第五話 伊賀流熊襲征伐『邪馬台国の名残り』

天正5(1577)年1月下旬 日向国高千穂 

藤林疾風



 新政を目に見える形で進めなければならないのは荘園を取り上げた寺社仏閣も同じだ。

 寺社に従事する人と維持する費えを決め、寄進を開始して『豊玉姫神社』の修理と復元を終えた宮大工達を手分けして、新政を開始した領地の寺社の修復に向かわせた。


 その中に、皇室と関わりの深い神社があるということで、帝の代わり参詣を頼まれた。

 それで綺羅や八重緑、伊勢巫女と薩摩おご女の抽選勝抜き組を連れて、日向の高千穂峡にやっ来たのだ。

 日向の地には、皇室初代の神武天皇が東征で大和に移る前の居住地と伝わっており、色々と伝説の残る地が多い。


 やって来たのは十社宮(高千穂神社)だ。高千穂皇神と十社大明神を祀っている。

 高千穂皇神は日本神話の日向三代と称される皇祖神とその配偶神で、十社大明神は神武天皇の皇兄、三毛入野命みけぬのみこととその妻子神9柱を祀っている。


 近くには、古事記に天孫瓊々杵尊ににぎのみこと「筑紫の日向の高千穂の久士布流多気に天降りた。」とある天孫降臨の地とされる「くしふる峰」がある。

 くしふる峰をご祭神とする武甕槌命たけみかづちのみこと建御名方命たてみなかたのみことが行った力比べが、相撲の起源ルーツだそうだ。


「兄様、ここが皇室のご先祖の地なの?」


「史書にはそう伝わっているよ、八重緑。

古事記という書物に『天孫瓊々杵尊が筑紫の日向の高千穂の久士布流多気に天降った。』とあるんだ。」


「くしふるたけって、どこかしら。」


「北東の方だから、あの山じゃないか。」


「ねぇ、皇室のご先祖様は高天ヶ原にいたのよね。兄様が話してくれた邪馬台国とは違うの?」


「神話の時代の話だから確かなことはわからないね。高天ヶ原が邪馬台国とどうゆう関係かはわからないが、邪馬台国という国があったことは中国の史書に記されているんだ。

 日本の記紀にはない隠された秘密だね。」


「ふ〜ん、何を隠したのかしら。」


「最古の史書である記紀が、編纂された時の実力者は、藤原不比等らの藤原家で一説には女帝を正当化するためだったとか云われているよ。

 そのために、天照大神も男神から女神と偽られたとかね。」


「ふ〜ん、そうやって皇室も地位を守らなくてはならなかったのね。でも、本当のことがわからなくなるのは虚しいわね。」



 八重緑に聞かれた日本史の謎とされる邪馬台国と、大和朝廷の関係の話に少し触れたい。

 神武東征が始まったのは、日本書紀によると紀元前7世紀(紀元前667年)と記載ある。

 神武天皇が即位したのは、紀元前660年2月で即位76年に崩御とあるが、これらは宛にならないようである。

 また、第14代仲哀天皇の后である神宮皇后は仲哀天皇9年(西暦367年と推定)に、仲哀天皇が亡くなったその年に熊襲征伐を成し、さらに三韓征伐を行ったともある。


 一方で邪馬台国は、中国の魏志倭人伝に3世紀(239年)に女王卑弥呼が使いを寄こし、魏の皇帝が親魏倭王の金印を授けた。

 また3世紀(266年)に卑弥呼の後を継いだ壹與が朝見したとの記述がある。


 さてと、日本書紀の記述を鵜呑みにすると、神武東征のあと、九州では邪馬台国が勃興し、魏に朝見して日本国王を名乗ったことになる。

 さらに、神功皇后はその邪馬台国と争うこともなく、熊襲征伐も成したというのだ。

 つまりは、大和朝廷と邪馬台国は争う関係になかった。邪馬台国は大和朝廷の前身又は関係国だったのではないかと推測ができる。

 邪馬台国が大和朝廷の前身で、神武東征が壹與が没してからのことであるとすれば、壹與が没したのを300年頃と推定すると、仲哀天皇が亡くなった367年までは、67年間しかなく、14代の天皇在位とすれば、平均在位はわずか5年弱となってしまう。欠史8代の説を取れば、6代の天皇在位でも平均在位は11年余。

 いずれにしても、日本書紀の古代天皇の在位の記述は、矛盾だらけなのだ。


 ただ、北九州にある宇佐神宮が皇室の先祖を祀った神宮であり、道鏡事件の際でそれは確認できる。

 宇佐神宮は10中8、9邪馬台国の勢力圏であり、その意味でも邪馬台国と大和朝廷が敵対関係ではなく繋がりがあったと推測される。

 日本書紀に邪馬台国や卑弥呼の記述がないのは、大和朝廷の直接に先祖ではないからだろう。推測だが、邪馬台国の属国のどこかであったのではないだろうか。 

 神武東征は、邪馬台国に属する国の大半でなされたのではないか。神武天皇の兄とされる方々は、各国の実力者で、神武天皇の前に東征の指揮官だったと見るのは穿った推測だろうか。


