4.心の亀裂
「カアさん見てホラ! コレ! 出来た出来た! 超出来た!!」
ノックも無しに開け放たれる書斎のドア。
少年は満面の笑みで母に灰色に染まった花を見せびらかす。
母から助言を貰ってから雲も変わらぬ内にこれだけの事を、おそらく、今までの人
生で一番難しい事を成し遂げたのだ。故に少年には確信があった。
突然の来訪にも動じず本に文章を書く母が、キリよく手を止め此方を向く時は、幼い日に、意味も無い呼びかけにすら微笑みをくれた時の様に、一番好きな顔で、きっと、褒めてくれる。
「……ああ。それよりも――」
〝ピキッ〟
少年の心に小さく亀裂が走る。
目の前に居るはずの彼女が暗く遠ざかって行くような。
気怠げに此方に顔を向けた母からの言葉は「ああ」たったそれだけだった。
たいして興味もなさそうに、そう言ったのだ。もしかすると『支配』というものは、色を扱う人間にとって本当に簡単なモノで誇る事では無いのかも知れない。だが、少年は少なくとも命を失うかも知れないという覚悟すらして成し遂げたはずなのに、その成果に対する言葉が「ああ」という冷めた返事だけ。思い出の中の母親への行きすぎた大きな期待が、現実とすれ違い、軋み、淀む。
「―― 聞いてるか?」
「…… あ、ごめん」
少年は謝りながら、花を持った手を下ろした。
「いや、『支配』はその行程で精神力を消費するからな、慣れない内はそうなるさね。そう、それよりも、作用はさせてみたのか、コレばかりはやってみないと特色が分からない」
「…………作用ってどんな感じ?」
「そうだな。染めた物体の鍵を開く様な解放する様な感覚と言えば分かりやすいか」
少年は顔の前に花を持ってくると言われた通り、染めた花の灰色を解放するように念じた。ふやけた紙が破れるような音がして、花と茎の部分が綺麗に切り離された。
少年はソレを地面に落とさぬようにさっと手を広げて受け止めたが、" ぱしゃん" と形を崩し弾け、残った灰色のヌルい水も、指の隙間からポタポタと落ちていった。
「その花には、個人の特色が顕著に表れる。特色は二つだな。一つは染めた物体を液体に近づける事。もう一つは切断系統の特色だが、花の部分と茎の部分がはっきりと分かれていて、それ以外は何も作用してい無いと言う所から推測するに、物理的と言うよりも概念的に『切り離す』と言うのがこの灰色の特色さね」
「他にはなさそう?」
彼女は灰色に染まったソレをじっと見つめてから答えた。
「…… 恐らくは」
「そっか、これだけか」
――これっぽちが俺か。
「どんなモノも使い方次第さね。まぁ、続きは明日だ。今日はもう、休むと良い」
「うん…… 」
あの高揚感も達成感も今は無く、全てに置いて空虚で悲観的に少年は捉えてしまう。自室に戻りベッドの上で目を閉じれば、思い出の中で確かに己の背骨を支えてくれていた母が、それこそ、切り離されていく様な、得体の知れない孤独が暗闇の中で広がっていった。
その晩は膝を抱えて眠りについた。
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