第二話 伊賀流熊襲征伐『宗教問答』

天正4(1576)年5月上旬 日向国宮崎郷 

藤林疾風



 俺が制圧した日向、信長公が制圧した薩摩大隅の主な湊には伊勢湊から続々と商船団が入港し、東国と同じく新政を開始している。

 こういうものは、目に見える変革をしなければだめなのだ。すぐに民心を捉える新政をしなければ。


 東国に送った伊勢の代官配下達は、3分の1を残して九州に回した。東国では冬季間に農地の改良を進めさせ、塩水選による稲の田植えの準備まで終えた上で彼らを回収した。

 また同じことを、一からやるだけだから、簡単だと高を括ってる代官配下達に、伊勢湊で台与と母上や野草園の担い手達から、まる2週間缶詰めで講習を受けさせたのだ。

 北と南では、気候風土はもちろん、土壌も作物も害虫や作物の病気も違う。

伊勢の知識も東国の知識も役立たないのだ。

 あらかじめ、南九州一帯の土壌の知識と、適した作物、その育て方を詰め込ませた。



 柴田殿達が毛利家と合流した周防では、新たな面倒事が起きていた。

 毛利家から、帝の新政に従い九州攻めも率先して戦うので、新政の代官任命においては毛利家の領地に応じた代官の任命を約束願いたいと申し入れがあったのだ。

 柴田殿はそのような約束は、不可能と説明したが判断できる立場にないことから、信長公と俺の下に知らせが来た。

 信長公も俺も、そのような代官の任命を行えば、毛利家の領地と同じになる、恐れがあるばかりか、弊害ばかりが起きることから、即決で毛利家を朝敵と認定し滅ぼすことにした。

 たとえ、この要求を取り下げても、毛利輝元は、新政の意味を理解しておらず、新政の弊害にしかならない存在と判断したのだ。


 ことの次第を朝廷に知らせるとともに、柴田殿達には、毛利家に朝敵として宣戦布告をすると同時に毛利攻めのために、一旦待機を命じた。

 慌てた毛利家から和議を申し入れる使者が来たが新政の趣旨を理解もせず、このように私利私欲に走る毛利家は『百害あって一理なし。』朝敵として滅ぼすことに決したと通告した。

