第六話 伊賀流蝦夷征討『関東制圧』
天正3(1575)年10月上旬 陸奥国米沢
藤林疾風
さわやかな秋空の下、農民達が秋の豊穣に湧いている。
今年は農地の改良までできず、一部地域で餅米を栽培できた他は、麦や根菜作物の普及で補った。
だが天候にも恵まれ、収穫量は期待以上になった。
それに、初夏から始まった各種報酬賦役や内外職が功を奏し、津軽や出羽の越冬の準備も急加速で進み、民はこれまでにない豊さに喜びを溢れさせている。
まだだ、未だほんの端緒にしか過ぎない。東国の改革はこれからだ。
「疾風様、民達が疾風様をなんてお呼びしているかご存知かしら。」
「えっ、台与。鎮守府大将軍の他に、何か呼び名があったのか。」
「母上様が『
小角様から伝授された『法力』で、民の暮らしを豊かになさっているんですって。」
「そりゃ初耳だな。そうすると才蔵と佐助は役行者が従えた前鬼と後鬼か。ふふっ。」
「御曹司、
これでも、情深い大将軍配下の右少将と、言われてござる。」
「なんだ才蔵、
「そうです、騙されてはいけません。姉貴は才蔵殿の前では、猫を被っているだけなのです。」
「佐助、お前は紙縒に恨みでもあるのか。」
「姉貴は、それこそ女鬼なのです。幼い某を鍛錬と称して虐待したのですから。」
「あらっ、そんなこと。紙縒さんに言ってもいいのかしら。」
「台与様それはっ、謹んで内密に願いますっ。」
「「「ははははっ。」」」
母上達が来てから、母上は二週間ほど滞在して、薬草探しと称して温泉に行ったり紅葉狩りをしたりと、東国の風情を満喫して帰って行かれた。
台与と侍女達は居座ったが、そのせいか館の中が華やいだようだ。花瓶に花が飾られたり、侍女達の笑い声が聞こえたり、出入りの武将や商人もどこか明るい笑顔だ。
もちろん俺も台与も笑顔。初めての夫婦水入らずだし、台与は周囲に若女房やご新造さんと呼ばれてご機嫌だ。
加えて俺の負担が減った。館の管理、食材や生活雑貨の手配や支払い、館の雇用人達への気配りも、台与と侍女達が引受けてくれたからだ。
ご褒美に台与には真白なうさぎの毛皮の外套コートを、侍女の志乃と由貴、加えて女中達には黄土色の狐の外套コートを贈った。
ものすごく喜ばれた。おまけに城下の民達からは《もののけ 姫様》の衣装と呼ばれ、俺の法力が込められているらしいと噂されている。
法力は込めてないが、湯たんぽ替りに焼き石を、布袋に詰めたものを左右と後ろの小袋ポケットに入れるようにしてある。女性は冷えると体に良くないからね。
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天正3(1575)年10月中旬 陸奥国米沢
藤林疾風
米沢城下に東国の連合軍2万の軍勢が集結した。長槍の足軽1万2千、騎馬の武将2千、弓兵2千、火縄銃部隊3千、迫撃砲30門300、兵糧部隊700だ。
夏から各種陣形や集団戦法の訓練を重ねて来た。
率いる諸将は、安東愛季、南部晴政、最上義光、小野寺景道、大宝寺義氏とほぼ揃い踏みである。
彼らは、この戦に出ることで朝廷に対する忠誠を示したいのだ。戸沢盛重や大崎義隆、葛西晴信達も参戦したいと言ったが新政を根付かせる重要な時であるからと退けた。長年の禍根で本陣が睨み合いになっても困る。
関東では、今川家が武田家に滅ぼされ、武田家は、織田徳川連合軍と浅井家により滅んだ。
7月に関東ヘ出兵した上杉軍は、北条家に加担する関東の諸城を攻め落としながら進軍し、9月下旬には小田原城に籠城する北条家を包囲していた。
ここまで進軍が遅延しているのは、朝敵となった領主を個々に滅ぼし、占領した領地に代官を配して民に新政を周知させるのに手間取っているからだ。
織田徳川の連合軍は、同じく遠江、駿河、伊豆で新政を広めながら、進軍している。
しかし、北条もこれまでだ。3日前には小田原沖に群がる北条水軍を伊賀水軍が一掃した。
500隻にも及ぶ敵の関船小早を海の藻屑とした。
そして、小田原沖に戦艦5隻が居並び一斉砲撃の開始を待っている。
一方、伊達家が籠城して城ごと灰燼に帰したのを見た蘆名盛氏は、乾坤一擲の野戦を仕掛けて来た。
磐梯山裾野の摺上原すりあげはらに1万8千の軍勢で布陣し、東国連合軍を待ち構えていた。
蘆名軍の陣形は、四段構えの魚鱗だった。これに対し、東国連合軍は隠れ鶴翼の陣を敷く。
正面に長槍足軽隊5千を2列、その後ろに3列の鉄砲隊2千4百。
左翼に塹壕に伏せた2千の長槍足軽隊、右翼遠方には騎馬隊2千を伏せ、後方1kmに逆茂木さかもぎの柵を置いた防御陣地に砲兵隊を配備した。
戦闘開始の陣太鼓が鳴り、蘆名軍の第一陣が初めゆっくりと次第に速足となり、東国連合軍に迫る。
蘆名軍第一陣の前列は、竹束を横に並べて抱え、鉄砲の盾にしている。鉄砲対策としては上出来だがその隊列が、味方の長槍足軽隊の槍衾に到達すると長槍で頭から叩かれ竹束を放り出し逃げてしまう。
