第2話きみを見つめたい時
「ただいまぁ」
明るい外灯に背中を押され、美雨はようやく自宅に着いた。
靴を脱ぎリビングへ向かう。
家の中は真っ暗で、驚くほど静まり返っている。
電気をつけて、ため息を漏らしながらコートをハンガーにかける。
「はぁ…」
望月さんは知っているのかな?
私が、年齢=彼氏いない現役の独身だということを。
夕飯をテーブルの上に置くと、携帯を手にする。
電話の相手は、もちろん百合子だ。
「百合子~」
「どうしたの美雨」
美雨は箸を持つ手を止めたまま、泣き泣き今日あったことを伝えた。
「え!デートって、美雨それ…そいつもう告白するじゃん!?いいなー」
「まだ決まってないのに、わかんないでしょ…」
急にデートなんて誘われたら…断ろうにも断れない。
「その人なんの仕事してんの?」
「本屋の店員さん」
「ふーん。顔かっこいい?」
その言葉に吹き出しそうになる。
「そ、それは…!まぁ…うーん」
でも私、顔よりも性格を見るタイプだから…あんまり気にしない。
「もし告白されたら、美雨はなんて言うの?」
「え~…まだ分かんないよ!」
電話の奥で百合子がくすくすと笑っているのがわかる…。
「まぁ、うちはどんな結果であれ美雨のこと応援するけどね」
「ありがたいけどさー、そんなことあるわけもないし…」
美雨は力なく床に寝そびれ、無心で天井を見つめる。
デートは明後日の土曜日。はじめてで、今までにない緊張が頭を埋め尽くす。
でも彼も緊張しているはず。うまくいくかな…?
「そうだ」
連絡先を交換したんだった。
だけど、交換してすぐに電話で話すのは私にはレベルが高すぎる。
うーん…でもせっかくだし、なにかしたい。
美雨はメール画面を開く。
あれ…こういう時ってなんて打てばいいの?だめだ、慣れてないのが裏目に出てしまう。
とりあえず
『望月さんへ』
う~ん…?この後はどうしたら…。
『明後日の土曜日は、よろしくお願いします。楽しみにしています』
いやいや、デートする相手に送るメッセージではなさすぎる。しかも、楽しみよりも不安のほうが大きいのに…。
しかし、メールで悩んでいたのは美雨だけではなかった。
京水も、デートを引き受けてもらえた嬉しさからすぐに連絡しようと思ったのだが
まず文字を考えるのが難しく、打っても送るか送らないかという葛藤に会っていた。
その時、携帯が鳴った。
「え…!?」
美雨からのメールだった。
まさか彼女のほうから送ってくれるなんて…、この上ない幸せ。
『はい、僕も楽しみにしています。よろしくお願いします』
はじめて美雨にメールを送った。なんて気持ちがいいのだろう。
美雨の携帯が鳴る。
短い文だが、どうしてかすごく嬉しい。
なんか変な気持ち…私たち恋人でもないのに、なにかが変わり始めている気がするのはなぜだろう。
でも…彼は本気なんだよね。真摯に受け止めなきゃいけないよね…。
今までの関係とデートに誘われた時の彼の顔を思い出すと、恥ずかしさから正気でいられなくなってしまいそうだ……。
デート当日、時刻は五時。
昨日から緊張でほとんど眠りにつけず、そのせいで眠気がすごすぎる。
自分から誘ったデートとはいえ、まずデート自体はじめてで、どんな服を着ていったらいいのかものすごく悩み、結局いつもの私服にした。
この時間帯から人はだんだんと増えはじめ、夜には混んでくるため早めに会う約束をしておいた。
「望月さん」
後ろから声がした。
振り向くと、そこにはやはり藤崎さんがいた。
「ふ、藤崎さん…!」
どんな姿で来るのかと思っていたら、予想を超えてくるほどの可愛さだった。
コートの下から見える花柄のワンピース、ベージュのブーツに下ろした黒髪…。
化粧のせいか?いやいや、やっぱり会うたびに彼女は可愛くなっている。
「どうしました?」
藤崎さんが顔を覗かせたので、僕は慌てて姿勢を伸ばす。
「い、いやぁ…!そのーすごく緊張してて…」
「それは私もです」
そうだよね、彼女だって緊張してるんだ…。
「い、行きましょうか…!」
ここはやはり、僕が頑張らないと!
