第4話 四

 どうやらこの短い物語も終わりを迎えているようです。彼女の私生活をお見せできるのはここまでです。私はともかく……貴方がたもそれなりに有意義な時間になっていたら幸いです。

 ……え? 私は結局どういう存在かって? 

 確かにそれは気になりますよね。でも、ここまでお読みいただけたのなら、貴方は薄々私の存在に気が付いているのではないのですか?

 もちろんこれは佐藤さんに問いかけているわけではありません。貴方です。読んでいる貴方です。

 では最後に少し、私の話を致しましょう。

 私の名前は高橋良治たかはしりょうじ、年齢は四十五歳。この物語の佐藤さんと同じくまぁ、無難な名前な男です。高橋なんて同級生にどれだけの人数いたことか……。

 そして私の容姿は残念ながら少し肥満体系です。これは学生の時からそうでしたが、このせいで私は小中高といじめを受けました。デブだブタだと罵られ、臭いと気持ち悪がられ。彼女は愚か、友達すらも居ませんでした。近寄る人は最早勇者。誰一人として私に近づこうとはしませんでした。

 それはもう酷い学生時代でした。

 そんなこともあってか私はひきこもりがちになっていきました。

 痩せる努力もしたのですが時すでに遅し。元々私って太りやすい体質で、いじめを受ける度に食べてしまい痩せるのは不可能だと悟りました。

 そんな私は当然良い大学に行ける筈も無く、どんどんと落ちぶれていきます。母から見放され、私よりも容姿が若干まともだった兄からはいないものと見なされて。それはもう辛いを通り越して、何も感じなくなっていきました。

 しかし、そんな私の生活にも転機が訪れます。

 私は当然のようにブラック企業に入社して社畜ライフを送る事八年。新入社員として入社した一人の女の子、Aさんが入社してきました。

 Aさんは私と比べていわゆる陽キャの様な存在にも関わらず、私みたいな変な体系の男にも嫌な顔せず話しかけてくれました。そして、そんなAさんの教育担当に私は任されました。

 私は天にも昇るような気持ちでした。

 私は距離感を間違わないようにそっと、そして時にはフォローをして「高橋さんって優しいですよね」と言われるまでの間柄にまで発展しました。

 もちろん何か特別な関係という訳ではありませんでしたが、私にとってその一言だけが今までの人生を帳消しにしてくれるほどの破壊力を有していました。

 それからも気づかれないように彼女の仕事のフォローや仕事で出来なさそうな事を請け負い、彼女に出来るだけ好かれるように努めていきました。

 ですが残念ながら、そんな華の様な日常は突然音を立てて崩れ落ちていきます。

「高橋君……君、彼女につきまとっているそうじゃないかぁ?」

 突然の上司からの一言。

 私は言っている意味が解らず焦りました。

 セクハラやモラハラなどは持ってのほか、そんなことは一切やっていないと断言できます。余計な接触や話し掛けも行わず基本受け身姿勢。

 適度な距離で最大のバックアップ。

 これを意識していた、出来ていたはずです。しかし――

「彼女から退職の意を伝えられてね……理由を訊いたら、君が必要以上に彼女の事を視界に捉えていたそうじゃないか。何かにつけてチラチラと……。もちろんこんな事で? と私も思ったけれど、こればっかりは彼女がそう言っている訳だし……。もう気持ち悪くて出社もしたくないそうだよ? 君、どうしてくれるの?」

 ぱあんと私の中で何かが割れる音がしました。


 それから私はまたひきこもりに戻ってしまいました。

 会社は辞め実家に戻り、今まで通り自室で布団から出ない毎日を過ごしました。

 ある日私はSNSで会社の社員のアカウントを見つけて覗いてみる事にしたのです。何気ない行いが私を変えました。

 そこには彼の日々の恨みつらみがつらつらと記され一見変哲もないアカウントでした。私は数少ないフォロワーにどんな人たちがいるのかとボタンを押すと、その先にとある人の名前を見つけました。

「Aさん……」

 そこには彼女らしきアカウントがあって鍵は……ついていませんでした。

 私はゴクリと唾を飲み込みます。

 ゆっくりと指でスライドして行き、そして彼女が辞めたと思われる日の前後のつぶやきを見て私は絶句しました。


『ブタさん先輩が理由で簡単に辞めれたー(笑顔)、でっちあげでもなんとかなるなんて、会社ってちょろいねー笑』


 それから私の記憶は曖昧になりました。

 しかし唯一続けていたのは彼女のアカウントを監視する事でした。それから一年、私はひたすら彼女のつぶやきを監視し、ついに有益な情報を得る事に成功しました。


『〇□会社のメンバーめっちゃ顔面偏差値高め。ここに転職できて良かったー』


 私は気づいたら駆けだしていました。

 私の今の感情。これは一体何なのでしょう?

 喜び? 悲しみ? 怒り? 苦しみ?

 いや、何だろう。これは違う気がします。私は言い知れぬ感情に突き動かされながら私はひた走りました。

「……居た」

 彼女の姿を見つけた私は、彼女の事を兎に角視界に入れて、そして――

 後を追う事にしてみました。

 自分のしていることの意味なんて、この時から既に深く考えなくなりました。失うものは何もない。だからわたしはひたすら後を追う事だけをしました。

 興味、それが私を突き動かす原動力でした。

 一日目。彼女の姿を会社前で見つけ退勤の様子を観察しました。この日は会社の社員さんとご飯でしょうか。親しそうに腕何か組みながら街中を歩いていました。近くの居酒屋で終電ギリギリまで飲むと彼女はタクシーを使って帰宅しました。

 最近理由もなく前の車を追ってくださいという指示をタクシーの運転手にすると高確率で怪しまれてしまうそうなので今日はここまで。

 二日目。今日は昼に近くのコンビニでご飯を買いに行っているようです。パスタサラダとスムージー。彼女はそれだけ買って会社に戻ります。私も同じ物を購入し近くの公園で食べました。

 美味しかったです。

 三日目。三日目でようやく彼女は普通に電車を使って帰宅したので、彼女の家を特定することが出来ました。意外に簡単な事に驚きましたが別に気にしません。

 それにしても彼女、まったく背後を気にする素振りを見せないのはどうなのだろうかと思いました。人気のない道も歩けば、スマホに集中し前方の人とも何度かぶつかりそうにもなっていますし。

 しかし三日目で家の特定が出来てしまいましたが、私は一体何がしたいのでしょう?

 その問いは直ぐにわかりました。

 七日目。彼女はどうやらイヤホンを忘れたのか今日は帰宅時イヤホンを付けず電車の窓をぼんやりと眺めていました。距離は約一メートル。彼女に話しかけられる距離で私はただ彼女を見ていました。

「……!」

 彼女が振り向きました。急いで私は目を逸らしました。ばれてしまったのかと思って心臓の脈が強くなってきます。

 一度振り向くことを覚えた彼女はその後もちらちらと後ろを頻繁に振り向くようになり、私は、私は……。

 ――ドキドキしました。

 彼女の最寄り駅に着いて暫く、彼女は家に向かう途中、何かに気が付いたようでスマホで何かを検索した後、ふっと後ろを振り返った時。

 彼女と目があいました。

「……え……? 高橋さん?」

 私はその時の光景を一生忘れないでしょう。

 私と目があった彼女。彼女の浮かべる驚きと絶望で歪んだ顔を見て私は、私は……。

 ――興奮しました。

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