3.『支配』完了
明くる日、少年は母の書斎へと赴き、恐る恐る色の支配について訪ねた。
「――実は、全然出来ないんだけどさ……コツとか、あったりする…… ?」
それを聞かれた彼女の反応には少年が考えていたような落胆は無く「ああ、そんなことか」と自らの経験と知識を平坦に語り始めた。
「重要なのはモノを理解することだ。色には己を理解する事が必要なように、支配にもソレが当てはまる。此処へ至るまでの歩み始まりと終わり、その理解をする事が支配の理念だ」
「それって、木なら木で種から始まって椅子になって終わったとか、枯れたとかそういうの?」
「そうだ。そうすることで、調和を図り反発を起こしにくくする。そして、必要なのは理解し続けること。だが、理解とは真実である必要は無く、己にとって最も納得に近い
納得と言う言葉に少年は、自身の両手をじっと見つめた。
「まぁ、色々やってみるといいさね」
要領を得た少年は母に礼を言い、自室にて改めて木片の支配を再開した。
呼吸を整え、精神をなるべく統一する。
頭から雑念を排除し一挙手一投足を手の内の木片の為に行う。少年は額に木片を宛て、その輪郭を鮮明に頭の中に描き形を捉える。
「(なんだ……流れ込んでくる……このカケラから……記憶みたいな……大きい木の形)」
幼い子供が耳元で無邪気に語りかけてくる様な歩調で、少年の頭に流れ込んできた記憶はその木の一生だった。少年は記憶に耳を傾け、聞く。
小さな種からどれだけの年月をかけ芽を出し、どれだけの困難を乗り越え木と緑に成ったのかを。少年はその一つ一つに頷くように理解を示していく。ソレを繰り返していく度に、互いの境界線は薄れていき、やがて記憶の輪郭は灰色で満ちていく。遂には境界線は無くなり、ソレは灰色で満ち少年の一部となった。
「できた!」
目を開けたと同時に木片が灰色に染まっている事を確認する。
「『支配』ってのは妙な感覚だぜ……身体の一部が増えた様な、染まっちまったって事なんだろうな。この木のカケラの全部が俺の事みてぇに分かるし、水みてぇに形を変えるなり、崩すなり、どうにでもできそうだ。もし、人を染めたらソイツの考えてる事とか全部分かんのかなぁ……」
少年が灰色に染まった木片を傾ける度に、灰色はちゃぷんと液体と同じ法則で動いた。激しく振れば当然気泡ができ、陽に透かせば水中に差し込む
それらの感触をひとしきり楽しんだ後に、少年は本命である白い花を手に取る。
鉄は熱い内に打つ。
余韻に浸るよりも、成功の感触が鮮明である内に事は済ませるべきだ。
「ようやく本番か…… あーくそキンチョーすンなぁ」
茎まで白い純白の一輪を見つめ支配を試みると、少年が触れている茎の部分から灰色が吸い寄せられ雨の様に、だが上向きに、花弁の方に向かって降り、六枚の花弁を順番に満たし染めていく。
しかし、三枚目の花弁を染めた辺りで抵抗感が強まった。拒絶に近く、押し戻される感覚だ。このまま行けば間違いなく反発が起こり、葉の露と等しく灰色は零れ、花は純白へと還る。
深呼吸。
少年は目を瞑り、暗闇に花の輪郭を描く。
だが、其処には始まりしか無く空白しか無い。
「(記憶も、何も無い……触れられないくらい、真っ白だ……)」
がらんどうの白は他者への拒絶のみで膨らみ、張り詰めている。其処に、理解の余地など初めから有りはせず、純白は純白のままだと告げられているようだった。
「(始まりの色か…… なるほど、難しいぜ。聞くっていう理解の仕方はデキねぇ。どうしたらいい、カアさんはなんて言ってた――そうだ、理解ってのは、解釈ってのは、人によって違うんだ。調和ってのも反発を起こしにくくするのが目的で支配の正解じゃ無い。要するに境界線だ。さっき見えたあの線だ。アレをぶっ壊して無理矢理コイツを理解したって良いワケだよなぁ~~。初っぱなからきかん坊ならよぉ、遠慮無くそうさせてもらうぜッ!)」
自分とその他を分ける境界線に狙いを付けた少年は、色を一点に絞る。
「(
漠然と色を広げて支配を行おうとしていた時とは違い、明確に目標を据えた事により物体の反発に対して、少年の色は抵抗力を獲得していた。それは、広げた紙よりも丸めた紙の方が空気の抵抗を受けにくい現象と似ている。その甲斐あって、四枚目の花弁を少年は染める。
しかし、花が灰色を追い出そうとする力も凄まじく、花を構成する根幹に近づくにつれ大きくなる。五枚目の花弁に至っては、決して引き合わない磁極の強烈な斥力を感じる反発に色を侵攻させられず、歯を食いしばり、現状を維持するだけで手一杯だった。
「くッ…… くそッ…… もうッ…… ちょいなのにッ…… !」
――マジで磁石みたいだぜ、普通は同じヤツが反発し合うのによぉ……コレじゃ"逆"だ。
「逆……?」
閃きが、少年の額を伝う一滴の汗となって眉間から鼻の頭へと流れ、弾けた。
――もし…… だ。もし、色が磁石みたいな性質を持っているとして、ソレが自分の自分以外の色をそういう風に押し出そうとするなら…… 同じ色なら、そういう風にに引き寄せられるって事だよな。だから、俺が
刹那、少年の灰色は薄れ輪郭が徐々に白んでいく。
そして、色を寄せていくにつれ今までの反発が嘘のように弱まっていく。
だが、色を寄せると言うことは自らの本質、魂、心を寄せると言う事であり、己の存在そのものが花の純白に向かって引きずられていく。
少年は直感する。もし、完全に引き込まれてしまえば逆に自身が純白に染められてしまうと。
――そうなれば、多分死ぬ。だから気張れよ……俺……しっかり灰色を保て……。
己の存在を引きずられぬ様にしながら、花を灰色に染めると言う行為は、暴風に吹かれる砂山の様に少年の神力を削る。それでも、花弁の五枚目は染まり、残す所、後一枚。
――後……一枚……あと……少しだ……。
だが、少年の意識までもが白み始め、思考に植物の様に静寂した空白が広がっていく。
――そ……ま……れ……そま……れ……染まれ!!。
意識の瀬戸際で踏み留まったその気迫と共に、遂に花の一切は灰色に染まった。
「おっしゃあああぁ!!」
歓喜と達成感に湧き、汗は迸る。
「ふぅうううう!! 俺の勝ち! おっれのかちぃ~~!」
ご機嫌な小躍りを挟みながらひとしきり喜んだ少年は、今回の成果を手に携えて、母の元へと階段を駆け下りて向かう。
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