8.意識の底
倒れ伏す北条の意識は記憶の底へと向かっていた。
――――――
「ねぇ。どうしてあの子の話、受けたの?」
裏庭の日陰、小さなベンチで本を読む彼に、マリアはそう聞いた。
「目的は変わらない。消えた月を灯し、生命の流れを元に戻す。その為には軍へ行き力を蓄える事は必須だ。能力祭には軍の関係者も出席する。故に絶好の機会だ、力を示す事でオレの価値を知らしめる事が出来る。そしてそれは、オレ達が行く道の重要な一歩になる」
「私達、ね…… 」
「ああ。だから決して躓く事は出来ない。決してな」
――――――
――そうだ…… 此処で躓いては居られない。
二度目の感情の中に彼は居た。
心の奥底から湧いて出るこの感情は、やはりどれにも当てはまらず。
やはり一つの方向に極まり、際立とうとしていた。
――誰よりも、世界の為に。
感極まった人間讃美の果て。
――何よりも、ヒトの心の美しさの為に。
コレが、彼が辿り着いた感情の終着点。
――そして全ては、彼女の泥に咲く蓮の為に。
見ろ。心だ。心が燃えているのだ。
耳を澄ませば焼き切れる程に。
見ろ。蕾だ。花が開こうとしているのだ。
再び。
『8―――― 9―――― おおっと!ホウジョウ選手立ち上がりましたーーー!!』
「何だ……?まだ、動けるのか……?」
また、こめかみが熱くなる。
極夜の闇より深く、彼の右腕はひび割れた。
火よ。火よ。饒舌に吹き上がれ。
そうだとも、あの炎は骨の芯から燃えている。
―― S T A N D O U T ――
色、際立つ。
彼のひび割れた腕より吹き上がる炎は、花弁の如く舞い始めた。
その内、花弁は極夜の闇にひらりと止まりアカく咲き誇る。
極夜の闇に、満開の【花炎】は何処までもアカく、空気は焦げていく。
灰色だった武舞台も瞬く間にユウアキネの花で埋め尽くされ、アカく塗り替えされた。
そして、大樹を思わせる巨大な火の根が四本、空を支える柱の様に天高く伸びていく。
嗚呼、極夜に染みて行く、世界がアカく暮れていく。
――――――
少年はこれが色の際立ちだと言う事を心で実感した。
北条は、色の扱いに置いて自身の遙か下に居ると考えていた少年だったが、今、ソレが間違いであったことに気が付く。
「焦げそうだ……何もかもが此処で」
静かにつぶやく北条その言葉ですら熱を持ち、少年の輪郭を焦がした。
汗など出た端から熱が拭い去っていく程に熱い。
それでも少年は恐れず、剣を構え、走る。
「そうか、向かってくるのか」
【螺旋行為】
彼が色を纏えば煙る輪郭は螺旋の力を持つ。
彼はまだ熱いこめかみに触れ、火種を取り出す。
そして螺旋の力を火種に注ぎ照準を少年に合わせ、放たれた。
その瞬間だった。
「!?」
少年の持つ感覚全てが赤信号を鳴らし、全身全霊を持ってあの螺旋を躱すようにと懇願した。
考えるよりも先に少年の身体は動き出し、辛うじて放たれた螺旋を躱す。
少年が思わず螺旋の軌跡を目で追うと、避難してヒトが居なくなった観客席に大穴を開けたどころか、ソレが今度はゆっくりと右回りに回転を始め、そのままねじれ果てた。
――ヤバイ……アレは……あの螺旋だけはヤバイ……色じゃ受けきれねぇ……!!
