第2話 二
貴女は広い意味での『背後の存在』を意識することに成功しました。
物理的、間接的でもなんでも良いです。兎に角今は貴女の背後には常に何かしら、誰かしらがいるという事を忘れないで頂ければそれで十分です。
今日も貴女はいつもと変わらず出勤をしています。
おや? 今日はどうやら前方が騒がしいですね。
では今日は少し前方を気にしてみることにしましょう。
前述でも言った通り、貴女だけではありませんが大半の人々はスマホばっかりに気を取られ前方すらも疎かになっています。見えているのは斜め下ぐらい。これでは事件や事故に反応するのに出遅れてしまいます。
貴女の利用している駅は今日も相変わらず人が多く行き交います。スーツ姿の男性やオフィスカジュアルの女性、私服姿の大学生やランドセルを背負った小学生。沢山の人が駅を利用し、貴女もその内の一人です。
途中貴女は前方を少しだけ意識していたという事もあり、連続回避本能を発揮しフェイントをかけあっていましたね。
掛け合った当の本人たちはどこか居心地悪そうにしていましたが、私からしてみたら貴女のフェイントは某有名サッカー選手を彷彿とさせる動きで思わず見惚れてしまいました。
来世では日本屈指のドリブラーを目指すのはいかがでしょう?
こほん。すみません、話が逸れました。本題に戻ります。
駅のホームにはこれまた多くの人がいます。貴女は若干の歩きづらさを感じつつ歩いていると、ふと貴女の一人挟んで前の女子高生に目が止まりました。さあ、少し見てみましょう!
……べ、別に私が女子高生を好きだから見たいのではありませんよ! 決してそういう訳ではないので悪しからず。
貴女の一人挟んで前にいる女子高生はどうやらこの辺りでは有名な女子校の生徒で、染髪も施しバックもド派手。制服は着崩されてそして——
ここで貴女は反射的に目を逸らしました。これは誰しもそのようにすると思います。貴女は正しい行動をしたと思います。
では、何故、貴女がそういう行動をしたのでしょうか? 理由は簡単です。その女子高生のスカート丈。少しでもズレれば中が見えてしまうほどの短さだったからです。
貴女は心の中で思いましたよね「女子高生、凄いな」と。
貴女はこの時同じ女性の立場になって考えてしまったのでしょうね。極力女性でも見ないように努めようと。もちろん、この場合仮に貴女が見てしまっても何も起きたりはしません。しかしやはり、無断で隠されている部分を見てしまうのには気が引けたのでしょう。
わかります。
でも、今回はそれがいけなかったようです。
「ちょっと君、いいかな?」
私と女子高生を隔てていた人物。この時は黒いパーカーにベージュのチノパンを履いていた男性が、私服姿の男性二人組から声を掛けられていました。
いきなりの事に男性もそして貴女も、何が起きたのか判らずにアタフタしています。
なので貴女は情報収集に努めるべく歩くスピードを抑えて耳をそばだてました。全容をここに記しましょう。
「君、今前の女子高生のスカートの中盗撮したでしょう?」
「し、してないです!」
「本当かい?」
「本当です! 信じてください!」
「そうか。ならスマートフォンの写真一覧を見せてくれないかな?本当にやっていないのなら見ても構わないよねぇ?」
「あ……え、それは」
「どうしたんですか?」
「あぁ、いや。その……」
「まぁいいや。取り敢えず僕らについて来てくれるかな? お話聞かせてもらってもいいかな?」
「本当にやってないんです! 信じてください!」
どうやら前方の彼は盗撮魔の様で私服警官に取り押さえられている様ですね。まぁ仕方ありません。盗撮は犯罪ですからね。然るべき罰を受けなければなりません。絶対に。
そんな彼が後ろを振り返りました。突然の事に貴女は驚きます。急に後ろ振り向かれると皆驚きますよね。この前もそうでしたが。
そして彼と貴女の視線はぶつかりました。
「あの! あの、すみません。僕、やってなかったですよね? 後ろにいた貴女なら僕の事見ていましたよね?」
急な問いかけに驚く貴女。パクパクと口を開いたまま硬直しています。その成り行きを見ていた警官は一瞬視線を貴女に寄越しましたが、貴女が何も答えないのを見て彼の手をぐっと引きました。
「何とか言ってくださいよ! ねぇ!?」
「ほら、いくぞ」
そのまま彼は終始叫び声を上げながら警官に連行され姿を消しました。見られていたと思われる女子高生には私服の女性警官が話しかけてフォローをしてあげていました。
このように背後というのは時に重要な意味を持つ時があるのですよ。これで少しはご理解いただけたかな?
貴女の心拍数はどんどん上昇していきます。何故かって?
それは少し理解したからじゃないですか?
もしかしたら本当に彼はやっていなかったかもしれないということに。
そうでしょう?
ね? 後ろ、気になって来ませんか?
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