5 地獄から来た妖魔スケルツォ

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 ラルゴは憤っていた。フェルマータはバカ娘かも知れないが、殺されていいわけはない。

 しかし、プレストがいなくなるってのはどういうことなんだろう?

 フェルマータと一緒にいるところに強姦魔が入ってきて殺されたのか、それともプレストが強姦魔で、誰かに顔を見られてやばいと思って逃げたんだろか?

 プレストは不良で、どうしようもなくいやな野郎だが、強姦殺人するような奴じゃない、ような気がする。きっと犯人は別にいるに違いない。レイプして殺すなんて全くひどい奴だな。許せない。


「レイプしてるって意味では、お前も似たようなもんかも知れないがな」インキュバスがラルゴをからかうように言った。

「僕は女の人を気持ち良くさせこそすれ、痛めつけたりはしないよ」ラルゴは気分を害した。

「冗談だよ、怒るな。お前は女の潜在意識の中の欲望を引き出して友好的にセックスしてるんだ。強姦魔とは全然違う」

「こんなひどいことする奴がこの町に潜んでるなんて許せないよ」

「女が外を出歩かなくなると、俺がくっついて夢の世界に引っ張り込むのもやりにくくなるしな」

「そんなことより、役場に勤める者として、こんな犯罪者をのさばらせてはおけないよ。僕はこの町が好きなんだ」

「お前も案外正義感が強いんだな」

「そんなたいしたもんじゃないけど、何か気分悪いよね。警察はいったい何をしてるんだろう」

「おそらく、人間の警察では犯人は捕まえられんだろう。この事件には妖魔が関わっているようだ」

「犯人は妖魔なの?」

「妖魔に憑かれた人間の仕業に違いない」

「どうしてわかるの?」

「窓ガラスを割ったり、ドアを壊して入ったりしていないだろう。犯人が全ての被害者と知り合いだったとは考えられないし、一人暮らしの女たちが不用心にカギをかけ忘れるとも思えない。犯人は何か魔力を使ってるんだよ」

「僕たちで犯人を捕まえられないかな。いや、捕まえられなくても正体を調べるぐらいのことは出来るんじゃない?」

「俺もこんなことをしでかす妖魔は許せねえ。妖魔の恥さらしだ。どんな奴か見極めて、とっちめてやる」

 二人の意見が一致し、行動に移すことになった。


 犯行はまだ続くだろう。そして次も金髪巨乳女性が狙われるに違いない。そこで、狙われそうな女性にインキュバスが付いて、犯人が襲いに来るのを待ち伏せることにした。


 ところがなかなか候補者が見つからない。役場にはフェルマータ以外に金髪巨乳はいない。街へ出ても、トリル風邪対策のお触れのせいで出歩いている人の数が少ないし、金髪巨乳女性は強姦魔に目をつけられるのが怖くて余計にこもりがちになっているだろう。強姦魔はどうやっていけにえになる女を見つけるのかな。


 何日も仕事が終わってから町の中心部を歩き回って、ようやく該当者を見つけることができた。市場で買い物をしていた女だ。頭にスカーフを巻いているが、そこからはみ出ている髪はまぎれもないプラチナブロンド。大きなマスクで顔が隠れているので年齢はよくわからないが、歩き方を見るとそれほど歳を取っているようには思えない。ダボッとした服を着ているので胸の大きさはよくわからないが、やせている方ではないので、それなりに出ているのではないかと思われる。これは希望的観測だ。


 強姦魔はこれまで一人暮らしの女しか狙っていない。この女性が既婚か未婚かわからないが、それはついていって確かめるしかない。

 ラルゴがさりげなく女性に近寄ると、ペニスから出たインキュバスが女性に飛び移った。


 目をつけた女性は当たりだった。女は町立病院に勤務する医師で独身、両親を亡くして広い家に一人で住んでいた。


 スカーフを外すとプラチナブロンドの髪が胸まで垂れ、マスクを取ると女剣士のようなりりしい顔が表れた。服を脱ぐと、全く太っておらず筋肉質の体つきで、おっぱいも筋肉の一部のようで、フェルマータのようにぷるんぷるん揺れることはないが、小さいということはない。まあ、強姦魔の獲物としては合格ラインに入っているのではないだろうか。


 強姦魔がどうやって金髪巨乳の女性を見つけているのかさっぱり見当がつかないが、フォギータウンは大都市じゃないからそんなにたくさんいるはずがない。この女医も必ず狙われるに違いないと踏んで、インキュバスはしばらく彼女にくっついていることにした。


 最初の夜は強姦魔が現れなかったので、朝方近く、ラルゴは女医とともにインキュバスの夢の世界で遊んだ。


 インキュバスの設定したシチュエーションは、女医の勤務する病院にラルゴが盲腸で入院しているというもの。順調に回復するラルゴと回診にやってきた女医は病室の中でコトに及んでしまう。


 女医はセーニョという名で、子供のころから文武両道。スポーツは何でもこなし、拳法や柔術の達人でもある。そのせいか、ラルゴは夢の中でも、セックスをしているというよりも、レスリングの試合で組み伏せられているような気分だった。彼女なら強姦魔に襲われても勝てるんじゃないかとラルゴは思った。セーニョはライオンのように大声を上げてクライマックスに達すると、さらにもう一戦挑んできたが、ラルゴはギブアップした。既に夜明けだ。エネルギーを消耗した彼はなかなか起きられず、あやうく遅刻しかけた。


 次の夜、セーニョは夜想曲のレコードに針を落とし、ゆったりと紅茶を飲みながら、医学書を紐解いていた。彼女には今恋人はいない。ラルゴの最初の相手となったアレグレットと同じように、有能でアグレッシブなセーニョにとってほとんどの男は頼りなく見えてしまうのだ。彼女にとっては、つまらない男と付き合ってつまらない時間を過ごすより、医学の研究に没頭したり、ジムで鍛えて自分の肉体を完璧にする方が有意義なのだ。


 玄関の方でコトリと音がした。部屋には結構な音量で音楽が流れており、読書に没頭しているのでセーニョは気がついていないが、インキュバスは確かにその音を聞いた。あれはドアのノブを回す音だ。インキュバスは、セーニョが勤めから帰ってきた時、ドアをロックしたことを確かに憶えている。何かおかしい。ドアがゆっくり開かれるとともに、獣臭い匂いと妖気が流れ込んでくるのをインキュバスは感じた。


「おいっ、ラルゴ」インキュバスは自室に控えているラルゴに呼びかけた。「目を閉じろ。強姦野郎がおいでなすったようだぜ」

 ラルゴはすぐに目を閉じ、インキュバスの八つの目を通してセーニョの部屋の中の光景を見た。


 両眼のところだけ細長い穴が開いた白い石膏の面をかぶった中肉中背の男が入ってきたが、音楽の流れる部屋で読書に集中しているセーニョはまだ気づいていない。男はグリーンのポロシャツを着て、グレーの作業ズボンをはいているが、明らかに普通の人間ではなかった。


 男の右手は左手に比べて異常に膨らんでおり、しわくちゃで、生気の感じられない灰色をしている。そして五本の指の先に青白い燐光が灯っている。まるでセントエルモの火みたいだ。

「あの右手は何だ?」ラルゴが尋ねた。

「あれは栄光の手だ」インキュバスが答えた。

「栄光の手?」

「死刑囚の手を切り落として作る魔法道具で、どんな扉も開く魔力を持つと言われてるんだよ。あいつは栄光の手の中をくり抜いて、手袋のように自分の手にはめてるんだ。栄光の手の魔力を使ってドアを開いて入ってきたんだ」


 もう一つ、男が普通の人間でない特徴が現われた。ズボンの尻を突き破って、長いシッポが出てきたのだ。シッポの先は矢じりのように鋭く尖っている。


「こいつはスケルツォだ」インキュバスが叫んだ。

「スケルツォって何、妖魔なの?」ラルゴが尋ねた。「森にいる妖魔の一人なのか?」

「スケルツォは地獄に棲む妖魔だ。たまに地上にさまよい出てきて、悪さをする。奴が好むのは人間の欲求不満のパワーだ。フラストレーションのたまった人間に取りついて、思いのままに暴れさせるんだよ」


 スケルツォが寝室に入ってきた。セーニョに背後から忍び寄るが、無心に本を読んでいる彼女はまだ気づかない。

「何とかならないの」ラルゴはインキュバスに言った。

「この小さな体のままじゃ出来ることは限られているが、できるだけのことはやってみよう」

 ベッドの端にいたインキュバスはピョンと床に飛び降りて、スケルツォに近づいていった。


 インキュバスがスケルツォにたどり着く前に、スケルツォはセーニョの首に手をかけた。そこでようやくセーニョは背後のスケルツォに気付いて仰天した。しかし、さすがに格闘家の訓練を積んでいるだけあって、普通の女のように恐れおののいたりせず、すぐさま拳をスケルツォの腹に打ちこむと、立ち上がって足払いを喰らわせよろめかせた。