そうして、敵味方の足軽が槍衾で組合うが、突然の法螺貝の合図とともに、一斉に伏せるとその後方にいた鉄砲隊の第一列800丁が火を吹く。
続けざまに第二列、第三列と連射。次の法螺貝の合図で、味方の長槍足軽隊は左右に別れると100m後方で第二陣の長槍足軽隊が隊列を構える場所まで一目散に後退する。
そして、その間も三連射した鉄砲隊は、撃ち終わった順に後退した。
蘆名軍は、生き残りの敵先方に第二陣が加わり、体制を組み直し前列に竹束を抱えて、再び進軍を開始すると、味方の第二陣5千の長槍足軽隊が槍衾で迎撃する。
そして再び竹束が捨てられ鉄砲隊の餌食となる。
蘆名軍はなんとか、こちらの本陣に届かせようと二陣、三陣を繰り出して来るが、同じ結果だ。
繰り返すこと三度、蘆名軍が最後の四陣まで繰り出したのを見て、後方陣地の味方迫撃砲隊が四陣に向けて砲撃を開始する。
前方は長槍足軽隊が支えている。砲撃が止むのを合図に、右翼から2千の騎馬隊が敵第三陣の背後に襲い掛かる。続いて左翼の長槍足軽隊2千が塹壕から飛び出し、第四陣の残兵に討ち掛かる。
蘆名軍は左右からの挟撃を受けて崩壊、再び砲兵隊が敵本陣へ砲撃始め、蘆名盛氏は退却する間もなく本陣で土塊と化した。
終わって見れば、東国連合軍に怪我人はあれど、死者はなく圧勝であった。
「さすがは鎮守府大将軍の戦ぶりでございますな。惚れ惚れ致しましたぞ。」
「誠にたまげましたな。味方の一兵も損ずる事なく、蘆名の軍勢を滅ぼすとは。」
「これで関東も北条を残すのみ。しかし今頃は既に北面の武士団に滅ぼされていますかな。」
「 · · · · 。」
「 · · · 、何をお考えで。」
「分かってはいたが、この戦いで数千もの民の命が失われ、怪我で不具となった者も多勢おろう。戦など何にもならん。」
「「「 · · · · · · 。」」」
「されど、儂も今なら分かり申すが蘆名盛氏と同じでござった。大将軍殿が東国でなされたことを見てようやく分かったのでござる。」
「某も、戦の何たるかを知り申した。我らは自分の身を損なっていただけだと。」
「 · · ですが大将軍殿。我が将兵は命を掛けて戦い抜きましたぞ。此度の彼らは太平の世のために戦ったのでござる。褒めてやってくだされ。」
「そうだな、よくやった。皆も良くやってくれた、礼を申す。」
戦いを終えて、降伏し武器を捨てた敵兵達には、味方の兵達が簡易な外科治療を行っている。
夏の訓練期間に、刀傷や鉄砲の傷の治療を教えていたのだ。重症者は後方の医師がいる兵糧部隊まで担架で運ばせている。
蘆名家の領地を占領し、小野寺家と大宝寺家から20名ずつの代官を出させて、新政の改革に手を付けた頃になって、上杉謙信公から使者が来た。
既に小田原城の落城は報告を受けていたが東国連合軍が蘆名家と戦っていた同じ時期に海上から伊賀水軍が砲撃し、およそ200発の砲撃で、小田原城は跡形もなく灰燼に帰し、生き残った者はごくわずかだったそうだ。
その後は、北条家の領地を占領し、新政の手配りを行っているとのこと。占領直後から伊勢の代官配下の者や食糧、農具などが続々商船で届き北条の民が驚愕しているらしい。
俺は会津若松の向羽黒山城に2ヶ月ほど留まり、新政を見守った後、年末に向けて伊賀へと帰還し、新年早々には都で御前会議に臨む。
次は西国、九州四国討伐が控えている。
だが鎮守府大将軍なんて、もう返上する。
気軽に民と言葉を交わせないのは、俺にとって虐待だ。
帝がなんと言おうと断固断る。
それに台与が戦地であろうが単身赴任はさせないと宣言している。いつの間にか、伊勢屋七兵衛から台与と侍女二人に、十二単じゅうにひとえを模した特注の鎧兜が届いているんだ。
まさかこの鎧兜で戦に出るつもりじゃないよね。
【 戦国時代の戦死者 】
応仁の乱から、徳川幕府が開かれるまでの戦国時代に、人口が1千万人から1千5百万人に増加している。
農業技術の向上や農工商民の自衛、疫病の大流行がなく、戦で狙われたのが恩賞の与えられる武士の武将首であり、農民兵である雑兵の被害が少なかったこと。
農民兵の損耗が耕作に影響するため、大名領主が農民の損耗を避けて殲滅戦になるまでしなかったことなどが理由とされている。
一般的に軍勢の3割の被害に及ぶと、大敗とされて野戦では農民兵は逃げ去り、籠城戦では大将らの命と引き替えに城兵の命を救うと伝わっている。
ただ、敵地に遠征した軍勢の雑兵の恩賞は乱取りであり、大きな寺社などに逃げられなかった女子供が暴行や人攫いの対象となり、歯向かう老人などの村人が多数亡くなっているのである。
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