13 永遠の童貞

   13

 おだやかな陽射しが注ぐ昼下がり、フォギータウン町役場の収入印紙販売窓口に座っているラルゴは誰もこないのをいいことに大あくびをした。


 たまらなく眠い。昨夜は眠ったはずなのに眠っていない。夢の世界で冒険していたので、眠ったという気がしないのだ。しかも、目が覚めてみると、夢の中にいたのはほんのわずかな時間だった。それから朝までは、コーダと……。


 居眠りせぬよう新鮮な空気を入れようと、ラルゴは窓を少し開けた。気持ちの良いそよ風が入ってくる。


 役場の中はのんびりしたものだ。スタッカートはいない。プレストもいない。食堂に行ってもフェルマータはいない。それでも日常は変わらず続いていく。猛威を振るったトリル風邪がようやく終息の方向に向かいつつあるとラジオのニュースで言っていた。


 女性職員たちの話し声が廊下の方から聞こえてくる。

「そう言えば、スタッカート課長の姿が見えないわね」

「今日は休んでるみたいですよ。昨夜から行方不明ですって」

「まあ。酔っぱらってどっかの穴に落ちちゃったのかしらね」

「でも、あの人がいなくても何も変わらないわね」

「そうですね。いてもいなくても同じ」

 そう言って、彼女たちは大声で笑った。


 ラルゴは、開いた窓からたんぽぽの綿毛のようなものが室内に飛びこんでくるのを見た。

 綿毛は天井近くで踊り子のようにくるくる舞った後、ラルゴの肩の上にふわりと降りた。それは綿毛ではなく、小グモの姿になったインキュバスだった。スケルツォを地獄の閻魔庁に引き渡して戻ってきたのだ。


「やれやれ。やっぱり戻ってきたのか。やっと離ればなれになれたかと思ったのに」

 そう言いながらもラルゴは少し安心した様子だ。

「お前ほど居心地のいいパートナーを見捨てられるわけがない。お前の強大な童貞力は夢魔にとって魅力だよ」

「だけど、残念ながら僕は童貞ではなくなってしまった」

「何だって、そりゃどういうことだ。俺が離れていたのはわずか半日ほどの間だぜ。いつの間に……」


 インキュバスはしばらく考えを巡らせて答にたどり着いた。「そうか、お前、あのコーダって女とやっちまったのか」

 ラルゴはうなずいた。「僕はもう君のパートナーである資格を失ってしまったのかな。童貞力とやらも消えちゃったんだろうね」

「まあ、サキュバス憑きの女だけは例外ということにしておこう。見たところ、お前の類いまれなる童貞力は少しも衰えていないようだしな。きっとお前は永遠の童貞なんだよ。少しばかりセックスを経験したところで影響ないんだよ、きっと」インキュバスは何だかうれしそうだ。「これからもよろしく頼むぜ。本物のセックスもなかなかのもんだったと思うが、夢の中のセックスも捨てたもんじゃないだろ?」

「まあねぇ」


 ラルゴにとって夢のセックスがいいか、現実のセックスの方がいいか、判断が難しいところだ。現実に女性を抱いてみると、やはり夢では味わえない喜びがある。しかし、現実には夢にはない面倒くささや煩わしさもつきまとう。


 精液をコーダの体内に一滴残らず注ぎ込んだラルゴは、事が終わった後、彼女を妊娠させてしまうのではないかと心配になった。コーダは「たぶん大丈夫だと思う」と言っていたが、もし万が一子どもができてしまったらどうしようか。まあ、その時はその時だ。なるようになるさと気持ちを切り替えてラルゴは役所に出勤してきた。


 やっぱり、夢のセックスは余計な心配がいらないからいい。これからもインキュバスとのいかがわしくも、ちょっとワクワクするような冒険は続くのだ。

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