第3話きみとはじまりの恋
告白した日から三日経った日の、明け方の六時に僕は目を覚ました。
美雨から電話があったのだ。
「もしかして…!?」
告白の返事か…?眠気は一瞬で吹き飛んだ。
「もしもし!?」
「もしもし…」
向こう側の美雨の声は元気がなかった。
「どうしたんですか?」
僕が尋ねると、彼女はいつもより低いトーンで言った。
「あの、今日仕事行く予定だったんですけど、具合が悪くて行ける状態じゃないのでカフェの人に伝えてもらいたくて…」
「分かりました…大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。それだけお願いします」
あちらから切られる予感がしたので、とっさに言う。
「あの!この前の話のお返事は…」
しかし、それに美雨は黙ってしまう。
まずい、これは聞くべきことではなかったか。
「まだ…決まってないですけど、もう少し待ってもらえませんか?」
「もっ、もちろん…!いつでも待ってますので!」
僕は興奮気味に答える。
電話を切ってから、僕は朝食と歯磨きを済ませコートに腕を通す。
心配でお見舞いに行こうと思ったけど、急だとびっくりさせちゃうと思いやめた。
僕に連絡してきたということは、立てないほど具合悪いのだろう。心配。
もしかして僕の告白が原因だったりするのか!?だとしたら本当に申し訳ない。
冷たい風をあびながらカフェに着いた。
すると、扉の前に一人の女性店員が立っていた。百合子だった。
「あのぉ…」
僕がその人に声をかけると、百合子は振り向いて言う。
「ごめんなさい、まだ開いてなくて…」
「あ、あの…藤崎さんっていう方に、今日休むことを伝えてほしいって言われて…」
「え?」
彼女はぽかんと口を開けたまま僕を見つめている。
「えっと…大丈夫ですか?」
「そんなわけないでしょ―!?」」
百合子は勢いよく僕に歩み寄ってきて、反対側の石壁に追い込んだ。
「ちょっ、落ち着いてください!」
「あんた!なんで美雨のこと知ってんの―!?」
「い、いやぁ…!し、知り合いというかなんというか…」
「もしかして…例の彼氏か!?」
僕はその言葉に違和感を覚えた。
「か、彼氏なんて冗談やめてくださいよ!」
「彼氏じゃないの?デートに誘われたって言うから、あんたが彼氏かと思ったのに」
気づけばこんな冗談が…いや、冗談と言われればそれも冗談になってしまうけど…。
「で、でも。確かにデートに誘ったのは僕です」
「美雨になんかしたの?」
「まさか!変なことはしませんよ…」
「美雨が来ないから心配してたの」
僕は立ち上がると、恐る恐る聞く。
「藤崎さんとはどういうご関係で?」
「同僚だけど」
そうなんだ…あんなに怒られちゃあ、きっとすごく仲がいいのだろう。
「美雨のこと好きなの?」
「え…!?」
「だって、そういうことだからデートに誘ったんじゃないの?」
「まぁ…そうですね」
こ、怖いな…。告白したなんて言ったら、もう怒鳴られる気しかしない。
「告白した?」
「え!?」
やばい、まさか逆質問されるとは…。
しかも、ものすごい圧の視線に負けそうになる。
「し、しました…」
「はぁ…」
ため息つかれたぁ…!
僕は彼女の大切な同僚に間違ったことをしてしまったのか…?
「返事はきたの?」
「いえ、まだ…」
「やっぱり」
「え?」
百合子は慎重な顔で話しはじめた。
「あの子、恋愛にはすごく慎重なの」
「慎重…?」
「美雨は両親を事故で亡くしてて、中学・高校と恋愛なんてする暇がなかった。理由なしに彼氏を作ってこなかったわけじゃないの」
「そうだったんですね…」
すべてが初耳だった。
「でも彼女は、真面目で仕事熱心で、可愛くて優しい子でしょ?」
「はい!」
「そんな女性にデート引き受けてもらえるなんて、あなた相当幸せ者よ」
「はい…」
「ましてや彼氏になるなんて。まだわからないけど、振るっていう選択肢はあの子にはないと思う」
「ほんとですか…?」
彼女はこくりとうなずく。
「でも一つだけ」
「はい…?」
百合子は、今まで見せなかった微笑みで言った。
「あの子を幸せにできるのは、あなただけだから」
その言葉に、息を呑む。
「付き合えることになったら、美雨のことを必ず幸せにしてほしい」
藤崎さんのことを…僕が幸せにする?そんなことができるのか?
こんな気弱な僕に、彼女を守れるのか?
