第八話 諸国行脚『信州の歩き巫女』

永禄3年 (1560年)6月下旬 信州 禰津村ねづむら

藤林疾風



『歩き巫女』(渡り巫女)の起源は、一説によれば『日本書紀』に見える豊鍬入姫命とよすきいりひめのみこと倭姫命やまとひめのみことに至るといわれている。

 或いは、諏訪神社の巫女が、伝道師として各地を巡ったことに始まるとも言わる。


 歩き巫女と呼ばれる巫女は、神社に務める巫女と違い、特定の神社に所属していない。

 原始の日本では、邪馬台国の卑弥呼に代表される“シャーマン”など、女性が神憑かみがかりとなり神託や預言を行なっていた。

 それらの神事は時代を経るに従い、男性の神官に取り替わられて来たが、現代至っても青森の“イタコ”などにその形跡が見られる。


 歩き巫女達は呼び掛ける時に『のう、のう

(ねえ、ねえ)』と発したことから『ノノウ』とも呼ばれていた。各地の祭りや市を巡って

「のう、のう、巫女の口ききなさらんか〜」と言って、禊や祓い、口寄せ、或いは占いなどを行い、報酬を得ていた。なかには遊女に身を落とした者もいた。



 蓼科の山岳道を抜けて、上田へ続く街道へ出た。禰津村の手前の街道で5才から10才くらいの女子を5人ばかり連れた商人達を追い越したが、おそらく人買いだろう。

 甲斐で金次に聞いた、この先にある『巫女道場』に売られるのであろう。


 板壁で囲われたかなりの広さがある神社。

大きな正門の上に「甲斐信濃巫女修練道場」

という、看板が掲げられている。

 門を入るとすぐ横に社務所があり、中年の巫女が声を掛けて来た。


「なんの用かしら、ここは殿方禁制よ。」


「伊勢の商人でございます。こちらは巫女様の修行道場と聞きおよびまして、鈴を買うていただけないかと、伺いました。」


 そう言い、鈴なりの鈴を鳴らして見せる。


『しゃりん、しゃりん、しゃらしゃら。』


「あらっ、いい音色ね。待っていなさいっ、巫女頭様にお伝えして来るわ。」



 まもなく、巫女装束の年増と言うには若い熟女が現れた。この女性が千代女だろう。


「鈴を売りに来たとか、どんな鈴なの。」


 麻糸で繋がった10個の小鈴を手渡すと、振られた鈴は『しゃりーん、しゃりーん。』可憐な音色を立てる。


「いい音色ね。いくらで売るの。」


「一鈴十文(約500円)でいかがでしょう。」


「ふーん、いいでしょう。幾つあるの。」


「今、手元には100鈴程しかありませぬが、二月ほどお待ちいただければ、1,000個以上をご用意できます。」


「いいわ、2,000個届けて頂戴。代金はその時に渡すわ。100個は今貰うわ。」


「ありがとうございます。」


 俺達はそのまま信州を抜けて越前に向かう。お銀が黙りこくって考え込んでる。


「あの子らのことを考えているのか。」


「ええ、口減らしに売られて、仕方がないと思うけど、それにしても不憫に思えて。

 そう言えば、巫女道場では伊賀へのお誘いは、しませんでしたね。」


「あそこは、それなりに生きる手立てを学ぶことが出来る。

 巫女頭達も得がたい巫女らを育てるのだ、ひもじい思いはさせていないだろう。

 武田が滅びた時には、手を貸してやらねばならぬがな。」


「放って置くしか、ないんですかね。」


「放っては置かぬぞ。お銀そなたもあの鈴をつけるか。」


「いやですよ若旦那、猫じゃあるまいし。

 えっ、あれって、もしかして。」



 巫女道場に売った小鈴は、伊賀焼きで型に入れて作った極薄の可憐な音色の鈴だ。

 “どこにもない”疾風自慢の鈴である。




【 鈴 】

 土器や金属で作られ、古にクルミやマメを振ると外殻や鞘の中で種子が動いて鳴ることに着想があったと言われる。

 中の実の種子が外殻と離れているのに外殻とともに成長するのが、神秘的でもあった。

 古から鈴や鐘、太鼓、笛といった音の出るものは古から精神活動に深い関りがあった。 

 音は獣や魔物を追い払って生命を守る楯であり、同時に仲間の獣や神を引き寄せる合図でもあった。

 縄文時代には土鈴どれいが音を出す意図で作られ、弥生時代には鐘の類である銅鐸が存在した。

 神楽舞かぐらまいを舞う巫女が手に持つ「巫女鈴」(神楽鈴)というものもある。

 小鈴を15個(3+5+7)付けた「七五三鈴」が使われ、これが「鈴なり」の語源となった。

 出雲大社で毎年8月に行う「御霊結びの霊行」で氏子達が本殿の神域の「お庭踏み」を行う時に「瑞鈴」という鈴を抱く。

 しかし、拝殿に鈴緒(大型の鈴)などはなく神社で鈴を鳴らして拝むのは戦後に広まったもので、柏手を打って拝むのが本来なのだ。

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