「余所見か? 余裕だな?」
背後に立つ北条は、炎が吹き上げる右手で友人の肩でも叩くかの様に軽く少年の肩に触れた。
「うあぁあああああ!!?」
その途端に少年の身体は炎によって包まれる。
ユウアキネの花畑の上でもだえ苦しみながら、やっとの思いで色を纏い、炎を自身の身体から切り離して抜け出した。
「て……てめぇ……!」
怒れる少年になど北条は歯牙にも欠けず、淡々と腕を振り下ろし合図を出す。
花を散らしながら少年に振り下ろされたのは、天まで太く伸びる一本の火の根だった。
咄嗟に大剣の平で受け『引』で衝撃を散らすが、根に比べて剣は余りに薄く、少年の体は余りに小さかった。
根の質量に耐えられるはずも無く、その肉体は花畑に叩き付けられた。
少年の意識が激しく揺れ、視界に写る花は何重にもブレて見える。
それでも少年は剣を支えにしながら立ち上がろうとするが、根が再び少年に向かって振り下ろされる。悲鳴にも似た歓声と振り下ろされた根の重低音が闇の底に響く。
根がゆっくり持ち上がり、倒れ伏した少年が再び見える。
『グライス選手!! 今度こそ動けないかぁあああ!!?』
驚く事に、司会がカウントを始めると少年は立ち上がった。
が、その度、根が振り下ろされた。
二回、三回と繰り返す内に舞台は大きくひび割れ、少年が立つ地面は大きく凹み、叩き付けられた衝撃と飛び散った舞台の石片で少年の体は傷付き、血が全身から止め処なく零れ落ちていく。
衝撃を受け続けた大剣の刀身は激しく損傷し、直ぐにも砕け散ってしまいそうだった。
あと一度、あの根が振り下ろされたのであれば全てに決着が付くであろうという事は、誰の目にも明白だ。
唯一、少年の目を除いては。
不屈が宿る少年の瞳は、只ひたすらに目の前の燃え盛る男を捉え、血にまみれた体を引き摺り、前へ、一歩、前へ、向かって行く。
北条は静かに少年を見据え。燃え盛り、花炎が吹雪く右手をゆっくりと振り上げ――下ろす。
情緒も無く、根は再び少年目掛けて振り下ろされた。
少年は辛うじて剣で受けようとしたが、遂にソレは砕け、圧倒的な質量を持った暴力に少年は為す術も無く押しつぶされた。
しばらくの静寂の後、根が退かされた。
決定的だ。少年の左半身の骨は砕け、叩き潰された虫のように血みどろ、見るも無惨な姿に成り果てていた。司会は戸惑うも、動かなくなった少年を見てカウントを開始する。
『え、えっと……1、2、3、4、5……6……7……あ……ああ……』
会場中の人間が息を呑んだ。
大きすぎる力を前に、羽虫の如く叩き潰された只の少年が、まだ立ち上がろうとする。決着は付いたも同然だというのに。
誰も分からなかった。その理由が。
故に少年を問う者が居た。
他でもない、少年の心が、少年の意識に向かって問うていた。
『キミは何故、まだ立ち上がろうとしているんだい?』
――何故?
『そう。何故。もう、十分だ。もう、終わってる。それなのに、何故?』
――勝つ為だろ? 決まってる。
『……例え" 親孝行" の為だとしても、これ以上キミの身を犠牲にする必要があるのかい?勝つ必要なんて無い筈だ。あの人と引き合わせたいなら、キミがしっかりと事情を説明して―― 』
――ああ、そうだろうな。アイツは人間って奴が出来てるから、頭下げて頼めば、負けても多分頼み事の一つや二つ聞いてくれるだろうな。でもな、それじゃ駄目なんだよ。
『……分からない。キミはあの時、ベッドで彼女を殺したいと思う程憎んでいたし、悲しんでいた。彼女の記憶に突き動かされて此処まで来たけど、殺意や悲しみが消えたわけじゃない。キミは今もそう思っている。それくらいに、彼女はキミに対して一方的で排他的だった』
――……今もスゲェ悲しいし、スゲェ殺したいって思う。間違いなく憎んでる。だってよ、勝手すぎるだろ。何もかも。人の事勝手に拾って、勝手に苦しんで塞ぎ込んで、俺を見る目は何時だって誰かを重ねて、居もしない誰かを俺の後ろに見てる。そんでもって約束も守らず、今日死にますだもんなぁ……はは……笑っちまうぜ。
少年は、砕けた大剣の柄を握って地面に突き刺し、それを支えに渾身の力で立ち上がる。
『その通りだ。だからこそ、分からない。何故、向かって行くんだい?』
――俺が言ったんだよ。
『え?』
――俺が勝ちたいって言ったんだ。それで" あの人" は自分の最後を俺の為に使ってくれたよ。一ヶ月……それを、勝てなかったで終わらせるのかよぉ! 無駄にすんのかよぉ!
『無駄になんてならない。過ごした時間は記憶に残り続けるだろう?それは十分に価値だ』
――ちがう。勝って初めて価値になるんだ。無駄じゃ無くなるんだ。いいか、よく聞きやがれ、いくら体よく解釈しようが! 綺麗事で纏めようが…… 俺は……死ぬまでそう思う……! あの時間の全ては、今此処で勝つ為なんだよ! アイツに頭を下げに来たんじゃねぇ!
少年は転生者の方へ向かって体を引きずりながら進んでいく。
あれだけ紅かった足下の花畑は、今や白く咲き代わり、反対に少年が流す血が花畑にアカイ一本の道を作っていた。
――……だから、勝たせてくれよ……後悔も憎しみも何もかも消えるくらいの価値をくれよ。あの人への全部を塗りつぶして……これでいいって思わせてくれよ…… なぁ……なぁって。
少年は懇願する様に、震えた手で砕けた大剣の切っ先を転生者に向け、尚も進む。
花々は一層白く咲き乱れ、辺りは白く染まる。
残ったアカは少年の血と転生者の炎だけだ。
「満開――逆ノ蓮花」
何時しか咲いていた蓮の花が廻り、転生者から放たれた白い螺旋は、舞台の大部分ごと少年を貫いた。少年の体から無数の蓮が生え、その身体はゆっくりと、白い花が咲く舞台の瓦礫と共にゆっくりと――極夜の空に昇っていく。
体に生える蓮は少年の体内から酸素を奪い、少年は意識の底へと沈み始めた。
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