7.起爆地点

 火種が弾け、生まれたのは顔の無い鹿。

 印を結び、紅く透ける火の根で編んだ偽りの獣。


 北条が念を送ると、鹿は依然火の根を捌く少年に向かって走り出す。


「うおっ!? 何だコイツ!」


 突如現れた鹿に動揺し、少年の動きが鈍る。


 鹿は張り巡った根を足場に跳ね回りながら根の攻撃に遭わせて突進し少年を攪乱する。


「甘いんだよッ!」


 だが、三度目の突進は少年の刃に捉えられ鹿は両断される。


「――貴様もな」


 少年の意識が削がれるタイミングに合わせ、北条は背後を取り色を乗せた拳を打つ。


 完全に不意を突かれた少年はとっさに色を『纏い』半身はんみになるが直撃は避けられない。


 ――問題ねぇ。受けきれる『引』も使えないコイツの色なら!


 だが、少年の予想を裏切りアカイ拳はその輪郭を灰色に寄せた。


「がッ!?」


 反発を中和。

 脇腹を突いた拳は少年の肋骨を砕いて意識を揺らし、大剣は手元から落ちる。


 少年の身体も横に倒れていくが、地面に体が衝突するよりも先に色を『纏った』事で雨の様に降る灰色が舞台を波紋させ、少年の身体舞台の中へを潜らせる。


 舞台の石の冷たさに触れた少年の意識は覚醒し、そのまま舞台の裏側から這い出て『引』を使い、地を天にして逆さまに立つ。


 ―― あ、危なかった。まさかあの短時間で感覚を掴んで『引』を使ってきやがるのか。ムカつくぜ、こっちは使えるようになるまで相当時間掛かったってのによ。


「なんだ……煙……?」


 反撃の手立てを考えようとしていた少年の身体をアカイ煙が包んだと思うと、ソレは即座に少年を縛る煙の縄へと変わり、強靱な力で舞台を砕きながら強引に表舞台に引き戻された。


「身体に触れた時点で【煙根】が貴様を縛る条件を満たしていた」


 少年の『纏』は物体をすり抜け、北条の『纏』は物体を縛る。


 釣り上げられた魚の様に少年は宙へ舞い上がると、槌を振り下ろすが如く勢いで北条は少年を堅い舞台へ激しく叩き付ける。


「ぐはっ!!」


 少年も『引』を使い衝撃をある程度はいなすが、コレが後四回も続けば間違いなく戦闘不能に陥るだろう。少年は煙の根を千切ろうとするが、それは煙であるため触れられない。


 四苦八苦の合間にも、再び北条の豪腕に引きずられ今度は観客席の観客ごと叩き付けられる。


『リングアウトー!! カウントダウンが始まります! グライス選手! 絶体絶命か?!』


 少年は体勢を整える間もなく身体を引かれ、振り回され、遠心力と宙を踊る。


「く……クソがぁ……!」


 凄まじい速さと重力で三半規管が狂い始めていたが、それでも少年は諦めず機会を伺う。


〝がっしゃぁあああん!!〟


 そして三度目、少年は" 安い花" と書かれた巨大なネオンの看板に叩き付けられ火花が散る。

 破片が背面に突き刺さり血塗れだが、少年は煙根の『支配』密かにを完了させ、切り離した。


 ――切り離しただと……物理的には不可能なはず……いや、奴の色の素質故に可能なのか!


 激しく点滅を繰り返すネオンの看板と共にカウントダウンは八を迎える。


「グフッ……はぁ……はぁ……! 天才が……なめやがって……!」


  ――どうするよ。このまま戻った所で同じ事の繰り返しになるぜ……何か手を……いや、そうか、手ならある。既に一つ。てめぇの色、火種、利用してやるぜ。


 平衡感覚を取り戻した少年の逆転の閃きに習い、砕けた看板も正常な動作を思い出す。

 

 カウントが十を迎える前に少年は描駆で武舞台へ戻る。

 描駆の衝撃で足場となった掲示板は完全に破壊され暗転する。

 勝負の分かれ目は此処だ。


「覚悟しろよホウジョウ、反撃開始だぜ?」


 少年が舞台に戻ると北条は再び色を『纏い』己の輪郭をアカく煙るらせる。

 ソレは、多彩な植物の形を無作為に成し、生まれては枯れる様に風に消え、輪廻の如く繰り返されている。舞台に仕込まれた火種もまた紅く輝き少年をいつでも狙撃可能。彼にとって正に盤石の布陣。


「ふん、戻ってきた所で同じ事だ……今度は武器も拾わせん」


 北条はそう告げ、先程と全く同じ手順で火種を発芽させると、根を操り、一切の隙間無く少年を囲ませ閉じ込めた。こめかみから火種を取り出すと、最大火力を以て少年を戦闘不能にすべく色を火種に注ぎ、空間に植え、そして、弾け―― 。



『―― おいし、そう』



〝ばくん〟



 北条の背後から現れ、弾ける寸前の火種を喰らったのは少年の砕けた才覚であり己尸ディウマ


「【不明爆弾】ソイツの好物は―― 色だ」


 大量の色を一度に喰らった己尸はひび割れて膨らみ、不敵に口を嗤わせる。


「しまっ――」



『ぼかん』



 炸裂。



 紅の爆炎が爆弾の内側から食い破って現れ、爆炎は一瞬の内に舞台全てを飲み込んだ。


 熱波は会場中の照明を破壊し、流動する爆炎は天高く舞い登ってキノコ傘を開き、破壊をもたらした爆弾の顔に変化した。ソレは舞台に向かって直下し、巨大な口で舞台を飲み込んだかと思えば、紅い爆炎の全ては瞬時に熱を失い、光りを遮る真っ黒な爆煙へと変化する。


「上手くいきすぎたな。まさか、シェルターまで貰えるとは思わなかったぜ」


 爆発の直前、少年は北条の根によって覆われていた為わざわざ色を纏って舞台の裏側に退避する必要がなくなった。爆弾の炎は主人を避けるが炸裂時の熱波と衝撃波はその限りでは無い。


 少年は自身を囲った根の檻を色を乗せた拳で破壊すれば、黒煙が身体を飲み込む。


「けほ……己尸はオレの一部、この煙もだ。居場所は分かってるぜ、ホウジョウ」


 そうつぶやき、少年は黒煙の中を進んだ。


 一方、爆発の衝撃に意識を飛ばしていた北条が黒煙の中で目を覚ます。


 爆発の直前に色の大半を使って防御に徹したがそれでもダメージを抑えきることが出来なかった。彼の左腕は石片が突き刺さり血塗れで骨も折れたのかだらんとしている。


 聴覚も衝撃によって麻痺、観客や司会の響めきが遙か遠くで聞こえる。


 そんな満身創痍の状況下で北条は自身の視界から色が消えた事に気が付く、色使いすぎた事による一時的なモノだと考えた。


 しかしその考えに反する様に、掌に色を乗せる事ができる。そして彼は、直ぐ側で


「…………」


 整髪料が蒸発し解れ掛かった総髪を北条はいっその事掻き毟り、前髪を下ろした。


―― 落ち着け、相手の思う壺だ。今は勝つことを考えろ、奴は必ず仕掛けてくる。


 北条は色を『纏い』煙の根を周囲に張り巡らせ、簡易的な探知結界を張った。


―― どういうことだ、火種の反応が無い。オレが仕掛けた火種はまだ残っていたはず。爆発の影響で全てが駄目になった?いや、そんなはずは無い。あるとするのなら他の要素だ。


 爆発前、あれほど紅く輝いていた火種の光りは一つ残らず握りつぶされたかの様に無かった。


 それもそのはず、北条が気絶から目覚める僅かな合間に少年が色で舞台を染め上げて火種ごと支配し、その全てを細切れに切り離したのだ。


  ――来るッ!


 煙根を突き抜け、真正面から少年が此方に走ってくる。

 

 互いにまだ姿は見えては居ない。


 十秒、二十秒、経てども互いの姿は未だ見えない程、煙は濃く深い。


 刹那。


 黒煙が揺らぎ、両者近距離にて相見える。


 少年の手には灰色に染まった等身大の大剣。


 北条は紅く尖る火種。


 互いに信頼する武器を握り、いざ。


 ―― 先程の爆弾の様に種を食われる危険性がある以上、ギリギリまで奴を引きつける。場合によっては肉すら切らせろ。奴の武器に、直接、確実に種を植え付け発芽させる。武器さえ無ければこの勝負オレの勝ちだ。


 少年は左手で柄を握り胸の前で水平に構え、右手は剣身を掴み突撃の体勢で北条に向かう。


 北条は使い物にならなくなった左腕を前に、待つ――待つ――まだ待つ――刃が肉を押し込み血が吹き出ようと待ち――確実な距離で右手の火種を大剣に――植えられなかった。


 北条は驚愕の表情を露わにする。


 種を植えようとした瞬間、


 そう、少年も待っていた。


 彼が行動とるその瞬間まで、確実に虚を突ける、その瞬間まで。


  ――やめろよその目、その髪、チラつくんだよ。


 少年は即座に北条の背後をとり、粒子化した大剣を再構成。


 そして躊躇無く、その背中を両断した。


 どさり。


 背面の肩から腰まで一直線の傷から血が溢れだし舞台を染めていく。


「……転生者ってのは、堅くて嫌になるぜ」


 やがて黒煙が晴れ、状況が観客らに露わになると歓声に包まれた。


『け、決着かァーーーー!? 晴れた黒煙の後に、立っているのはグライス選手の方だ! ホウジョウ選手倒れたまま動きません! カウントダウン開始です!』


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