閑話 最上義光が見た天正鎮守府大将軍。1

天正3(1575)年6月2日 出羽国山形城 

最上義光



 我が最上家の家系は、清和源氏の足利氏の支流である三管領の斯波家の分家にあたり、足利幕府では羽州探題にもなりうる家柄である。

 二代前の最上義定が伊達家との戦に敗戦、嗣子が無いまま死去し、伊達家の後ろ盾で、最上家庶流の中野家から我が父義守がわずか2才で養子となり、最上家を継いだ。

 以来、父は伊達家の傀儡とされ、最上家は伊達家の半従属となっている。

 俺はこれ以上伊達家に使い潰されるのはごめんだという家臣に押され父と対立したが、伊達家の後ろ盾で当主となった父義守は、伊達家に逆らえぬと、二年前に父は隠居し、俺が27才で家督を継いだ。


 家督を継いだ俺は以前から目指していた集団戦術や鉄砲の整備を図ることにし、海路で上方から大量の鉄砲火薬を入手し、堺の鉄砲鍛冶師を招いた。

 しかし、資金確保のために、周辺の国人や豪族の領地経営を強制すると、新当主の強硬な姿勢に反感を買ってしまっている。

 困ったものだ。最上家を強くしなければ、いずれ伊達家や安東家、或いは南部家に滅ぼされるのに、それが見えておらぬのだ。



 そんな憂鬱な日々を過ごしているある日、突然に朝廷からの勅書が届いた。

 年号が天正に代わったこと、足利の征夷大将軍が罷免されたことは知らされておるが、此度は何事であろうか。

 尾張の織田家が《北面の武士》に任じられたそうだが、征夷大将軍となったわけではない。

 まあ、いずれにしても東国に影響はあるまいが、勅書とやらを拝見するとするか。

 その勅書は、正親町上皇からのものであった。

 勅書には鎌倉以来の『鎮守府大将軍』を遣わしたとあり、当月二十日に出羽の角館雲厳寺に参集せよとあった。


 使いの者は、元服して数年と見える若い武者二人であった。しかし、身分があるのであろう、堂々とした所作からも聡明な者に見える。


「役目大儀。此度の参集は如何なる趣旨のものか。鎮守府大将軍様は、今どちらにおられるのか。」


「はい、参集の趣旨は勅書のとおり、東国の戦乱を終わらせるためにございます。


 また、鎮守府大将軍閣下は参集地に向かっている道中にございます。

 詳細な説明は、齟齬があってはならぬので不要と申し遣っておりまれば、某からは護衛と参集すべきお方についてのみお伝え申し上げまする。」


 遣いの者から申し渡されたのは、参集すべき者は当主自らと重臣2名、従える護衛は道中警護の必要最低限にせよとのことだった。

 念を押されたのは、もし不参ならば、朝敵として討伐されるとのこと。不参の言い訳も事後の降伏も許されぬということであった。

 最上家の領地から参集地の角館雲厳寺には、小野寺領を通れば5日もあれば着く。 

 しかし、敵対している我らを襲う絶好の機会でもある。勅命であり小野寺家も下手な行動は起こさぬと思うが、予め書状を遣わし、護衛の人数などを調整せねばならぬだろう。




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天正3(1575)年6月20日 出羽国雲厳寺 最上義光



 開け放たれた《雲厳寺》の本堂に、東国の諸大名重臣達40名余が居並ぶ。

 境内随所には鎮守府大将軍の警護の者がおり、境内の外からは我らが引き連れた兵達が中の様子を伺っている。

 俺の後ろには、重臣の氏家守棟(最上家の家老)と天童頼貞(最上八楯と称す国人連合の盟主。)が並んで座っている。



『日頃の忠勤を嬉しく思う。朕、想うところ在りて天正と号す。

此度東国の静謐のため、鎮守府大将 宵宮守よいみやのかみ藤景ふじひろの疾風を遣わす。

 嘗て、東国にありて反乱を起こした《平将門》に倣う者は朕の臣下にあらず。それに従う民は日の本の民にあらず。』



 俺と然程年が変らぬと思われる鎮守府大将軍殿が我らに遣わした帝の勅書を、今一度読み上げた後、徐おもむろに話出された。


「皆の者、参集大儀である。此度、勅命を賜り東国の戦を終わらせに参った。或いは、朝敵として討伐するためであるがな。 

 諸侯に問う、その方らは何故なにゆえに戦をするのか。

 最上義光、遠慮はいらん誠のことを申してみよ。」



 驚いたことに下命するのではなく、我らと問答を始められた。

 俺は驚きを隠さないまま、お答えする。


「 · · · 、恐れながら申し上げます。

 東国の地は、肥沃とは縁遠い土地でございます。収穫の少ない中で、度重なる飢饉に見舞われて、各地では生きるための食糧の奪い合いが起きまする。