二人は緊張を漂わせながら、公園の道を歩き出した。
「あのーなにか食べますか?寒いし、温かいものでも…」
「そ、そうですね…」
二人は公園の屋台で、肉まんを二つ買った。
近くのベンチに座って、一口ほおばる。
「ん…!美味しい」
そう言って目を輝かせる彼女は、驚くほど可愛かった。
そうなんだ。僕が見たいのはこの笑顔…徐々に寒さが消えていくのが分かる。
「そうだ。飲み物買ってきましょうか?」
僕は肉まんをすべて食べ終わると、待っててくださいと言って、猛スピードで温かいコーヒーのボトルを買ってきた。
「望月さんは、いつからコーヒーがお好きなんですか?」
「僕、高校生の時から大好きでずっと飲んでます」
彼女はボトルに手をすりすりさせながら、白い息を吐く。
「望月さん、私が作るコーヒーいつも美味しいって言ってくれるじゃないですか」
「はい」
「でも、最近思うように味を出せなくて。お客さんの反応とかすごく気にしちゃって…。望月さんは、私が作るコーヒー本当に美味しいと思ってくれてますか?」
「も、もちろん…!嘘はつきませんよ」
「本当ですか…?」
不安そうに見てくる彼女に、僕は微笑んで言う。
「本当です。だって好きな人が淹れてくれるのは美味しいに…あっ」
「え?す、好きって…?」
しまった!堂々と好きって言ってしまったぁ…!
「あ…す、すみません!今のは…えっとー」
焦る。さすがに焦る。
しかし、横の彼女はわけがわからず固まっている。
「そろそろ…!行きましょうか!」
「はい…」
僕は焦りと緊張ではち切れそうな想いをぐっと閉じ込めながら、イルミネーションが光る場所まで藤崎さんと歩いた。
一面に咲く花が薄暗い夜の中で光を放つ。
木も色鮮やかに彩られ、幻想的な光景を見せてくれる。
光のトンネルに入ろうとするところで、僕が藤崎さんを呼び止める。
「藤崎さん!」
振り返る。
「あの…その…」
言いたいことがある、でも恥ずかしくて言えない。きっと断られるだろうって。
でも…一歩ずつでも距離を詰めていきたいんだ!だから…
「僕と…手を繋いでくれませんか?」
こんなこと、人生で言うことなんてないと思っていた。女性と手を繋ぐなんて、彼女と出会うまでは夢にも思わなかった。
藤崎さんは人差し指を唇に当てながら、答えを探している。
そしてゆっくりと僕に近づくと
「はい…」
と言ってくれた。
嬉しすぎて泣きそうになる。
「じゃ、じゃあ…」
僕は静かに手を伸ばすと、彼女の左手をそっと優しく握る。
その手は震えていた。
はじめて触れた。
こんなにも綺麗で白く柔らかい手に触れることが出来たんだ僕は…。
好きな人の手は、温かくてずっと握っていたかった。
「恥ずかしいですか…?」
「当たり前です…!」
熱を出したみたいに真っ赤な頬を見て、僕も顔を上げていられなくなる。
「行きましょうか」
それでも、隣の好きな人の温もりをしっかりと感じながら歩きはじめる。
眩しい光に包まれる僕ら。
気持ちは、夢なんじゃないかと思うほど幸せで溢れていた。僕はこれがしたかったんだ。
「藤崎さんは…誰か他に手を繋いだ男性とかいますか?」
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「え…すみません」
「いえ…望月さんがはじめてですけど」
そっか…僕がはじめてなんだ。
今までこんなに可愛い人に彼氏がいないはずがないと思っていたけど、勇気を出してよかったと今更ながらしみじみと感じる。
本当の気持ちを言いたい。
好きですって…あなたが大好きだということを。今日しかチャンスはない。
「綺麗ですね…」
「そうですね…そ、そんなに見ないでください…!」
彼女はふて腐れるように反対側に顔をそむけてしまう。
「す、すみません…!」
でも、仕方がないことだ。あなたが可愛すぎるから。
トンネルを抜けると、噴水が流れる広場に来た。
水の音が、暗がりの光に紛れ込んでいく。
「そうだ。写真撮りませんか?」
僕は携帯を取り出す。
彼女は恥ずかしそうにしているけど、嫌とは言わなかった。
「こ、こんなに近距離で撮るんですか…?」
「あぁ…!すみません」