でも…すべてはあの子の笑顔のために。
「僕が彼女を…幸せにします!」
一方美雨は、市立病院の待合室にて順番が呼ばれるのを待っていた。
昨日から続くだるさと頭痛は朝になってもよくならず、心配になり病院に足を運んだのだ。
「藤崎さん」
名前を呼ばれ、看護師のあとを歩く。
「お願いします…」
そこには、白衣を着た白髪の目立つ六十代くらいだろうか、老人の医者が椅子に座りながらデスクのパソコンを見つめていた。
愛想悪そう…。
そう思いながらも、しぶしぶ椅子に座る。
「今日はどうなさいました?」
無表情で見つめてくるので、美雨は顔を強張らせながら言う。
「昨日から頭痛とだるさがひどくて…」
「なるほど」
そんな顔でなるほどと言われても…不安でしかないんですけど。
「とりあえずお薬だけ渡しておきますから」
診察はこれだけで終わってしまった。
予想の十倍早く終わった。
薬局で薬を出してもらい、駐輪場の自転車に足をまたぐ。
その時携帯が鳴った。百合子だ。
「百合子?」
「あー美雨?体調のほうはどう?」
「うーんまぁ…よくはなってないけど、朝よりはだいぶ」
「そっか…そう言えば、今日美雨のかれ…知り合いが来てたよ」
美雨は知り合いと聞いて、一瞬で京水のことが頭に浮かぶ。
「あー望月さんね」
「望月さんって言うんだ。てか告られたんでしょ?」
「なんでそれを知ってんの!」
「返事しないの?」
美雨は駐輪場に立ったまま黙ってしまう。
「そろそろしようと思ってた」
「美雨はどう思ってんのよ」
その質問に、言葉を詰まらせる。
「好きだよ…」
「きゃ―!」
百合子の大声に耳を抑える。
「早く言っちゃいなよ」
「言いたいんだけどさぁ…」
「美雨なら大丈夫だよ」
「ほんと…?」
電話の奥で、百合子はうんと言ってくれた。
「今度会った時言う」
「そうこなくっちゃ」
電話を切りポケットにしまう。
ため息が漏れる。
でも絶対に言うんだ。
好きだって、あなたが大好きだというこの想いを。声にして届けたい。
美雨は小さくうなずくと、自転車のペダルを決意と共に勢いよく踏み込んだ。
窓を開けると、キンと冷えた風が頬を辿っていく。
星が月と並び輝くその夜空は、見上げる僕を慰めるようにそこにあった。
藤崎さんの顔が頭に浮かぶ。
ブブブ―。
携帯が鳴った。藤崎さんからだ。
「もしもし?」
「望月さん、今って時間ありますか?」
「え?」
「公園前まで来てほしいんですけど…」
公園前まで来ると、入り口付近に藤崎さんの姿があった。
「寒い中すみません」
「いえ」
「お話ししたいことがあるので、いいですか?」
そうして連れてこられたのは、人目につかない公園の端っこだった。
「あのーここどこですか?」
「人前では言えないので」
そう言う彼女は、緊張で声を震わせる。
「大丈夫ですか…?」
聞いても答えない。
「望月さんは…私があなたのこと好きって言ったら、どう答えますか?」
「え?」
急な質問にうろたえる。
「そりゃあもちろん、嬉しいしオーケーします」
まず僕から告白したんだから。答えはそれしかない。
それを聞いた藤崎さんは、少し嬉しそうにうなずく。
「じゃあ、言いますね」
「え…?」
藤崎さんは僕に近づくと一息ついた。
目が見つめ合って、緊張で、ドキドキして心が落ち着かなかった。
「望月さんに、好きって言われて嬉しかったです」
「へ…?ということは…?」
彼女は小さくうなずくと
「私でよければ…付き合ってください」
一瞬何を言われたかわからなかった。
「いいんですか…?」
一旦置いて尋ねる。
「はい」
藤崎さんはふわりと微笑んだ。
周辺から聞こえる人々の声も、眩しいほど輝くイルミネーションも、彼女の一言ですべてが見えなくなった。
「やった…やったぁ―!やったやった!」
僕はあまりの嬉しさに大声で叫んでしまった。
「ちょっと!声が大きいです!」
「すみません…」
すぐシュンとなるが、目には涙が溢れた。
彼女ができた…しかも、ずっと好きだった人だ。
「私たち、タメ口で話しませんか?」
「タメ口」
「名前も…」
「名前ですか!?恥ずかしいですね…」
でも、ずっと下の名前で言いたかったのも事実だ。
「呼んでみてもいいですか?」
「はい」
僕は一呼吸すると、緊張しながらも呼んでみる。
「みっ…美雨ちゃん」
「…京水くん」
「だめだぁ…恥ずかしいしやばいな」
それでも二人からは、自然と笑みがこぼれた。
僕はこれまでにない、大きな幸せを手に入れることができた。
僕は決意した。
この子は僕が守ると、幸せにするんだと。絶対に。
僕の平凡な日々を、彼女が変えてくれたのだ。これが、僕が出会うべき幸せだったのかもしれない…。
変わるんだ。
情けなくて、弱虫な自分から。彼女に認めてもらえるように。
神様…。
今日は僕に、守るべき大切な存在ができました……。
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