 ここ十社宮にやって来たのには、もう一つの理由があった。

 昨年初めて、九州における日向攻めを行った際に、伊東家の領地の古老達を集め、この地に古くから伝わる伝承などを聴取した時に、この十社宮に伝わる神事に『猪掛ししかけ祭』(12月3日)というものがあり、鬼神鬼八の慰霊のために始まったとされるが、16歳になる生娘を生贄として捧げているというのだ。


 俺は直ちに、帝の勅命を持って生贄を止めさせ、代りに高城山で巻狩を行って獲た16頭の猪を代わりに捧げ、以後「鬼餌の狩」と称する狩りで獲た猪を捧げるようにさせた。

 それを地元がどのように受け取ったのかを、十社宮の宮司に確かめるためだった。

 十社に及ぶ十社宮の宮司は宣命と呼ばれ、阿蘇氏に属した三田井氏がこれを補任していたが、阿蘇氏が朝廷に臣従するとの申し出後、直ちに使いを遣り、この悪習を止めさせたのだ。


 十社宮の本殿は、さして大きくもない社であったが、古く傷みも著しかったので、宮大工達が小さいが小綺麗な社殿と社務所を再建していた。


「これは、宵の宮様。遥々お出でくださり、ありがとう存じます。十社宮を纏めております宣命の36代宗重と申します。」


「ああ、藤景の疾風だ。それと妹の八重緑だ。

 宣命殿、さっそくだが例の『猪掛の神事』のこと、土地の者達は受け入れたであろうか。」


「はい、私自身も土地の者達も、人身御供などいかに神事とは申せ、苦慮していた次第にございます。ここ数代前からは人身御供とした娘達は、密かに他の土地に逃しておりました。

 しかし、皇室のご先祖に関わる神事故に廃する訳にもゆかず、続けていたのでございます。

 此度、帝の勅命をいただき、悪習とも言える神事を廃することができましたことには、一同、ほっとしている次第にございます。」


「そうか、安心致した。」


「それに、立派な社殿を建てていただきありがとうございます。今後も皇室のご先祖様を末永く御守り致す所存にございます。」


「うん、頼み置く。せっかくの機会なので宣命殿から十社宮の謂れを聞かせもらいたい。」


「ははっ、畏まりましてございます。十社宮は十社大明神とも呼ばれ、神武天皇の皇兄、三毛入野命みけぬのみこととその妻子神9柱を祀っております。

 十社大明神の中心である三毛入野命は、常世国に渡ったとありますが、当宮の伝承では高千穂に戻り当時一帯を荒らしていた鬼神の鬼八きはちを退治、当地に宮を構えたと伝えられております。

 また当神社の縁起書『十社旭大明神記』には、神武天皇の皇子「正市伊」が「きはちふし」という鬼を退治し、その後皇子とその子孫等が十社大明神として祀られたという異伝がありまする。

 更には「高知尾(明神)」は神武天皇の御子である神八井耳命の別名で、「阿蘇大明神」の兄神であるとの異伝もあり、いずれにしても神武天皇の譜系と伝わるものでございます。」


「十社宮は、皇室の直系ご先祖を祀っている訳ではないから、神宮ではないのね。」


「おや、姫様はお詳しいですな。神宮は皇室の直系ご先祖神や帝を祀る神社なのでございますよ。」


「九州にある宇佐神宮や伊勢神宮、畿内に神宮があるのはや分かるけど、どうして関東に鹿島神宮や香取神宮があるのかしら。皇室の直系ご先祖が居たはずがないのに。」


「ふむ、姫様、奈良の都以前の歴史は、消し去られておりましてな。各々の神社に伝承が伝わるばかりで、それもわずかばかり。

 ただ分かるのは、皇室のご先祖は一系統ではないということでございましょうな。

 しかし、それを語るのは不敬。ここだけの話にしてくだされよ。はははっ。」



 その日の夜は、俺達が来たのに併せて社殿の落成祝を開いてくれて、十社伝承の高千穂の夜神楽全33番のうち『手力雄たぢからお』『鈿女うずめ』『御神体ごしんたい』が上演され、それに応えて伊勢巫女達が伊勢神楽を舞い、地元の民達が溢れ返る賑わいの祭りとなった。

 この地にも新政の代官が入り、物資も続々と届いており、春に向けて農地の改良普請が始まっている。


 それから、高千穂は鎌倉時代に熊野山領とされたことがあり、熊野修験も加わるなど複雑な信仰を包含する地域で、そのため役行者の弟子と噂のある俺をお参りしたいと民達が押し掛けて来て、その間、ひたすら小便を我慢したのは苦い思い出となった。

 八重緑のやつは『兄様の立ち小便を見せてあげれば、その場所に祠が建ったのにっ。』と笑ってた。

『そんな恥ずかしい伝承を、残されてたまるかっ。』




















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