 スケルツォは体勢を立て直すと、栄光の手をはめた右手の指を広げ、手のひらをセーニョの方に向けた。すると、指先に灯っていた青い燐光が大きく、強く輝き、それを見たセーニョの動きが止まった。何か言おうとしたが、声が出ない。

「栄光の手の前では全ての門は開く、か。全ての門が…」インキュバスがつぶやいた。「あれを何とかせんといかんな」


 セーニョは大の字になって仰向けにベッドの上に倒れた。苦しそうな表情で、大きく足を開いたが、もちろんそれは彼女の意思によるものではない


 スケルツォはズボンとパンツをずり下ろした。露わになった巨大なペニスは直立し、焼けた鉄棒のように赤黒く変色し、湯気が立ち上っている。


 スケルツォはセーニョに近づく。彼女は抵抗したくても体の自由がきかない。インキュバスは糸を紡ぎ出して宙に舞うと、スケルツォの右手に飛び移って、糸を伸ばし栄光の手の上から巻きつけた。スケルツォはセーニョの服を剥ぎ取り、彼女の上に覆いかぶさるのに夢中でインキュバスに気づいていない。


 スケルツォの手に巻きつけた糸は、いつも空を飛ぶときに出している糸よりも太く、銀色に輝いている。


「どうするの?」ラルゴは尋ねた。

「栄光の手をひっぺがしてやる。そうすりゃ女も動けるはずだ」

「クモの糸でそんなことできるの?」

「今俺が出している糸はピアノ線のように頑丈なんだ」

 糸を巻き終えたインキュバスはヒョイとスケルツォの手からベッドに飛び降り、荷車を引く牛のようにグイグイ前に進んでいった。


 抵抗できないセーニョの中に入ろうとしていたスケルツォは右手に異変を感じて動きを止めた。右手にキッチリとはめたはずの栄光の手が何者かに引っ張られるように剥ぎ取られていく。何事か? 栄光の手に目をやると銀色の釣り糸のようなものが巻き付いている。そして、糸の先を見ると、ちっぽけなクモが引っ張って、栄光の手を脱がそうとしている。一体何なんだ、こいつは?


 頭の後ろにも目があるインキュバスは、スケルツォが自分を見ていることに気づいて一気にジャンプして、栄光の手をスケルツォの右手から抜き取った。それと同時に、指先に灯っていた青い燐光が消え、セーニョにかけられていた呪縛が解けた。


 セーニョは、自分の体に覆いかぶさっているスケルツォを両脚で跳ね飛ばした。ズボンを膝までずり下ろしていたスケルツォは足がもつれ、勢いよく仰向けに倒れた。そのすきに、素っ裸のセーニョはベッドから降りると隣室に走ったが、逃げようとしたわけではない。


 隣室はトレーニング用の部屋で、ベンチプレス台や懸垂バーなどが置かれている。セーニョはバーベルスタンドからウェイトのついていない鋼鉄のシャフトを取って寝室に戻ると、剣のように上段に構えて、ズボンとパンツを脱ぎ捨てて立ち上がろうとしていたスケルツォの頭に思い切り力をこめて振り下ろした。


「やった、すごい」栄光の手を引きずって寝室の隅まで移動していたインキュバスの眼を通して様子をうかがっていたラルゴは思わず叫んだ。


 普通の人間なら、鋼鉄の棒で頭のてっぺんを打たれて平気なはずはない。頭蓋骨が砕けて、脳震盪を起こし、下手すりゃ即死だろう。だが、スケルツォはそのまま平然と立っていた。白い面を通して、ネコがノドを鳴らすような音が聞こえてきたが、それはうめき声ではなく笑い声のように思われた。


 セーニョは第二の攻撃を加えようと再度上段に構え、スケルツォの脳天目がけて振り下ろしたが、今度は命中しなかった。シャフトはスケルツォの頭に当たる前に左手でつかまれのだ。スケルツォは凄まじい剛力でシャフトをもぎ取って放り投げた。


 仕方なくセーニョは徒手空拳で、パンチやキックを繰り出してスケルツォに向かっていった。セーニョはプロレスラーやプロボクサーとだって対等に闘えるのだが、相手が妖魔ではさすがに分が悪い。セーニョのパンチやキックをスケルツォはよけようともせず、まともに食らったが全く痛がる様子を見せない。平然としてあざ笑うような声を発すると、焼きを入れた刀のようにペニスを赤く光らせてセーニョに襲いかかった。