 使者には毛利家を根絶やしにすると伝えて追い返した。


『戦国の世を引きずる者は、一人として生かしてはおかぬ。』というのが、『天正の間』で上皇陛下と俺達の誓いだ。

 毛利家がこれほど阿呆だとは。早いうちに露見したことが不幸中の幸いだ。


 そんな訳で、毛利勢と合流して北九州から攻め入る作戦は頓挫したが、信長公は摂津に戻り、織田家と浅井家、三好家の連合軍を率いて中国攻めを行う決断をした。

 併せて、徳川と上杉の連合軍で四国攻めを行う。

 俺は九州に残り、伊東家、島津家傘下の降伏した土豪達を、新政に当たらせるとともに、軍事調練を行い、新政軍を編成することにした。


 その数2万余。半数を火縄銃の鉄砲隊とし、東国各地から集めて来た馬で、3,000名の騎兵達の後ろに鉄砲兵を乗せさせ、機動軍団とした。

 率いて来た伊賀伊勢の2,000名の兵達は、半数を200門の砲兵隊に改変、あとは鉄砲隊兼兵糧部隊とした。




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 その夏、九州各地に一つの噂が風のように広まった。


『都の天子様が戦を終わらせて、民のための新政をなさるとお決めなさったそうな。

 それなのに、九州の大名家は誰も従わんだと。

 大友の殿様は、伴天連の神様に帰依なさっているというが、伴天連の神様は人殺しなどの悪行をする者を極楽になど入れぬだと。

 大友の殿様は、南蛮の武器や品がほしいだで、見せかけだけの入信をしとるだと。

 南蛮の商人達は、借金で売られた者達を、異国に連れ去り犬畜生のように働かせてるだと。

 この国に今来ている伴天連は、偽の伴天連で嘘の神様の教えを広めて、おら達の国を攻め取ろうと、しとるだと。

 南蛮の国でも、真の伴天連と偽の伴天連が争っているんじゃと。

 ここ1〜2年の内には、天子様が九州全土を討伐なさるで、民は戦に関わっちゃなんねぇと。

 薩摩や日向じゃ、島津と伊東の殿様が討伐されて新政の新しい作物や品が領民に行き渡り、すっごく暮らしが良くなっているだと。

 新政は、4公6民じゃそうだ。天子様がおら達を救おうとなさっているだ。皆、天子様の軍に武器を向けちゃなんねぇぞ。』



 そんな噂が流れた夏の終わりに、俺の下へ伴天連の者達が訪れた。

 ルイス·フロイス、オルガンティーノ、

日本人の修道士ロレンソ了斎らだった。

 彼らの訪問の理由は、伴天連への誤解を解きたいということのようだ。

 俺は、南九州の仏教各宗派の代表を参列させて、謁見に応じることにした。

場所は、日向の佐土原にある愛宕神社。

古来から武家に尊ばれている神社だ。


「謁見をしていただき、お礼申します。イエズス会のルイス·フロイスと申します。」


「同じく、オルガンティーノとロレンソ了斎にございます。」


 フロイスは、なかなか流暢な日本語だ。ロレンソ了斎は日本人だ。

 さて、どんな話をするのかな。俺からは話すことなどないぞ。


「巷で嘘の噂が流れております。我らイエズス会が広めているイエス様の教えは、嘘偽りではございませぬ。」


「 · · · 、それで。」


「ついては、イエズス会への誤解を解いていただき朝廷から布教のお許しを得たいと思って、お願いに参りました。」


「何の得があるのだ。この国の民にとって、何の得があるのか。」


「イエス様の教えは、人々の心を癒やして、正しい生き方へ導くものです。教えに従い生きるならば、安らかな生涯を送れるでしょう。」


「間に合っているな。間に合っているのだ。

 この国には、既に数多の神仏の教えがあってな、今さらそなた達の神の教えなど不要。

 それにそなたらの悪行は許し難し、改めねば近く討伐致す。」


「悪行とは、何のことでございましょうか。我らに覚えはございませぬが。」


「既に、噂で知っておるはずだが。」


「噂は真実ではございませぬ。」


「ほうロレンソ。その方、目は見えておるのか。どこが真実でないと申すのだ。

 あの噂は俺が調べたのだぞ。そして知った事実を民に知らせたまでよ。俺を嘘つきと申すか。

 ロレンソ、十字軍を知っておるか。イスパニアが新大陸でやっておることを知っておるか。

 イスパニアとフロイスの祖国ポルトガルが密約を結び、世界を東西に分けて二国で征服するとしたのはどういう了見だ。

 俺は敬虔な信徒ではないから、人々がどの宗教を信じようと罪には問わぬ。しかし、神の教えの傘に隠れて、神の教えに背く者を許さぬ。

 フロイス。その方の祖国ポルトガルでは、奴隷の売買を禁じてるのではないか。

 であれば、この国に来ているポルトガルの商人達は犯罪者ではないか。

 自国の者にさえ神の教えを諭せぬ者が、他国の人々に教えを広めるなど、誑かす以外の何ものでもあるまい。

 分かったか、分かったら早々に、この国から立ち去れっ。

 九州の大名達を征伐した後、その方らを見かけた時は奴隷売買に加担する犯罪人として処刑致す。」


「お待ちくださいっ。」


「待ったら奴隷として連れ去った者達を返すのか。どうなのだっ。」




 謁見の場から下ったフロイスが呟く。


「恐ろしい。あのお方は全てを知っている。どこで知ったのだろうか。」


「プロテスタントのことに触れてましたな。

 もしかするとイギリスやオランダに関わりがあるのかも知れませぬ。」


「この国に我らを見透かす、あのようなご仁がいたとは。本国に知らせましょう。この国での布教は、不味いことばかりですな。」



 そしてフロイス達が立ち去った後、居並ぶ各宗派の僧達に告げた。


「この機会であるから、皆に告げておく。

 新政では、以前知らせたとおり、明年から寺社の境内以外の荘園公領を認めぬ。僧侶や寺の者は皆、朝廷に仕える者として棒禄を遣わす。

 寺社に属していた農民は他の領民と同じに致す。寺社の貸付の利息は、年二分を上限と致す。寺社が仕切っていた座は、代官が差配致す。不使不入は廃す。

 詳細は、追って布告致す。不満のある者は立去るが良い。帝が治めぬ遠島などへな。」


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