 それが領内に留まらず、他領からの事となれば、領民を護る兵を出すのは、吝かではございません。

 国境では水利の利権も民の暮しに直結しており、日照りともなれば、下流と上流の領民で争いが起きまする。」



「南部晴政、その方はどうなのだ。」


「はっ、応仁の乱の頃より主家を下して土地を奪う下剋上が蔓延り、血で血を争う宿年の恨みとなり、最早どちらか滅ぶまで治まりは着かぬかと。」



「戸沢盛重、その方はどうなのか。」


「はっ、我ら小豪族は臣従を強要され、従わず攻め寄せられる故に、領地を護り戦っているのでございます。」


「なぜ、臣従を嫌うのだ。」


「臣従すれば、主家に多くの年貢を課され、今まで以上に苦しい暮らしとなるからにございます。」



「伊達輝宗はどうなのか。」


「応仁の乱よりこの方、将軍家のご威光届かず、最早この上は自力で覇を唱え統べるしかなく、武威を振るっておりまする。」


「武威を振るうは、他の者に従うを良しとせぬためであるか。(それが帝であってもなのか。)」



「他に申すべきことのある者はあるか、あれば申し述べよ。」


「 · · · · · 。」



「なければ、その方らに問う。家督争いで民が豊かになるのか。親兄弟親族で争い、手にした家督で、家中を率いてその方らは民を豊かにしたのか。

 東国の民達は、未だ白米を口にしたことがなく、自分達が収穫した赤米ですら年貢に取られて稗や粟蕎麦などの雑穀しか口にしておらんではないか。

 果たして、その方らには領主としての才があると言えるのであろうか。

 応仁の乱が終わって既に100年近い時が経つ。

 その頃、先祖がまだ家臣にすぎない者もあろうが、その方らは既に代を重ねておろう。

 その間に何をしておったのか、ただ血縁に胡座をかき先代の行いをなぞるだけで、少しも民の暮しを豊かにしてはおらぬではないか。」



 あぁ、ご先祖様から叱責を受けているかのような錯覚を覚えた。俺が進める集団戦術や火器の価値を理解しない家中の阿呆どもに聞かせたい。

 そんな想い中、野望を隠さぬ伊達輝宗殿が反論の口火を切った。


「恐れながら。他家でもやられておりましょうが、伊達家では新田の開墾などを重ねておりまする。」


「伊達輝宗よ、他家もやっているようなことしかできぬとは、自慢でなく恥ではないのか。

 上杉家では、衣類原料青苧あおそ(高級織物の糸となる)で。織田家では関を廃し、楽市楽座を敷いて莫大な利益を上げておるぞ。何故、真似をせぬのだ。知らぬでは済まぬぞ。」



 南部晴政も口を開く。

「恐れながら、東国には青苧もなく、売り買いする品も金も領民にはなく、 · · 」


「 · · 、真似をするのは物ではないぞ。そのやり方であるぞ。

 その方らの領国に合った作物はないのか。海のある領地ならば湊を作り交易しようとは考えぬのか。

 毎年、川が氾濫するのを捨て置くのか。いつまで領民に稗や粟を喰わせるつもりだ。

 その方らがいくら領地を拡げようと、領民は一向に豊かにならぬではないか。

 帝は無能な大名にいつまでも領地を任せることを良しとせず廃される。

 そして全ての土地を召上げて、全て国の土地とし才ある者を用いて土地を豊かにし全ての民を豊かにすることを決意された。

 帝のご意向、何者も阻むことならぬ。」



 しかしにべも無く説き伏せられる。我らとは見ているものが違うのだ。朝廷は、鎮守府大将軍殿は、遥か高みにある世を見ておられる。

 我らの遅々として変えられぬ政に愛想を尽かしておいでなのだ。

 


 さらに驚愕すべきことを知らされた。


「その儀よりも皆に教えねばならぬことがある。

 数年後には、この国へ南蛮が攻め寄せて参る。

 故に『いざ鎌倉。』である。」


「それは、如何ほどの軍勢でございましょうや。」


「南蛮は遠い西の果ての異国の国々よ。船で何ヶ月も掛かって来る。初めは1〜2万程であろうか。」


「そのぐらいであれば、、、。」


「なんとかなると思うておるか。言うておくが今のその方らが束になっても全滅するしかないぞ。

 戦のやり方が、武器が違うのだ。あ奴らの戦いは鉄砲を使う。火縄銃の何倍も遠くから連発で撃ち掛けて来る。

 近づくまでには全滅しておるわ。あ奴らの鉄砲は雨風の中でも関係なく使えるものだ。

 1万の南蛮軍が1刻もあれば、10万のそなたらの軍勢が皆屍に変ろう。城に籠城しても無駄である。大筒で城ごと破壊されるのだ。


 既に天竺は南蛮に占領され、唐の一部も南蛮の湊となっている。そしてこの国でも九州の一部大名が南蛮との交易で、鉄砲や硝石を手に入れるために、民を奴隷として売り渡している。

