16.信じると言う事

 背後から湧いた声、背筋に死のイメージが伝う。


 次の瞬間、無顔の手刀が北条の背に突き立てられ鮮血が飛び散る。


 手刀は更に胸まで貫ぬかんとしていたが、北条はとっさに近場の種を発芽させる。

 発芽した火の根が無顔に直撃する直前で北条を膝で蹴り飛ばして、布で火の根を受け流す。


「心臓まで貫いたつもりだったけど、やっぱり転生者どうぞくは堅いなあ」


 飛ばされた北条は強烈な勢いで樹木に叩き付けられ意識が一瞬飛びそうになるが食いしばり、即座に体を起こそうとしたその刹那、再び視界から無顔が消えた。


「" 何故" って言いそうな余裕のある表情をまだ出来るんだね」


 胴体に蹴りが入り体が浮くと、高速で上空に蹴り上げられる。


 とてつもない風圧と大気の温度が急激に下がっていくの北条は感じ取った。


「ガハッ!」


 到達点にて吐き出されたのは、血と白い息。

 そして既に、無顔はそこで北条を待ち構えていた。


「良い機会だ君に教えよう」


 踵を北条の胸部に叩き付け胸骨を砕きながら、地上目掛けて振り下ろす。

 秒速で地上に叩き付けられた北条はその衝撃で一瞬体が跳ねるが、無顔はソレすらも捉える。


「転生者とはデタラメに速く!」


 跳ねた体が再び地面に付くよりも先に上空から戻った無顔は速射砲のような蹴りを放つ。樹木を貫通する程の勢いで蹴られた北条にダメ押しとばかりに追撃を仕掛ける無顔は、吹き飛ばされる北条を驚異的なスピードで捕らえ、顔面を強く掴み、巨大な大岩へと叩き付ける。


「デタラメに強く!」


「捕らえ―― グハッ―― たぞッ!」

 北条は血を吐きながら自身の顔面を掴む手をその両手で捕らえ、自滅覚悟で最大火力の火の根を最速で無顔の背後から発芽させて攻撃を仕掛けた。


「―― そして、全てに置いて万能だ」


 だが、その決死の一撃でさえ、無顔は片腕一つで易々と受け止めて見せた。

 北条の表情に驚愕が見える。


「はははははは!! 直撃させればなんて考えてたのかなぁ」


 受け止められた火の根は布によって切り裂かれ、煙となって消えた。


「精々が熱いシャワーだよこの程度。それでも、完全熱耐性スキルを持つ僕でも暑さを感じさせるなんて色って言うのは


 受け止めた無顔の掌は少しだけ焦げていた。


「確かに色の力は、数字に対して有効だ。けどいくらそうだからって、大河を小さな火で蒸発させることは出来ないだろう。自力が違いすぎるよ、速さでも強さでも劣っているんだ君は(ま、最初に背後をとったのは瞬間移動スキルだけどね)」


―― 万事休すかッ……。


「それに色の使い方もなってないなぁ。刃物で例えるならキミは基本動作である切ると言うことをしないで、金属の部分で殴ってばかりだ。長所を生かせていないよ。彼女の方が上手かった」


 無顔は北条の頭を強く掴み持ち上げると、そのまま反対方向に投げ飛ばした。

 北条の体は遙か後方の樹にぶつかり地面倒れる。


「ぐ……くッ……ちか……らが…はい、らないッ……!」


 なんとか起き上がろうとする北条だが、体に力が入らず、無理矢理体を動かそうとする度に、体中に出来た傷から血が流れ地面を赤黒くしていく。


  ―― オレの血か…… これは…… 。


 それでも這いつくばった体勢から側の樹を支えにして立ち上がろうとするが、途中で手に付いた血で滑り、肩をぶつけ、血で滑った樹の幹を背にずるずると力なく凭れる。


 ―― ま…… ずい…… い…… しきが……。


 時計の音が近づく。


「奪われるばかりだった。追われるばかりだった。時間から」


 男の足音と時計の音が混じる。


「けど今は、その時間が、この時計が、針を刻む度に僕を押し上げてくれる福音さ」


 ソレはⅠを繰り返している。


「さて、君にとって残念なニュースが一つある。休憩がてら聞いてくれよ」


 夕闇の中、やけに響く声で話しながらゆっくり北条の方に近づいていく。


「彼女に埋め込んだ数字だけど、約束通り取り除いたよ。よかったね。でも、やっぱり思うんだ。今だけ、君には正直で居なきゃイケないって」


 もはや、声に反応する力すら北条には残っていなかったが、無顔は淡々と話を続ける。


「本当にお気の毒なんだけど。彼女は二度と元には戻らない。数字を取り除いたことで、多少は自我のようなモノを取り戻すのかもしれない。けど、元には戻らない。僕が埋め込んだ数字はね、色を使う生命体を殺す為の、いわば毒だ」


 耳の底に針音がこびり付いていく。


「毒を盛られた対象が全くの後遺症も無く復帰するなんてあり得ない。至極当然の話で、彼女も同じ。だから、この戦いに何ら価値はないって事」


 無顔の背から、何もかもを切り裂いてしまう鋭利な布が一つ、二つ、三つ、四つ。


「でも、それでも一つ、君に聞いておきたいことがあるんだ」


 布は背から扇状に広がり、その先端は獲物へと向けられる。


「" 絶望" の味はどうだい?」


「…………」


「ははははは!! 答えられるわけ無いよねぇ! 打ち拉がれているんだもの絶望に! 戦いが終われば彼女が元に戻るっていう希望が! 信じるモノが!無くなったんだからさぁ!」


 呼吸も浅く意識は朦朧としていた北条だったがその言葉だけは聞き逃さなかった。


「い…… ま…… 」


「ん? なんだい、言ってご覧よ」


「―― 信じてる。今も」


 どれだけ血と絶望に塗れようとも、それだけは変わらない。


 信念に満ちあふれた言葉を聞いた無顔の脳裏に、生前の言葉が幾つも凄まじい速さで蘇った。



 ――『絶対叶うって信じてるよ』『家族だもの信じてるわ』『他の奴はなんて言おうと、自分は君の夢を信じてるよ』『信じますよ!この美術館で先輩の絵をいつか解説するんです!」



  記憶に揺さぶられ、足音が時計とズレる。


「そ……それは……強い人間の言葉だ……結局弱者を追い詰めるだけの……思考を止めた人間のねぇ……都合のいい言葉なんだよ。嫌いな、言葉なんだよお!」

「ヒトは皆…… 弱者だろう…… 強者だと疑い合うだけで……」

「言葉で…… 僕を追い詰めようとするなぁぁあああああ!!!」


 激高した無顔の放った四つの布は殺意の刃、北条目掛けて鋭く素早く伸びていく。


〝ガキン〟


「――!? そんな、馬鹿な……!」

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