後日談 エイプリルフール『兄を騙したのは私』

 ここは東国出羽のとある村です。毎年冬は雪が多いのですが、今年の冬は、私が生まれてから一番の大雪でした。

 なにせ、家の屋根より高く雪が積もって、家が雪で埋まらないように、親子4人で必死に雪かきをする毎日が続いたのですから。

 家は茅葺きの平屋ですが、屋根裏は2階建てと同じです。その屋根まで雪で埋まるのですから、積もり積もった雪の高さは、6mにも及んでいるでしょう。

 家の出入りは、屋根裏から棟木の軒裏にある換気口から出入りします。その周囲が埋まらないように皆で雪を除けるのです。

 もちろん、外に積もった雪は、普通に歩くなんてできません。身体の重みで埋まって身動きできなくなりますから、特大のカンジキを履きます。


「おっ父う、夏になったら家さ直さねぇか。ほら、砦とかにある櫓みてぇによ、屋根裏から高く出入りができる塔を付けるんさ。」


「うむ、そだな。こんな大雪の冬なば、てめいの家さ、分からんくなるべしな。」


「ねぇ、それよかさぁ。歩き巫女のお姉ちゃんが言ってくれたじゃん。伊勢に来いって。私、雪のないとこに行きたいっ。」


 私の家族は、猟師の父の喜作と18才の兄三太、13才の弟健太、そして私菜実16才の4人暮らしです。母は弟を産んだ時に亡くなりました。

 東国も去年ようやく、鎮守府大将軍様が戦を治めて新政が始まり、農家などは収穫も増えて、暮らしが豊かになっています。

 だけど、我が家は、相変わらず獲物を取る猟師なので、ちっとも変わりません。

 このままでは、兄に嫁など望めないと思います。それに弟の健太は体つきが、猟師には向いていません。



 雪深い東国もやっと、春になりました。

 そんなある日、おっ父うが話があると皆を囲炉裏に呼びました。


「なあ、おっ父うもこの先、老いて猟師もいつまでできるか分からんじゃ。

 三太や健太に、養うて貰う訳にも行かんちゃ。だで、菜実が言うたように伊勢へ行くべぇかと思うとる。

 お前らはどうじゃ。反対か。」


「おら、行きたいっ。おらは猟師には向いとらんで他に仕事を見つけにゃならんけん。」


「三太は、どうじゃ。この土地に未練はあるかや。」


「おっ父う、俺は苦労は厭わねぇ。だども、菜実と健太のためには、今の暮らしではだめだと思うてた。伊勢へ行くべぇ。」


「菜実は、もちろん異存はねぇな。」


 私はただ、こくこくうなづいた。こうして我が家は伊勢へと旅立つことになった。

 ずっと、何かと世話になっている伊勢屋の番頭さんに話したら、伊勢屋さんの船に乗せて貰えることになった。

 先に伊勢巫女の伊代姉ちゃんに文を届け、伊勢に行くから、よろしくお願いしますと書いた。

 持ち物はわずかな着物と、鉄の鍋、おっ父の狩りの弓や罠くらいだ。伊勢屋の番頭さんが餞別だと路銀をくれました。

 一家皆で、ちょっと涙ぐみました。


 

