2. 挫折


 ―― 六日後――


「ハァハァ……クソ……!」


 一体コレで何度目だろうか、弾け飛んだ木片を拾いに少年が向かうのは。


 部屋が暑いわけではないのに全身から汗が吹き出て止まらない。額の汗が目の中に入り染みる。少年は思わず目を擦るが、何度も擦って赤く腫れたまぶたが余計痛むだけだった。

 支配という行為は無理に繰り返すほど、少年の精神力を奪って疲弊させていく。あったはずの感覚が失敗をする度に薄まって遠くなっていく。

 焦りと苛立ちを募らせながらも、もう一度木片の支配を試みる。


〝バチン〟


 もう、ソレを拾いに行こうとはしなかった。少年は立ち上がり、そして家を出た。

 峠を下り、やはり少年は崩れかけた鈴堂の壁を背に項垂れる。自身の不甲斐なさと才能の乏しさに落胆し、挫折を前に諦めようとしている自分自身に無性に腹が立った。

 

 足下を通った虫を少年は衝動的に踏み潰した。

 足を退かせば、短く絶命した虫が色核へと変わる。

 それは、数字の力を増幅させる元。

 何時もであればそんなモノは蹴り飛ばしていた。


「……」


 母への負い目が、ソレを拾わせる。

 母は言っていた〝もし、色を扱えないと判断したのなら色核を摂取すれば一度だけ数字の側に戻れる〟と。少年は怖かった。いくら色が才能に依るところが多いとは言え、基礎すら満足に行えないのであれば、母を失望させてしまうのではと。


 ならいっそ諦めて、それらしい理由を付けて、振り出しに戻った方がずっとましだった。色核をポケットに入れ、光りに寄せられる虫と同じく意味も無く、街の夜景に向かって少年は歩いて行く。能力祭が近づいているせいか、静かだった夜の草原と街道に仮設の住宅や小規模の露店などが出来、また、能力祭の会場の建設も広々とした草原の中で行われていた。


 人の往来が多い為か夜でも街の大門は開かれ、自由に入る事が出来た。少年は喧噪と人混みの流れに身を任せて当てもなく歩く。自分以外の人間は自分よりも楽しそうな表情をしている。


「(どこもかしこも浮かれやがって、イライラするぜ)」


 無性に腹が立つ、自分はこんなに不機嫌で鬱憤を抱えているのに、周りはまるで無関心で居ないモノのように人が避ける事が、彼らと同じような表情を出来ない自分の方が間違いだと感じて、視線を下げてしまう事が、そして、こんな些細なことに苛ついている自分にさえ沸々と湧き上がってくる。


 何もかもが気に入らない。道行く人間に手当たり次第今の感情をぶつけた い衝動に駆られ、顔を上げ、殺気立った表情で上着のポケットの中で拳を力強く握った。


 そんな起爆寸前の少年に誰か少しでも触れようモノなら、機雷の様に弾け飛び掛かるだろう。


〝とんっ〟


 左肩に何かが触れ、毛が逆立ち両肩が一気に強ばる。刹那、その握りしめた拳を―― 。


『にゅあ~ん』


 どうにかする前に、肩に飛び乗ってきた猫が少年の頬に身体を擦りつける。


 予想外の邂逅に少年の身体から一気に緊張と力が抜け、空振った衝動は溜息となって吐き出された。立ち止まった少年は、人の流れの中で白く灯いた月へぽつり、無気力に見上げた。


「…… 腹、減ったな」


 適当な露店で串肉を買った少年はソレをちまちまと囓りながら、いつかの街頭の側に腰を下ろし、じっと行き交う人の流れを見ていた。自分の中にあるこの迷いの答えが、人と人の身体から溢れる数字の光りの隙間にあるような気がして。


 だが、流れていく人混みを何時まで眺めていようが、何も少年に答えなどくれない。時折、猫が手に持つ串肉を欲しがって鳴くが、少年は「うるせぇ」と言って無視をした。


 そんな中、人の流れから外れて歩く女性に少年は声をかけられた。


「あら、グライス君……よねぇ!」

「え……なんすか?(誰だこの人……つーかでけぇ)」


 その女性は、珍しい六葉を見つけた表情で少年に近づき上から覗き込んだ。彼女の髪は夜の青に近い群青で、その背は一つ抜けた向日葵の様に高く、スラッとしたパンツルックの洒落た服装に、厳つ目のスカジャンを羽織っていた。だが、少年にこんな身なりをした知り合いは居ない。


「あーー。もしかして分かんない? 今日は侍女いつもの服じゃないものね、アタシ」


 彼女は自分の今の服装を改めつつ、手を突っ込んだ上着の裾をぴらぴらとさせる。


「…… しかして、ホウジョウん所の侍女さん――のお姉さん? 似てるし」


「……あぁ……そうそう! お姉さんお姉さん! 名前も同じでマリアって言うの」


 何かを取り繕うように、自分の顔を指で差しながらそう強調した。


「へぇ……で、何か用すか?」


 少年は彼女の微妙な間を不思議に思いながら要件を聞く。


「んーまぁ用って言うか、ウチの子から君のこと聞いて知ってたから気になってたのよ。どんな子なのかなーって。そう! だから初めましてね」

「そっすか。まぁ、こんな子っすよ」

「ふーん。なるほどねぇ…… あ、そうそう、聞いたのよ『能力祭』で喧嘩するんでしょう? 周りで結構噂になってるわよ、

「…… お姉さんはどっちに賭けるんすか?」

「もちろん、アカイ方よ」

「でしょうね……そういえば、なんか言ってました? 

「花?」

「えっ妹さんから聞いたんすよね俺の事。だから、庭の花、結構荒らしたっていうかその……」

「あー。別に、誰も怒ってないし、誰も気にしてないわよ。アタシもね」


 彼女はそう言うと、少年と同じように人の流れを見た。


「だって、また咲くもの。夢を見続けてるかぎり」

「夢っすか」

「そう、夢よ」

「夢ってなんすかね」

「んー一回じゃ諦めが付かないモノの事じゃない?それか、諦めようとしてるモノ」

「でも、そう言うのって諦めた方が実は良くて、出来る事を探した方がマシじゃありません?」

「そうね、そうした方が効率はいいのかも。でもね―― 」


 少年はアヲイ彼女を見上げる。


「―― 少し大げさに生きた方が、きっと楽しいのよ」


 視線に気付いた彼女は、少年に微笑む。


「じゃあ、俺も見て良いんすかね、夢」

「いいんじゃない? ヒトは夢を見るモノだもの。じゃ、アタシ帰るから。またね~!」


 彼女は少し大げさに手を振りながら、去って行った。


  ―― 諦めようとしてるモノ……か。


 人の流れをまた少し眺めていた少年だったが、ふと手に持っていた串肉を見て自分がもう空腹では無い事に気が付く。そして、迷いに濁っていた胸の内がなんとなく見えてきた。


 ―― そうだよな。そもそも、数字だのスキルだの飽き飽きしてんだよ。


「腹ぁ一杯」


 そうつぶやいて、ポケットの中の色核を流れに向かって放った。


『にゃー』

「はいはい、やるよ」


 食べかけの串肉を猫に与え、少年は立ち上がる。

 母と同じく色の力を使いこなせる事、改めてソレは少年の中で夢になった。


「もうちょい、がんばるわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る