2.入り口
――三日後――
少年は殺され続けた。
初めの内は逃げようと藻掻いていたが、二日目も終わる頃にはその気力すら無くし、現実から逃避し、楽しかった母との思い出の中へ逃げ出していた。
だがそれも、他ならない母の手によって痛みと苦しみと血で徐々に塗りつぶされていった。
許せなかった。
例えソレが、思い出をくれた母親だろうとも。
いや、母親だからこそ許せなかった。
思い出の中でさえ、自分を子供で居させようとしないから。
「これで156回目だ――剣を取れ、グライス」
三度の夕暮れ。
山の岩場は血に濡れ、赤黒い血溜まりに立つ母は蹲る少年を見下ろしていた。
少年は初めて、彼女の声にぴくりと身体を動かせた。
「……カアさんが……悪いんだ……」
そして、血に濡れたその身体でゆっくりと血溜まりから這い出る様にゆっくりと。
「……俺を死ぬほど殺すから…… 痛く殺すから…… 耐えられなくなる…… 」
殺意に任せ、剣を取った。
「学べ。裂けた肉、吐いた血反吐、折れた骨から死を学び、全てを以て私を殺せ」
「言われ無くても、そうするぜ」
殺し合いが始まり更に三日が経った。
少年は幾度となく刃を振るい、母も少年を幾度となく殺した。
「殺意ばかりの愚直な攻撃は私には通じない。この一ヶ月何を学んだ、色を使え、グライス」
母は強く、少年がいくら刃を振るおうとも傷一つ付けられない程の届き得ない高みにいた。
「うるせぇ! 俺の勝手だろそんなこと!」
そう言って大剣を力任せに振るっては蝶の群れに防がれる。
少年は距離を取るため森へと走る。
少年が色を使わないのは、躊躇いからでは無い。
母に手の内を見せない為だ。
いつも先に帰っていた母は知らない、少年の『切り離す』灰色がどう作用するのかを。
故に少年は、母がどう動きどう色や蝶を使うのか、死ぬ事で死ぬ程学んだ。
――足りねぇ。俺には火力が無ぇ。蝶の群れを一瞬で蹴散らせるだけの火力が。まずあの蝶をどうにかしねぇと。考えろ、考えろ、殺すしか無いんだ。もう俺の精神が死の痛みに耐えられない、殺すしか無いんだよ。だから、考えろ。カアさんを殺すんだ。
繰り返される思考や感情の奔流の中で彼女に向けられた殺意や愛憎は徐々にその方向を変え始めていた。
――もし、カアさんを殺せたら。その時は、今度こそ褒めてくれるかな。
研ぎ澄まされた精神は、感情は、今、一つの方向へと向き始め、目覚めるはずでは無かった砕けた才覚が意思を持ち、少年の最奥から吹き上がる。
" 褒められたい" その一心で、少年は今『際立ち』の入り口に至った。
『―― じゃア、バクハツ、しようヨ』
「――!?なんだオマエッ!何処から!」
少年は走る足を止め、森の中、突如背後から現れた存在に驚く。
それは気体でも固体でも液体でも無く泡の様で、ただ丸くただ黒く、全てを喰らう様な尖った口と縫い付けられた瞳で此方をじっと見る、凶悪な形の"爆弾"だった。
『足り、ナインダヨネ、チカラ』
「……その前に、オマエは何なんだ」
少年の問いにソレは大きく口を嗤わせる。
『キミの才覚でアリ砕覚―― 際立ノ鍵――
「不明……爆弾……
『アい』
己尸は頷いた。ソレと同時に少年を追う蝶たちがまた姿を見せ始めた。
「いいぜ、使ってやるよ今すぐにな!」
『色、チョウダイ、沢山ガ、イイ。沢山デ、イイ』
少年は、爆弾をその手に掴み色を注ぐ。
『覚エテ。ドウ、バクハツするのカ、キミは、決メ、られなイ―― キミの、ココロが、決メる』
「はっ! なるほど" 不明爆弾" ね」
少年は色を注ぎつつ蝶に見つからないよう木の後ろに隠れ、母が現れるのを待つ。
――バレてないな。にしても、この己尸ってヤツ、どんだけ色を注ぎゃあ一杯になるんだよ。
少年の持つ色の半分以上を注いでも尚、爆弾は色を喰らいひび割れながら大きくなっていく。程なくして木の側を足音が通った。少年は息を殺し、色を止め、じっと通り過ぎるのを待つ。
――完全に通り過ぎたあと、後ろから一気に決める。一言も発さず、一気にだ。いいな。
そう決意してから心の中で十数え、少年は飛び出した。
だが、母の後ろ姿を捉えた瞬間、爆弾を持つその手はピクリとも動かせなかった。
――クソッ! 何やってんだよ俺ッ! 覚悟は決めただろッ!