 私たち兄弟は、初めての旅だ。船にも初めて乗った。大きな船で揺れも少ないのだと聞いたが、やはり皆で船に酔った。

 それでも、途中幾つもの湊町に着き、上陸して知らない土地を見て回ることが楽しかった。

 弟の健太は、いろんな仕事をして働いている人達を興味深そうに見ていた。 

 東国を出て1月、伊勢の伊勢湊に着いた。

 湊に着くと、驚いたことに伊勢巫女の伊代お姉ちゃんと、育ての親だと言うお袋様が、迎えてくれたのだ。

 伊勢が近づくにつれ、いったいこれからどうしたらいいのかと、悩んでいた私たちはお袋様の言葉に驚愕してしまった。


「あなた達のことは伊代ちゃんから聞いていますよ。皆で助け合ってすごく頑張っている家族だとね。

 喜作さんは猟師さんだから、獣のことに詳しいと思うの。伊賀に工房村という所があってね、いろんな物を作っているのだけれど、

喜作さんにはそこで働いて貰うのがいいと思うの。

 だから、これから伊賀に来て頂戴ね。」


 一もニもなく、お世話になることを了承して、その日はお伊勢様にお参りをして、伊勢湊の宿に泊まったの。

 びっくりしたわっ、畳に床の間のある部屋。まるでお城のよう。私、お城に入ったことがないけど、そう思ったわ。

 大きな広い湯風呂に入り、浴衣に着替えて夕餉をいただいたのだけれど、そのお料理は

お大名のお料理に違いないと思ったわ。

 皆で、しばらく見惚れて唖然としていたの。

 真っ白な白米に、生のお魚だと言う刺し身に焼いた大きな海老と鯛という魚。鯛はお祝いの時に食べる高級魚ですって。

 今日は、私たち一家が伊勢に来たお祝いだからと言っていただいたの。

 他にも野菜の煮しめや天婦羅というお料理など、とても食べきれない程のお料理が並んでいるの。


 その中に知っている味があったわ。伊勢芋のすり潰したものと、伊勢長芋の天婦羅。

 伊勢巫女のお姉ちゃんにいただいてから、ずっと私達を飢餓から守ってくれた味。

 私、どうしてか、目が熱くなって涙が溢れてきちゃった。そしたらね、隣にいたお袋様が私をぎゅって抱きしめてくれたの。まるでおっ母のように。

 私は覚えているの。1歳を過ぎた頃、お腹がふくれたおっ母が抱いてくれたぬくもりと優しさを。お袋様はそれを思い出さたわ。



 伊勢湊から、小型船に乗り海から川を遡り伊賀へとやって来ました。山間いの狭い土地だけど、平地にはきれいに田が並び、街道は広くて平ら。それに店が建ち並ぶ街があり、なんでも売っているんです。

 店先を通りながら見ただけだけど、全部のお店に何があるか知るには、数カ月掛かると思ったわ。


 お袋様や伊代お姉ちゃんが住んでいる所はとんでもないお城だった。藤林砦と呼んでいたけれど、普通の砦じゃない。

 山の斜面一帯を堀と壁で囲った神社か仏閣のような場所。なかに入ると、建物もいっぱいあったが、広い畑や野原があり、人が大勢暮らしていた。


 伊代お姉ちゃんと同じ伊勢巫女の人達や孤児だと言う子供達も大勢いたし、商人さんやいろんな人が出入りしていた。

 そして、本館だと言う館に通されて、お会いしたのは、お袋様の娘様方。

 お袋様の息子様に嫁がれた、お優しそうな登与様、喜びいっぱいの笑顔を浮かべてくれた綺羅様、優しい眼差しの八重緑様。

 そして、厳しいお顔の割にはお優しそうなご当主様が、何も心配せんでいいと言って、迎えてくださいました。


 伊賀の暮らしに慣れるまで、この砦で暮らすといいと言われ、砦の中の長屋に部屋をいただきました。

 台所と広い居間のほかに3部屋もあります。兄と弟が1部屋で、父の部屋と私の部屋。部屋は畳で綿の暖かい布団があります。

 台所は蛇口をひねるだけで水が出ますし、ストーブという鉄の火鉢が部屋を暖めお湯を沸かせます。

 敷地には共同の男女別の湯風呂があり、屋外の岩に囲まれた湯舟も付いています。


 それより、砦の中では食堂という共同の食事所があり、朝昼夕餉が全て無料で食事ができるのです。日替りの定食が主ですが、単品で麺料理や辛い天竺飯、油料理の唐飯など豊富に選べます。

