第3話 思い出

「お茶、ここに置いとくね」

「ありがと」


私は時間をきっちり待たない派なので、1分で蓋を剥がす。


「相変わらずだねぇ……」

「硬めが正義だ」

「好きに食べたらいいんだけどね」


横で呆れ顔をされながら、私は麺を啜る。

熱いつゆが麺と共に口内を蹂躙する。

出汁の香りが、旨みが、所狭しと暴れ回り、麺が上顎を、頬を、柔らかな舌を撫で回して落ちていく。


「美味しそうに食べるねぇ……」


ニコニコしながら隣で天ぷらを載せ、私を見るこいつは時間をきっちり派だ。


「美味しいんだから当然だろ」


きつねうどんと言えばお揚げさんだ。

甘く味の染みたお揚げさん。

つゆと違う味なのがいいのだ。

かじりつき、滲み出る甘辛い汁を堪能する。

一息入れて、丼をシートに置く。

そして、私がお茶を飲もうと手を伸ばした時。


ぱしゃり


お茶を飲むため、シートの上に置いた丼をひっくり返してしまった。


「大丈夫?」


あきらはすぐに自分のカップを置いてタオルを投げて寄越した。

私は腰を上げてシートを拭き、自分は濡れていないことを伝えた。


「盛大にやっちゃったね」

「すまん……」

「新しいの用意するから、これ食べてて」


私のこぼしたカップや、散らかった中身を手際良くビニール袋に入れて、自分の分を私に渡すあきら。

私はなんとなく、楽しい空気を台無しにしてしまったように感じて口をつける気にならなかった。


「ゆいちゃん」

「すまん……」

「そうじゃなくて」

「なんだ」

「懐かしいね」


……?

私は意味がわからなくて、立ったままのあきらを見上げた。


「昔キャンプした時も、同じようにこぼしちゃってさ。おれの分渡したけど、そうやってしょんぼりしてた」


それは、確かにあった気がする。

薄ぼんやりと情景が思い浮かぶ。


「そうだ。思い出したぞ。私がへこんでいるのを見て笑っていたな!」

「そうそう、それで怒っておれのを全部食べちゃったんだよ」

「思い出したら腹が立ってきた!」


そう、あの時こいつは笑っていた。


「いつも乱暴な口調なのに、そういう所は繊細なんだね」

「あの時もそう言っていたな!こうしてやる!」


宣言して、私はヤツの蕎麦を盛大に啜った。

蕎麦も蕎麦でまた美味いのだ。

1口、2口と続けて食べる。

天ぷらも食べきってやろうと大口を開けたが、流石にやり過ぎな気がして半分だけ食べた。

まだサクサクな天ぷらが、噛むほどに含んだつゆを吐き出してくる。


私があきらを睨みながら食べていると、新しいうどんの用意が出来たらしい。

ヤツは隣に座ってうどんを啜りだした。


「おれはこっち食べるから、そっちは全部あげるよ」

「待て、それは話が違う」


私は止めたのに、あきらはさらにお揚げさんを半分も齧った。

私はすぐにカップを奪い取り、蕎麦のカップを押し付けた。


「……ほんとに、懐かしいなぁ」

「まだ怒らせたりないのか」

「そのまんまのやり取りをこうしてできるっていいなぁって思ってさ」


あきらはそう言って蕎麦を啜った。

なんとなく、なんとなく私はあきらの肩に頭を預けた。


「……食べにくいよ」

「うるさい、黙って食べてろ」

「………………」


あのキャンプはまだ付き合って半年くらいで、お互いに距離感を測っていた気がする。

普通の泊まりがけのデートは気恥ずかしくて、でも一緒の夜を過ごしたくて、外ならそこまで関係性が進むこともないだろうと思ったのだ。

キャンプに誘ったのは私からだったが、その時は変な顔をされた覚えがある。


「テントを2つ用意していたお前に怒ったりもしていたな」

「……そうだね」


まだ、深い仲には早いと思っていたが、かと言って別々のテントを用意されるのは寂しかった。

……めんどくさい女だ。

結局、私が怒って同じテントで寝たのだ。


「今日は部屋のベッドで寝るからね」

「ここで寝袋は流石に嫌だな」


今日はあきらの布団の中に忍び込む事を決めて、私は残り半分のお揚げさんにかじりついた。

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ベランダキャンプとカップ麺 水崎 湊 @mizusakisou

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