自身のチグハグな行動に戸惑っている合間に、母は少年の気配に勘づき、振り返る。
「そうか『入り口』に至ったか……どうした、ソレを使わないのか?」
『早ク、早ク、投げテ』
両者向かい合い、少年は改めてその身から殺意を振り絞った。
「……いくぜ……カアさん」
少年が色を手に『灯』し、高速で一直線に爆弾を投げ放った。
『ぼんっ』
母を間近で捉え、不明爆弾は大きく嗤い灰色の爆炎が内から食い破る様に一気に炸裂した。
その瞬間、蝶が群れとなり身を挺して彼女を守る。
更に蝶達は爆炎が広がる前に押さえ込もうと炎に取り付いた。
だが、爆炎は紅の蝶を燃やすだけで無く、暴力的に喰らい始めたのだ。
爆炎を覆い尽くしていたはずの蝶は数秒の内に喰い尽くされたどころか、その炎は喰らった分更に巨大で凶悪なモノへと変貌した。
『ア、ア、マッテ、マッテ』
――爆炎が追う!?
初めて母が驚愕の表情を見せた。
既に距離を取っていた彼女に向かって、爆炎は周囲の木々や小動物などを食らいつくしながら広がり追いかけていく。
「今しかねぇ!!」
好奇と踏んだ少年は大剣を両手に握り、描駆で後ろから爆炎を追いかけ一気に距離を詰める。
そして爆炎が母の行く手を妨ぎ取り囲んでだのと同時に、少年はその中に突っ込んだ。
灰炎は主人を喰わず燃やさず道を作り導いた。
少年は大剣を灰色に染め上げ重さを切り離して軽くし、左手で柄を握り胸の前で水平に構え右手は剣身を掴み突撃の体勢を取る。
遂に爆炎を飛び出し、母の姿を捉えた少年は勢にまかせ向かって行く。
覚悟を決めた瞳で一心不乱に走る少年を見据え、彼女は腕に色を乗せ防御の姿勢を取った。
灰色に染めただけの大剣では反発し攻撃は通らない。
だが、少年は彼女の腕に触れる寸前で、その剣身を際限なく細切れに切り離し粒子化させた。
「!?」
不意を突いた少年はそのまま彼女の背後を取ると、引で粒子化した剣身を再構成し、上段の構えから一気に剣を振り下ろす。
母は肩から真っ二つに――なったかと思えば、その身体は無数の蝶々となり四散した。
その後、少年の背後で身体を再構成し不意を突こうとするが――感覚を研ぎ澄ませていた少年は、自身の渾身の一撃が必ず躱される事を予測していた。
故に、剣を振り下ろした少年は、彼女が不意を突くより先に、その慣性を生かしまま振り向いて反転し、切り上げの姿勢を取る。
切り上げる瞬間、母は再び少年の決意に染まった瞳を見て思った。
――それでいい……恨んでいるのだろう。憎んでいるだろう。一人きりで、寂しい思いばかりさせて、あんたにとって良い母親には為れなかったから。そうだグライス。全て私が悪いんだ。過去に捕らわれ続けた私が、殻に籠もった私が…… だから私を…… その灰色で
迫る刃を受け入れた彼女はそっと瞳を閉じた。
刹那、剣は血に濡れ、灰炎は切り晴れる様に消えた。
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