えた。

 道順には好きな梅酒を、梅には俺の好きな干し柿を作ってもらうためだ。


 年寄りは寒さに弱いから、窓とか開口部は二重の建具にし、石炭ストーブを備え、厚手の綿の布団を贈った。

 もっとも二人は我が藤林砦本館に入り浸りだから寝に帰るだけだけどね。




 母上は俺と綺羅や八重緑が大人になっても子育てに忙しい。孤児院に次から次へと手の掛かる幼子が入って来るからだ。


 母上の素晴らしいところは、20人もの幼子がいても一人ひとりに目配りができるところだ。

 寂しさから甘えたい子の気持ちを、すぐに感じとり抱き上げて満足するまで抱擁する。 

 孤児院で育った者達が『お袋さま』と呼ぶのは母上ひとりだ。世話をする乳母や女性達も大勢いるのに、彼女らは『○○おばちゃん』や『○○お姉ちゃん』だ。

 ちなみに幼子達から俺は『おもちゃを作ってくれるお兄ちゃん』と思われている。



 戦災から逃れた伊賀では、年中行事を欠かさない。年末の餅つきや正月の烏賊登凧揚げりから始まり、上巳じょうしの節句には桜餅を作り雛人形を飾る。桜の季節には花見、端午の節句には柏餅を鎧兜に供え、鯉のぼりを立てる。七夕しちせきには柳に短冊を結び願い事を書く。お盆には墓参りをし、宵闇の中で盆踊りをする。重陽の節句には団子を供えてお月見だ。


 おかげで菓子作りが広まり、領内のあちこちに餅や煎餅、飴などを売る菓子屋ができた。当家の料理人達には初期の頃には蕎麦やうどん、天麩羅などを教え領内に広めたが、伊勢から海産物が入るようになってから魚介類の料理も教え広めた。うちの調理場から一人前になって独立して各地に店を開いた者も多い。別に暖簾分けという訳じゃないがお祝いに店の暖簾を贈るのが恒例になっている。

 特に父上の筆字が人気だ。俺は隅っこに漫画絵を書くことにしたが。この暖簾がある店は免許皆伝じゃないが味に偽りがないということで一種のブランドになっているらしい。

 独立した店で修行した者達も、その者達が独立する前には、うちの調理場に来て半年くらい修行するんだ。そして暖簾を贈られて店を持つ。



 そう言えば、うちの菩提寺『伊賀正覚寺』の境内にも店ができている。土産物屋や食べ物屋が10軒を超えるそうだ。

 俺はいつも、裏門から本堂に入ってしまうから見ていないけど。伊賀焼きという藤林の荒鷲の家紋を焼き付けたお焼きや伊賀最中が人気だそうだ。

 なぜか、御曹司飴という水飴を煎餅で挟んだ飴を舐めながら池の鯉を眺めたり広い境内を散策するのがはやりなんだと。 


 綺羅のものとかないかと思ったらちゃんとあった。綺羅の顔を描いたクッキー菓子が。 

 そして、縁結びのお守りだという八重緑の名前が記された匂い袋も人気だという。

 それを聞いて母上が、美人に育つお守りの栞人形を売り出そうと言い出したけど、売れなかったらどうしよう。


 どこで聞きつけたか道順が「坊、あんまり変なものは作らねぇでくだせぇ。」って言うけど、俺は作ってないからね。



 父上は、隠居する気が満々なのだけれど、俺は跡を継ぐのが嫌だし、母上が『隠居暮らしなんておばちゃんになってからよ。』なんて言ってるから、今のところは安全だ。


 でもいつまでもではない。台与が子を欲しがっているし、そろそろできるかも知れない。


 子が生まれたら『望美のぞみ叶絵かなえ給江たまえ。』のように連続で意味を持たせる名付けをしたいと思っているのだが、いったい何人生まれてくれるのか。そして男女の別は順はどうなるのか。

 こればっかりは未来知識にもないので頭が痛いことだ。




【 後書き 】

 最近、近況ノートに『サポーター専用』ができました。特典もあるので、筆者も書いて見ました。次回作品の予告もしていますのでご覧ください。

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