「謝らないでください。大丈夫です…」
カメラのシャッターを押す。
「可愛い…」
僕はボソッと呟く。
「どうしたんですか?」
「いえ…!なにも」
僕は携帯をポケットにしまうと、また彼女の手をきゅっと握り締める。
もう時間がない、今日こそは…今日こそは!絶対にこの想いを伝えるんだ。
この後僕らは、公園を一周しながらイルミネーションを満喫し、修先生の本の好きなところ、家族のことなどを話し合った。
「僕の友人、本当に恋愛話が大好きで。一度はじまったら止まらないんですよ」
「そうなんですね。私もそういうの得意気に話せればよかったのに」
いいんだよ、藤崎さんはそのままで…。
僕は、こういう藤崎さんに恋をしたのだから。
時間が過ぎるのはあっという間だ。気づけば七時を回っている。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ…」
藤崎さんは恥ずかしそうに顔を横に小さく振る。
「それじゃあ…また今度」
反対方向に歩き出す。また会えるのに、こんなに切ない別れなんて嫌だ。
「あの!」
だから、たまらず呼び止めてしまった。
振り返る彼女は、少し緊張している様子だ。
「言いたいことがあります!」
「なんですか…?」
手が震えて止まらない。
言いたい、この想いを今すぐに届けたい…!でも、ここで終わってしまうんじゃないかって…心配が僕を追い打ちする。
「僕は…僕は!み、藤崎さんのことが…」
目も合わせられない。
だけど…言わなきゃなにもはじまらないぞ望月京水!
「藤崎さんのことが…」
下っ腹らに力を込めて、精一杯の声で叫ぶ。
「出会った時から好きでした!」
言ってしまった。
恐る恐る顔を上げると、美雨は目を丸くしながら驚いた表情で僕を見つめている。
でももう止められない。
「だから…僕と、付き合ってほしいです!」
あまりの緊張で頭が真っ白になりそうだった。
けれどずっと言いたかった想いを、ようやく伝えることが出来た。
藤崎さんが近づいてきて、焦ってしまう。
だめだ、今度こそ断られる。失敗した。これで僕らが会えるのは最後になってしまったのか…。
「考えてもいいですか?」
「え?」
僕はその言葉に困惑する。
「望月さんのその想い…考えさせてください」
断られなかった…?いや、まだわからないけど!
「いいんですか?あぁ…違くて!考えてもらえるんですか?」
「はい」
彼女は小さくうなずく。
この時点で断られると思っていたから、なぜか嬉しくてたまらなかった。
「ごめんなさい…明日仕事なので」
「あぁ…!すみません」
「それじゃあ」
「はい…!」
藤崎さんは一礼すると、足早にその場を去っていった。
「もしかして…」
まだわからない。でも…あるかもしれない。
僕は後ろ姿が見えなくなるまで、彼女の背中を見つめ続けるのだった…。
嘘だ…。
本当に告白されるなんて、さすがにそこまでは考えていなかった。
あんなに堂々と告白されるなんて、いくらなんでも考えられない。
「まじかぁ…」
美雨はそう呟きながら、前だけを見つめ家に向かって歩く。
そんな、しばらく歩いている時だった。
突然、激しい立ちくらみに襲われた。
立っていられず、思わず地べたに座り込んでしまう。
「大丈夫ですか?」
通りすがりの男性に声をかけられる。
「大丈夫です…」
美雨は一人で立ち上がる。
嫌な予感がした。今までにない、体の重み。
「まぁ…さすがに?」
美雨はそう言うも、急なだるさと頭痛にむかむかしてくる。
きっと告白のせいだよね。絶対そうだ…。
しかし家に着いても、頭痛は収まらない。
しかも悪化している。熱を測ると、三十七度だった。
「はぁ…」
告白に熱…最近いろいろありすぎだ。
でも…
本当は考える時間なんていらなかった。
だって私だって、本当は…
「望月さんのこと好きなのに…」
声に漏らしてしまうほど、美雨も京水に想いを寄せていたのだ。
「だめだ、具合悪い…」
もう何もする気にならず、夜のしたくだけ済ませると、美雨は明日の仕事に備えて静かに眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます