6. 開戦

 少年は描駆で、北条は脚力で、舞台の中央へと向かい始まる肉弾戦。


 互いに攻撃を紙一重で躱し合う。


 一見互角に見える攻防だが、有利に事を進めていたのは少年の側、少年は攻撃と回避をこなしながら足場である武舞台を薄く灰色に染めていた。


 そして、少年は一歩前に踏み出し軸足を作りながら、大きく足を振りかぶって蹴りの姿勢を取る。


 北条も防御の構え取るがまさに術中、少年は染めた足場から硬さを切り離し、柔らかくなった其処を足で蹴り上げると、舞台の石畳は泥水の様に形を崩して跳ね上がり北条の顔面に向かって飛ぶ。


 北条は一歩身を引くが、硬さを切り離したのは少年の足場だけでは無い。


  ――足が沈むッ!?


 柔らかくなった舞台に足を取られ北条は大きく体勢を崩した。

 ソレを見逃すはずも無く、少年は色を乗せた拳を鳩尾目掛けて放つ。

 北条もとっさに色で防ごうとするが―― 。


 ――引。


 少年は色の輪郭を僅かにアカく寄せ反発を中和し、確実な一撃を与えた。


「ぐはっ!」


 ――な、なんだ、今の一撃。確実に色で防げていたはずだ…… 何が起きている。


 鳩尾を押さえながら北条は後方に飛び退く。

 少年はソレを追走し、追撃の機会を伺う。


 ―― ハッキリした事が一つ。スッキリしねぇ事が一つ。コイツは色は使えても、使い方、その基礎を知らない。それから今の一撃、骨の一本でも折れてるハズだ……野郎の身体やけに堅いぜ。


 思考を走らせながら、舞台の端まで少年は北条を追い詰めると飛び上がり、横の軌道から色を乗せた蹴りを放つ。


 だが、その蹴りが届く事は無かった。


 紅い閃光と共に足場から現れた『根』によって。


「!?」

「…… 早々に手札を切らされるとはな――" 発芽しろ" 」


 北条は逃げながら、ポケットに貯蔵していた火種を宙へ放っていた。


 極夜の空。四つの火種は弾け、紅が、横一直線に迸る。


 それらは、うねりながら急速に成長する『火の根』だ。少年に向かって突進する。


「クソッ!」


 迫り来る火の根の一つを、色を強く乗せた両腕で正面から受ける。

 だが、根の勢いは凄まじく『引』を使い踏み留まろうとする少年にいとも簡単に押し勝ち、腕を熱で焼きながら少年の体を端へ運んでいく。

 このままではマズいと判断した少年は更に色を強め反発力を高め、何とか根の軌道をそらし、後続の三本の根も巧みな体捌きで躱し、舞台の内側に身体を寄せる。


 ――『根』の直撃を受けてアレか。通常、液体である根は対象を飲み込むのだが…… 色にはオレの知らない要素がありすぎる。あれからマリアに色について訪ねたが、感覚の言語化が困難な事を理由に質問の殆どは流された。基本的な事だけでも無理に聞いておくべきだったか。


 北条は、特等席で観戦しているマリア(大)に一瞬視線を送る。


 「(あ、こっちみた。がんばれ~♪)」


 暢気に此方に手を振る彼女からやはり助言は得られないと判断し、視線を再び少年に向ける。


  ―― 仕方が無い。詰めの手段が一つ減るが、智慧を得る為だ。出し惜しみはしない。攻勢に出る意思を固めた北条は色を『纏い』その輪郭をアカく煙らせる。


 刹那、武舞台のいたる箇所で紅い光の点が一斉に煌めき始めた。


 その全てが、火種だ。


 ――コ……コイツゥ……仕込んでやがったのか……始まる前からッ。


「貴様を待つ時間はあまりに退屈でな、種を蒔いて暇を潰していた」

「はっ……そりゃ悪かった。ついでに耕してやろうか? 畑仕事は得意だぜ?」

「結構だ。その代わり、肥料になって頂こう。焦げ付いた肥料にな」


 北条が指を鳴らせば十カ所で隆起が起こり、現れた十の火の根が次々と少年を襲う。


 少年は両手両足に色を乗せ、上下左右変幻自在に襲いかかる火の根を必死に躱すが、死角からの一撃に過剰に反応し不用意に高く飛んでしまう。


 宙に浮いたままでは回避行動が取れない。


  ――ミスった!


 だが少年も保険を用意していた。

 それは、舞台に突き立てたままの大剣だ。少年は、瞬時に色の輪郭を大剣に寄せ『引』で根の合間を縫って大剣を手元に引き寄せ、即座に刀身を灰色に染める。


 直後に色を『作用』させ大剣から重さを切り離し、色の反発を避ける為、大剣の輪郭を迫り来る火の根の紅に寄せ――切る――切る――更に切る――時に根を足場や踏み台にしては切り―― 空中で多方向から同時に根が迫れば大剣の『引』を更に強め、大剣が根に引き寄せられる事を利用し、ソレを推進力として高速で回転し乱れ切った。


 切れた根は燃える様に枯れ煙となって消えていく。


『な、なんという攻防戦!! 両者一歩も譲らない! グライス選手が防ぎきるか、或いはホウジョウ選手が押し切るか! しかしながら、彼らの使っているスキルは一体どういうモノなのでしょうか! 私が持つ最高度の『鑑定眼』を以てしても把握する事が出来ません!』


 ――なるほど、色には他色と反発する性質と同色と引き寄せ合う性質を持つのか。道理で、根に触れても無事な訳だ。ソレを利用した加速と防御、色の輪郭を寄せる事で反発を中和し力を一方的に押し付けられる。そして、個々が持つ色の性質と素質も其処に加えられる……か。


 北条は攻めの手を緩めない。


 己の霊紋から火種を取り出し新たな一手を打つ。




「【鹿】」






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