第4章― 色について ―

1. 修行開始

 少年は青空と四角形の雲の下、タマリの木の下で色の修行を開始していた。


「さて……そうだな、まずは私達がどうやって色を見ているのかについて話そうか」

「げ、そういうことはさぁ、大雑把でいいってカアさん言ってなかった?」

「大雑把でも、それじゃあ困ると言った。いいか、私達は、三と三の色から構成されている」


 彼女はそう言うと、アカ、アオ、ミドリ、そしてキイロ、ソライロ、ムラサキと指を順番に一つづつ立て指先をその色で染めていった。


「前者の三は私達が物の色を見る時に使われていて、瞳の色覚と繋がり常にソレを補助している。後者の三つは肉体を作る色で、思考、精神、運動の能力を補佐している。そしてこれらは、色臓パレッタと呼ばれる機関で生成されている」


 色が見える原理を説明した彼女は、次に色の詳しい特性について説明を始める。


「私達が使う色の力は「色臓」から「心」を経由して出力され、そしてこの色には『灯』『纏』『際』の三つの状態がある。しかし、そこに至るにはまず基礎である『支配』と『作用』そして『引』と『反』を学び、習得する必要があるさね」

「おーそれっぽい」

「一先ず『支配』と『作用』から。手本を見せよう」


 強い日差しの中、彼女は麦わら帽を被っている。

 木陰の下、少年の隣に座っている彼女は、見えやす様に腕をまくって出した。

 少年がそれをじーっと見つめていると、指先から腕にかけてゆっくりと紅く染まっていく、ただ染まっていくのではなく蝶々の羽根の紋様が描かれるように染まるのだ。それは、ぼんやりと光って木陰を紅くする。


「さて――」


 彼女が木陰に触れると、接触部から小さな紅い蝶が平たいままに木陰の中を舞い、その軌跡が線となって紅く染まる。それから木陰の縁に当たって跳ね返れば、その数が倍となり、今度は二匹の蝶々が縁へ向かって飛んでいく。

 そして、倍々となった蝶々が瞬く間に影を染めていった。


「コレが『支配』。物体や現象を己の色で染め上げ、存在の主導権を握る」


 彼女が指を鳴らせば、紅く染まった木陰は蝶々の群れとなって、平面の世界を自由に舞った。


 不思議な事に蝶々が飛べば木は影を無くし、太陽の光りは二人を照らす。まるで木の存在が世界から物理的に消えてしまったかのようだ。だが、視覚的に確かに二人の頭上に木は存在していた。


「そしてコレが、己が持つ色の特色を『作用』させるという事」

「ど、どーなってんのこれ……」

「染めればあらゆるモノがその主導権と理を剥奪され、『支配』されると言う事だ」

「それって……ヒトも……?」

「" 全て" だ」


 少年はその言葉に唾を飲み込んだ。


「だが、前にも話したように、私たちは色で出来ている。即ちそれを染めようとすれば当然反発されるワケだ。規模が大きいほどに生命力に溢れて居るほどに時間も掛かる、容易ではない」


 再び彼女が合図を送れば、蝶々は自らの形を思い出すかのように木陰へと戻っていく。同時に木は理を取り戻し、再び二人を日光から遮った。


「この世で、最も染めにくい色は何か分かるか?」

「んー……クロ?」

「答えは白だ。純白こそ最も染めにくい。逆に黒は最も染まりやすい色だ」

「へぇ、なんで?」

「白とは始まりの色で、黒とは全てが混じった終わりの色だからだ。今から『支配』と『作用』の習得を始めて貰う。レプリカだが、この純白の花を染める事が出来れば合格だ」

「まぁ、やってみるわ」

「練習用にこの木片を使うと良い、感覚を十分に養えばそれ程難しくは無いはずだ。質問は?」

「無いと思う」

「よし、出来たら教えてくれ。次に進む」


 そう言うと彼女は話を切り上げて一人、家へと帰っていく。


 淡々とした会話だったようにも思えるが、少年にとってはこんな会話でも嬉しいモノだった。


 残った少年は去って行く彼女の背を暫く眺めた後に、早速支配の習得に取りかかる。


「(…… あ。コツとか聞いときゃ良かったな。ま、そんなに難しくないらしいし、いいか)」


 先ずは彼女の動きを見様見真似で右腕を捲り、念じる。

 すると心の方からじわりと染み出してくるような感覚と共に指先から腕へ、雨の如く数多の線の模様が灰色に描かれ染まっていく。

 そして、左手に持った木片に指先をそっと当てる。すると、接触した部分から灰色の雨がしとしと降る。雨は木片の表面にのみに降り、木片の縁まで落ちるとコップに液体を注ぐのと何ら変わりなく雨は縁に溜まり、徐々に水かさを増して木片の表面を灰色で覆っていく。


「お、結構イケ―― うおッ!?」


〝バチン〟


 突如眼前に火花が弾け少年は目が眩む。手にあった木片は何かを拒むように反発して遠くへと飛んでいった。程なくして、少年の視界は正常に戻る。


「くっそー…… まだチカチカすんぜ。今のがってヤツかぁ?」


 目を擦りながら飛んでいった木片を拾い上げると、手が接触した部分は少し焦げていた。

「今のは失敗だったけど、半分まではイケてたしなぁ。感覚もなんとなく分かったし、今日中には余裕で習得できそうだぜ。俺って結構才能あんのかもなぁ!」


 そして少年は意気揚々と白い花と木片を携えて自室へと戻るのであった。

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