 弟の健太など、毎日毎食のように天竺飯ばかり食べています。よき飽きないものだと呆れています。

 で、私の職場はこの食堂に決まりました。

 嫁入り前の花嫁修業をさせるとか、お袋様がおっしゃって、始めは料理の修業だそうです。裁縫や編み物なども教えられるみたい。

 

 兄の三太は、伊賀の防衛隊に入りました。

 鉄砲や機械弓の訓練の他に、体術の訓練もあるそうで、野山で鍛えた兄には向いているようです。

 それから内緒の話ですけど、伊代お姉ちゃんの後輩の伊勢巫女の珠ちゃんという娘と、なんだか仲が良いのです。一度二人で手を繋いでいるのを見ました。きゃあ〜。私も素敵な男友達が欲しいですぅ〜。


 弟の健太は薬草園で働いています。薬草を育てるだけでなく、薬の調合や医師の手伝いもするそうです。お医師になるのかは知りませんけど。


「おっ父う、今日は火傷を負うた赤子が来てな、その手当てを手伝ったんだ。」


「健太、おっ父うは止めろ。田舎者とばれるぞ。父上とか、せめてお父にしろ。」


 最近父は、工房で石鹸や洗髪剤、化粧水の工房責任者になったそうです。配下の人が大勢になり、気取って喋るようになってます。

 

「兄様、父上にお話なさることはありませんの?」


「なんだよ、菜実。その言い方は上品過ぎて気持ち悪いぞっ。」


「小耳に挟んたの、珠さんを好きな人がいてお嫁に行くかも知れないって。」


「えっ、ほんとか。· · · 。」


「たぶんね、· · · 。」


「親父 · · · 。」


「おっ、親父と来たか。なんじゃ息子よ。」


「俺、嫁を貰っもいいか。· · · · 。

 好きな娘がいる。気だてもいい。何より、孤児で寂しがり屋だから、早く貰ってやりたい。」


「 · · · おう、お前の嫁だ。自分で選べ。」


「分かった、· · · 。」



 そんなやり取りがあって、次の日、珠さんを兄が家に連れて来ました。

 珠さんは、わずか3才の時に、戦で母を亡くし戦場を彷徨っているところを行商の伊賀の人に救われたそうです。

 私より1才年上。笑顔が素敵で控えめな人です。でも、戦場で幾度も子供を庇って戦ったとか聞いています。


「珠と言います。お父様、私は孤児でございます。父も母のことも覚えてはいません。

 私を育ててくれた母は、お袋様です。

 そして、お父様が初めての父でございます。親孝行と言うものができることをとても嬉しく楽しみでございます。

 どうかよろしくお願い致します。」


「珠さん、三太は優し子じゃ。きっとあんたを大事にするじゃろう。三太のことをよろしく頼む。」



 こうして、兄は珠ちゃんと夫婦になりました。同じ長屋に住み、いつも二人で父の傍に来ます。一緒に晩酌をして、笑い話をして私は少し妬ったいです。


「ところで、菜実。珠を好きな男がいるって誰に聞いたんだ? そいつはどうした?」


「あらっ、巫女の皆が言ってたわ。その人、珠さんと夫婦になったらしいわよ。」


「はあ〜?」





【 エイプリルフール 】


 4月1日は、エイプリルフールと言って、嘘を付いても良い日とか言われています。

 でもその謂れは、フランスで新年が1月1日から始まることに変った際に、旧暦の新年である4月1日に、面白おかしなニセの贈り物をしあったのが原型だと言われています。


 海外ではエイプリルフールの「嘘」は、ジョーク(joke=冗談)、トリック(trick=いたずら)、プランク(prank=悪ふざけ)という単語で表現されます。ライ(lie=嘘)という言葉はマイナスイメージが強すぎ、あまり使われないようです。


 だから、ジョークでみんなで楽しむ日、

それがエイプリルフールです。



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