14.無顔
アカく暮れた世界。
北条が初めて見た色の世界。
吹く風ですら鮮やかに映る。
眼鏡越しに映るそんな世界を歩き、歩き、歩き、着く。
聳える太陽の樹、巨大すぎるその朽ちた亡骸が見え、土地はマリアと帝國の転生者による激しい争いがあったことを物語るように荒れ果てていた。
そして、木の根に座る男が一人。
「此処に咲いてた花はみんな散ってしまったよ……やあ、そろそろかなって」
顔面に巻かれた黒い布には『
「太陽の樹。火を生み、火は悪しきものを樹林の奥深くに封じ込める。けど、火が消えても悪しきものは姿すら見せない。期待してたんだけどな。結局、宗教って奴かな。君はどう思う?」
風がやけに騒がしく、揺れる草葉の音は虫の声よりも大きい。
「…… 貴様に、聞きたいことがある」
「…… 時計。何にしてもまず時計が先。返して貰おうか」
そう言われ北条は白いコートから、火の根で雁字搦めに封印した時計を取り出した。ソレに念を送れば火の根は煙となって消えた。
すると、時計は引力に引かれているかの様に宙を跨ぎ、無顔が持つ半透明の時計に吸い寄せられ一つとなった。
「あ~~~~~~~~~~よかったぁ……おかえり」
男は心底時計を大事そうに抱え、恋人の声を聞くような仕草でソレ耳に当て針の音を聞いた。
「自分の心臓の鼓動より、この秒針が刻まれる音の方が暖かく感じるよ。腕の中に居るみたいで。もう、怖い場所なんて無い……それで、何だっけ?」
「目的があるはずだ。月を消しに来た事は分かっている。その先だ、
「ああ、いいよ。答えよう。君には真実を知る権利がある。それに、今は君に感謝の念すら感じているんだ。だから、正直で居ようと思う、少なくとも今はね」
無顔は立ち上がり、体中の包帯のように鎖を腕に巻き付けて時計を固定した。
「輪廻とは生物が生まれて死ぬ大きな自然の流れだ。その流れを変えることは出来ない。けど、どちらかを絶つことは出来る。僕たちは、月の消灯で"死" を絶とうとしている」
「死? 不死を目的とした世界を作ることが貴様らの望みなのか? いいや、それだけではないはずだ。消された月は三つ。月が消えた各年代で、この国の出生率の記録を見たが、月が消える度に著しく低下していた。疫病や紛争が起きた訳でも無いのに。月があった頃の出生率と比べれば一目瞭然だ。"人が生まれなくなっている" これも輪廻とやらが関係していそうだな?」
「さすが、よく調べてる。その通りだ。不死とは副産物に過ぎないし、僕らが求める結果では無い。ただキミの言葉には一つ間違いがある。人が生まれなくなっているんじゃあない。" 生まれすぎているんだ" この世界でヒトという生命はもう定員オーバーなんだよ」
「なんだと……」
「ヒトは上限に達した。そして、その代わりに生まれようとしているモノがある。いや、溢れようとしていると言った方が正しいかな。今はまだソレに蓋がしてある。『ソレ』が何なのか良くは知らない。けど、我々の聖典にはこう書いてあった。" 『ソレ』は形を持たない。『ソレ』は時計を避ける。『ソレ』は生命の根源である。『ソレ』は生命を一つにする。『ソレ』は飽和する" つまり、転生者と時計塔の聳える街だけが残り。他は混ざる――」
「―― そして、『ソレ』は究極の生命体に進化するとでも」
無顔は大きく首を振った。
「そんな大それた話じゃ無いよ」
両手を広げ、空を仰ぐ。
「ずっと簡単だ」
風が強く吹き始めた。
「飽和する根源が世界を満たした時。『ソレ』は数字を幾つ重ねても表せない、純然で膨大なエネルギーになる。世界を隔てる壁ですら穿つことが出来る。これこそが『輪廻停止』で至る結果」
暮れた空は徐々に夜が覆い始め、天上の月が灯く。
「帰るんだよ。地球に」
時計がⅠを刻み始めた。
「…… 何故だ。貴様らは望んで転生をしたのだろう。帰る必要があるのか」
「その望みは、結局逃避から来たモノなんだよ。その内段々冷めて、そして怒りに変わっていくんだ。そうだろう。僕たちは地球で苦しめられていたから転生をした。その原因は何故罰も無く生きていられるんだい? まるで、僕たちの方が間違っていたみたいじゃないか」
「まるで、復讐を望んでいるような言い方だな」
「復讐……そうだね。僕たちを虐げてきた連中や社会は許されない。全てを殺し破壊し根絶やしにされて当然だ。そうして今度こそ、弱者や強者の居ない世界を作り上げる。平等で、真っ白で、転生なんて起こらない世界。皆が夢を抱えていられる世界」
「ふん。夢か……その言葉が、貴様の口から出てくるとはな」
「出ても来るさ、転生者は皆ソレを抱えて苦しんでいるから」
「苦しむ? それだけの力を手にしているのなら叶える事は造作も無いだろう」
「……ダメなんだよ……
「何処までも欲深い! 埋まらないというのなら! 記憶の中の引力を新しい夢で押し返せばいい! 何故それをしようとしない!!」
「他で叶えたって! 見せつけた所で! 過去は鼻で笑うだけさ! ままごとに価値はないんだ!! そんなものは、創作の駄文と変わらない!! 僕達の夢は、地球にあったんだ!!!」
「努力もしないで!! 駄々ばかり!!」
「羨ましいよ!! 記憶が無いからしがらみも無い!! 夢を幾つも抱えられて苦しみも無い!! 努力なんて悠長なことを言っていられる!!」
「どれほどの苦しみがあろうと! 世界を消費する事の大義にはならない!」
「なるさ! それが夢の為なら!」
「狂っているぞ……!」
「ははははははは!!! その通りだ…… 全くその通りだよ……………」
数字の『Ⅰ』が空間に溢れ始める。
「でも「針」はいつか狂うモノだろう……時計みたいにさぁ……」
空から無数に無限に布が垂れ下がり木々や地面を覆っていく。
「――神は数字の毒で死んだ。天使どもは斬首した。ここが最後だ。最後の月。さぁ、あの夕暮れに朧な月の輪郭と共に――キミも消してしまおう」
時計がⅠを繰り返している。
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