 奴隷とされた者は、異国に連れ去られ鎖に繋がれわずかな食事で死ぬまで働かされる。

 女は、死ぬまであ奴らの慰みものにされる。


 南蛮と結ぼうと思う者はおらぬか。

 無駄ぞ。我らが南蛮人を獣と見る以上に、あ奴らは我らを猿と同じ下等な者と見ている。

 その方ら猿と仲間に成れるか。到底成れまいよ。

騙されて利用されて、殺されるのが落ちだ。


 さて皆に今一度問おう。これでも戦を続けるか。奴隷となった子孫に呪われ怨まれようとも。」



 しばし静まり返った本堂に、境内の池で鯉が跳ねた水音が響く。そんな中で口を開いたのは伊達輝宗だった。


「鎮守府大将軍殿の申されること、誠なれば、由々しきことかと存じまする。

 しかしながら、我らのご先祖が心血を注いで育んで来た領国を、帝の命だからと召し上げられるのは承服しかねまする。

 たとえ南蛮に征服されたとしても、民を皆殺しにしては統治が立ち行かぬでしょう。

 伊達家は、伊達家のやり方で領国を守ってみせまする。」


「 · · · 、さようか、伊達家は守れると申すか。

伊達輝宗、その決意見事。されど今のその方らでは太刀打ちできぬ南蛮の戦を見せて遣わそう。

 ただちに領国に帰るが良い。その方が居城に帰り着き次第、討伐を致す。

 輝宗。それで、、、本当に良いのだな。」


「異存ありませぬ。戦で滅ぶは武家の習い、鎮守府大将軍殿の戦ぶり、拝見仕る。ではこれにてごめん仕る。」



 伊達輝宗殿は、朝廷の力を見間違いされたな。

 鎮守府大将軍殿がこの地に参られ、ここまで話をされたと言うことは、既に反旗を翻す東国の諸大名を討伐する準備ができているということだ。

 それより俺は、鎮守府大将軍殿に魅せられている。

 なんという深謀遠慮だろうか、反旗を翻す者にも考える暇を与え、そして我らが今すべきことを選択させている。

 この御仁の度量の広さは如何ほどなのであろうか。そう考えているうちに、思わず声を上げていた。



「他の者はどうか。帝の命より己の領国に拘る者はおるか。」


「最上家は、帝の勅に従いまする。」すると、次々に声が上がる。


「「「安東家も。南部家同じく。大崎家、葛西家、小野寺家、大宝寺家、戸沢家も従いまする。」」」


「 · · · 、しかし大将軍閣下。某どもはこれから如何すればよろしいので。また、この場におりませぬ大浦家や退出した伊達家はどうなさいますのか。」


「大浦為信には既に帝の討伐軍が向かっている。

 領国を接する安東家と南部家は領国に戻り次第、津軽へ兵500を差し向けよ。大浦領の占領後、帝の討伐軍から統治を引き継ぎ共同で差配せよ。

 追って沙汰あるまでは、その方らを現状の各々の領地の代官と致す。くれぐれも、争いや戦を許さず統治せよ。

 それから皆には、領国に帰る前に米沢に立ち寄ってもらう。南蛮の戦の片鱗を見てもらおう。」


「我らは、大浦家と伊達家討伐に兵を出さなくても良ろしいのですか。」


「無用。その方らには『井の中の蛙』である意味を知ってもらおう。明日米沢へ向かう。同行せよ。

 委細は才蔵から申し渡す、すみやかに準備せよ。



 それと、これからのことを話しておく。

 先程も申したが、全国の征討がなされるまでは、皆に今の領地を代官として治めるさせる。

 だが今日よりは領国領境に関係なく開発を行う。俺の命に従いすみやかに事を成すのだ。

 具体的には田起こしから田植え収穫までの全てが変わると思っておれ。畑に植える作物も変える。合間に賦役を行い河川や道を整える。

 それに関東との境を除き、東国各所の全ての関と関銭を廃する。

 また、寺社の守護不入も公領、荘園も寺社の座も認めぬ。嫌なら東国から出て行かせるまでだ。」


 今の時点で心底納得している者はいないだろう。様子見で畏まっているが伊達家や大浦家への討伐如何では、反旗を翻す腹積もりなのが大半だろう。

 長年血を流し争って来た者達が、いきなり仲良くできる訳がないのだ。おそらく野望を捨て切れない者もいるだろう。

 しかし、行動に出した途端に思い知らせる。  

 いつまでも民の苦しみを気付かぬ愚か者達に対し俺は容赦しないのだ。





【 戦国時代の言葉1 】

 戦国時代に日本を訪れた宣教師ルイスフロイスが、庶民の識字率の高さに驚いていますが、方言など言葉はどうだったかと言うと、地方による違いの他に身分や男女の言葉の違いがあり、西国と東国では筆談でなければ通じないレベルであったようです。

 方言は、江戸時代に幕府の間者を防ぐためにさらに発達を遂げているもので、戦国時代は公家、武家、庶民の身分の違いによる言葉と、男言葉と女言葉の差異が著しかったようです。

 例えば味のよいことを男言葉は「うまい」と言い、女言葉では「いしい」と言う。

 これに接頭語「お」が付いて「おいしい」になったのです。

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