17.一瞬の希望
それは、限りなく青い夜の羽。
彼を守る、大きな彼女の重い羽。
鋭利な布を受け止めた羽は、ひび割れそうになるが、羽に触れた布は徐々に彼女の色で染まっていきパタリと地面に落ちる。
そして、振り返った彼女は彼にこう聞いた。
「アタシは誰? アンタにはどう見えてる?」
彼の沈みかけていた意識が彼女の問いで蘇っていく。
「ねぇ、もう一度。アタシの名前を呼んでくれる? アナタの声で」
気付けば互いに手を取り合っていた。
「マリア」
心が重なる。
「そうよ、アタシは『マリア・クウェル』アナタとだけ空を飛べるの」
二人は樹林を飛び出し青い夜の上空へと舞い上がった。
「ごめんね、遅くなっちゃった。アタシの色で、できるだけ傷は塞ぐから」
彼女の色が北条を包み癒やしを与える。
それにより、北条の体力も徐々に戻っていく。
「それよりもマリア、君の方はどうなんだ。大丈夫なのか?」
「平気。ちょっと寝過ぎちゃったかなってくらい―― チッ、もう追ってきた」
互いの身を案じながら大空を飛行する二人だったが、その時間も十分でないままに彼らの周りに数字が広がり始めた。
〝ピキ…… ビキビキ…… バキンッ!〟
周囲の空間に次々とひびが入り、割れた虚空から無数の布が追跡者となって二人を追う。
「ちゃんと捕まっててよ!」
マリアはそれを縦横無尽に空を駆け回り、攻撃を回避し続けたが、ある時点から彼女の背後にぴったりと執拗な蛇のように付き纏い始め、その数が増えじりじりと距離を詰めた。
「回るわッ!」
"回る"という言葉と共に、北条をしっかりと胸に抱き寄せ、急速に落下を始める。十分に速度をつけた状態で羽を広げ身体を大きく三回転半捻れば、小さい羽が空間に散りばみ、間近に 迫った無数の布は、跳ねた蛙に飛びつく蛇の如くそれぞれが散った囮を目掛けて逸れていった。
「よし、このまま脱出―― ハッ!?」
死。
彼女が直感したモノはその一文字だった。
〝ズシュ〟
先回りしていた無顔は容赦なく彼女の腹を手刀で突き破った。
「あーあ。確かにこの女が元に戻ったのは予想外だったけどさ……どう足掻こうが、こうなるんだ」
「あ…… あ…… 」
「マリア!」
そして、手刀を腹から引き抜くと同時に羽が消え、二人は大地へと落ちていった。
地上へと落ちていく最中、マリアはしっかりと北条を抱きしめ、最期の力を振り絞り消えた羽をもう一度だけ広げ落下の速度を落とす。
撃たれた鳥がひらひらと優雅に落ちていくように彼女もひらひらと落ちていった。
地面に不時着した後、北条はマリアを抱え近くの樹の幹へ身を寄せた。
「マリア! しっかりしろ! マリアァ!!」
彼の呼びかけに彼女は閉じていた瞼を震わせながら開けた。
「よし! よし! 大丈夫だ! まだ間に合う!」
北条は震える手で種を掴み植えた。
「【アカエム】」
だが、芽は出なかった。
―― 何故だッ!
心は悲痛の叫びを上げながら北条は違和感に気付く。
―― 色が……消えていく!?。
力の使いすぎである事は明白だった。
北条の視界から色が徐々に消えていく。
残ったのは自身のアカと彼女のアオだけだった。
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