閑話 旗本 安養寺経世が見た風景
あの日俺は初陣の浅井長政様の本陣にて、旗本を指揮して戦陣に臨んでいた。
宇曽川を挟んで六角勢と相対した。
川を渡ると、着物や
しかし、両軍の睨み合いが一刻にもなろうかという時、我が浅井側の先陣が川を渡り、敵陣へ攻め込んで行った。
おそらく、濡れる不利よりも、兵の体力の消耗を嫌ったのであろう。
攻め込んだ4半刻(30分)ばかりは、攻め込んだ勢いで押していたが、次第に疲れが出て来たのか押されて、我方の岸辺の奥まで押し込まれて来ている。
先方の戦い方は乱戦ではなく、二間ほどの長槍で、隊列を組み突くのではなく、上からの叩き合いをする。
重い長槍を長時間に渡って、振り回すのだから、半刻もすれば脱落する者が出てきて、崩れ始めるのだ。
そこで、第二陣を投入となるが、どの箇所へ、どのくらい兵を投入するかが、将の腕の見せどころなのである。
押された我が方は、堪らずに第二陣を投入して、立直しを図る。
疲れている敵の先方は、第二陣が入った我が方に押し返され、敵の第二陣も出て来て、再び一進一退の攻防となる。
そんな中、敵の新手が側面に現れて我方も対応するが、次第に劣勢となり再び、後退を余儀なくされる。
このままでは、数に勝る六角勢に押し切られて、敗走の憂き目に遭ってしまう。
反撃をしなければ。まだ本陣には後詰めの我らがいるのだから。
「殿、我らが騎馬で敵の本陣を突きまする。
もし、敵わぬときは、近習らと浅井領へお退きくだされ。馬引けっ、出陣するぞっ。」
そう声を上げ、旗本を騎乗させ隊列を組ませる。
「よし、行くぞっ。我に続けっ。」
俺の名は 浅井長政様が家臣
弟の彦六、甚八郎を引き連れて悔いのない戦いぶりを見せてやるぞ。
本陣を騎馬隊を率いて出て、戦場を迂回し宇曽川へ向かうと、わずかに霧が立ち始めていた。
その霧は宇曽川に近づくに連れ、次第に濃くなって向う岸が見えなくなってゆく。
そして見えたのだ。乱波と思しき二つの影が、風上の岸辺から、霧を出しているのを。
何者かは知らぬが、我らに加勢してくれている。この礼は六角の本陣を、見事突いて返そう。
川面の霧を突き切って対岸へ出ると、六角の大将、承禎のいる本陣が見えた。
なお勢いをつけて突入する。承禎の旗本が前方を塞ぐが、構わず突き破って本陣を突っ切る。
そして馬を返すと、再度の突入をする。
それを三度繰り返すと、承禎を囲む一団が退却して行くのが見えた。
そして、それを追うようにして、退き太鼓の音とともに、六角勢が退いてゆく。
戦場を見ると、退く六角勢を追う味方が見えた。
ああ、勝ったのだなぁ。そう言えばと、
宇曽川に目をやると、霧は消え、二つの影も消えていた。
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それから二刻後、我らは高野瀬殿の肥田城に入り、祝勝の盃を交わしていた。
俺の率いた者達は、皆から褒めそやされている。
「
「長政様。まずは初陣での勝利、おめでとうございまする。
この常世も、お役に立てて嬉しく思いまする。」
「なにを言う、そちの活躍のおかげで勝てたのではないか。」
「あの時、我らに加勢した者がおりました。
我らが宇曽川に向かう時に、川面に霧を張って、我らが六角の本陣に迫るのを、隠してくれた者がおったのです。
おそらくは乱波。二つの影が見えました。
いずこの者達かは知れませんが、あの霧のおかげで、六角勢が我らに気付くのが遅れ、
なんなく突撃できたのです。」
「確かに。常世達が宇曽川を渡るのは、霞んで見えなんだ。」
「常世殿。その者は六角の敵でありましょう。敵の敵は、味方でござるよ。」
「乱波と言いましたな。某は聞いたことがあります。伊賀の者に、霧を自在に操る忍びがおるとか。」
「はて、先年、伊賀は北畠家を返り討ちに、滅ぼして、他国からの防備に専念しておると聞き及んでおりますが。」
「伊賀が関わっているとは限るまい。その者達だけが、浅井に味方したのかも知れぬ。」
「いずれにしても、天の助けでござりまするなぁ。力を尽くした我らに、天が味方したのでござるよ。」
「はははっ、違いない。これで北近江に浅井ありと、諸国に示せたであろうな。」
【 浅井長政の武具 】
家紋は『三つ盛り亀甲花角』兜の前立は『銀の押雲前立』と伝わるが、のぼり旗については、滅んでしまったため、文献に記録がない。
のぼり旗は、戦場において敵味方を区別するものであり、多くは姓の一字を旗としたことから、『井』の一字であったのではないかとの説があるが『井』の文字は他家にも多く筆者は『浅』の一字の方が、可能性が高いと推察している。
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