「これはまずい」スケルツォはセーニョを助けるために、小さなクモの姿から本来の妖魔の姿に戻った。セーニョには驚かれるだろうが、そんなことを言っている場合ではない。


 スケルツォは再びセーニョに覆いかぶさり、剛力で彼女の両腕を押さえこんで熱いペニスを挿し込もうとしたが、インキュバスが六本の腕でスケルツォをセーニョから引き離した。

「やめろ。妖魔のつらよごしが!」インキュバスが叫んだ。

 スケルツォはふり向いて、「何だ、てめえは?」と初めて声らしい声を発した。


 セーニョは唖然とした表情でインキュバスを見ている。いったい今夜はどうしたっていうの? 彼女は異世界の迷宮に迷いこんだような気分だった。セーニョから見れば、スケルツォよりもインキュバスの方がおどろおどろしい化物に見えた。しかし、こいつは味方か? 私を助けようとしているのだろうか?

「てめえもこの女を狙ってきたのか」スケルツォはいったんセーニョから離れて、インキュバスと向かい合った。「この女は俺の獲物だ」


 スケルツォとインキュバスの格闘が始まったが、腕力ではスケルツォが圧倒的に上回っていた。全く太刀打ちできない。スケルツォの重いパンチがヒットするたびに、その衝撃はインキュバスの神経を通してラルゴにも伝わってくる。インキュバスは六本の腕を持っているが、そのうち四本があっさりと折られてしまった。そして、スケルツォにはインキュバスにはない武器があった。長く、ムチのようにしなるシッポだ。その先端には鋭い矢じりが付いている。


 さんざんパンチやキックを受けてグロッギー状態のインキュバスの胸をスケルツォのシッポが突き刺し、いとも簡単に身体をふわりと持ち上げると、壁に向かって思い切り叩きつけた。インキュバスは気を失い、同時に連動しているラルゴの意識も途切れた。


 インキュバスとラルゴは意識を取り戻した。壁に叩きつけられてからどれくらいの時間が経過しただろう。部屋には時計が見当たらないので時間がわからないが、夜明けまではまだ間があるようだ。おそらくは一時間から二時間ぐらい気を失っている間に、室内の様相は一変していた。


 スケルツォの姿は見えなくなっている。そして、素っ裸のセーニョは白目をむいて、ベッドの上に仰向けに倒れていた。すでに絶命している。まだ死んで間もないのだろう。大きく開かれた彼女の股間からは肉の焼ける匂いがして、湯気が立ち上っている。スケルツォの真っ赤に燃え上がったペニスを入れられていたのだ。そして、彼女の左胸、硬く締まったおっぱいの上には大きな刺し傷があり、そこからおびただしく出血している。インキュバスが胸に開けられたのと同じ形状の傷だ。彼女も行為が終わった後にスケルツォのシッポに刺されたのに違いない。


 壁際にはインキュバスがはぎ取った栄光の手が落ちていたはずなのだが、今は見当たらない。スケルツォが持ち去ったのだろう。


「ずいぶんこっぴどく痛めつけられたけど大丈夫なの?」ラルゴはインキュバスの体を気づかった。

「俺ら妖魔は人間と違ってすぐに回復する。問題ねえよ」

 インキュバスとラルゴは激しい無力感に襲われていた。

「あれはスケルツォって妖魔に男が操られているわけ」ラルゴは尋ねた。

「僕の体内に君が潜んでいるように、スケルツォはあいつの体内にいるわけ?」

「スケルツォは寄生虫のように脳に侵入し、根を生やして心と体を支配するんだ」

「あいつには勝てないの?」

「俺だけでは勝てない。残念だが、格が違うって感じだ」インキュバスは答えた。「助けがいるな。あいつなら勝てるかも知れない」

「誰?」

「サキュバスだ。女の夢魔だよ。俺が童貞のお前に憑いて、女を夢の中に引っ張り込むように、サキュバスは処女に憑いて男を夢の中に引っ張り込む。サキュバスがあのスケルツォに憑かれた男を引っ張りこめば、あるいは勝てるかも知れん」

「サキュバスは妖魔の森にいるの?」

「いや、ずいぶん前に森を出ている。おそらく、町の女の誰かの中にいるのだろう。探しに行ってみよう。手伝ってくれるか?」

「もちろんだよ」

 インキュバスは再び子グモの姿になって戻り、ラルゴの中に入った。


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