10.十四歳

「あら、髪型変えたの」

「ああ、前髪が眼鏡に掛かるからな」

「格好いいけど、アタシは前の方が可愛くて好きだったなぁ」

「本も読みやすい、オレはこっちの方が落ち着く。知ってるか、人間は日頃から目にするモノに愛着を持ちやすいんだ。結論、そのうち慣れる」

「ふーん。あっ、つまり日頃からアタシを見てるアンタは、アタシに愛着マシマシってワケ? ――ちょっとー何で目ぇそらすのよーこっちみなさいよー」

「本を読んでる」


 あれから一年間は取り立てて大きな騒動も無く、また帝國の影も無く。

 束の間の平穏が続いていた。

 因果な話ではあるが、財源の補填も魔者の核を売却していた時の余りでどうにか出来てしまっていた。変化と言えばオレが前髪を上げて総髪オールバックにしたぐらいで、進歩と言えば―― 。


「あっそ。そういえば……はい手紙。また来てたわよ」

「ああ……。――オイ」


 書斎の椅子に座ったまま彼女から手紙を受け取ろうとしたらその直前で引かれた。


「さぁーて、今日は何の日でしょう」


 手紙で口元を隠しながらそう聞いてきた。


「誕生日だろう」

「誰の?」

「オレの。覚えてる」


 彼女から手紙を奪って封を開ける。


「それで、誕生日がどうかしたのか」


 内容に目を通しつつ問う、彼女は当然とばかりにこう言った。


「お祝いするのよ。十四歳の誕生日おめでとうって」

「……その、今のじゃ駄目なのか?十分祝われた、嬉しいぞ」

「……駄目よ」

「……」

「ほら、そうやって眉間に皺ばっかつくって。ここんとこずっとそうよ。息抜きしなきゃ。去年もその前もロクに祝えてないんだしさぁーアンタが大人になる前の最後の年をアタシは仰々しく迎え入れたいってワケ、分かる?」

「今こうなってるのは、少なくとも君が原因だがな…… 本気で言ってるのか、オレ達がどんな状況にいるのか分かってるはずだろう」

「気を抜いちゃあマズいっていうのは分かるけど、一年も何も起きてないのよ。それに、アンタの『色』で街に根とを張って逐一監視してるワケだし、今日くらい平気よ」

「ハァ……根拠は?」

よ、信用しなさいって。今日は大丈夫なのよ」

 言葉に妙な引っかかりを覚えながらも、オレの気持ちが惹かれていたのは確かだ。

「ほら、祝いたそうな顔してる」

「だがなぁ……」

「何よーアタシとじゃあ祝いたくないって言うの?」

「そうは言ってないだろう」

「じゃ、決まり。夜に十字路で待ち合わせね」

「……今日は随分と強引だな。前みたいに一緒に家を出たらいいんじゃないか?」

「ちょっとだけ寄りたいトコがあるの、アンタに内緒でね」

「……ナイショ了解だ。そうだ、君にとって誕生日以上の大きなニュースじゃあないかもしれないが、決まったよ、例の話。入隊証は成人を迎えたタイミングでと送られてくるそうだ」

「うっそ。大事件じゃない! これでこの街も何とか無くならずに済みそうね!」

 

 ずいぶん間延びしてしまったが、進歩と言えば一つある。


 今しがた送られてきた手紙の主はこの国の軍部からで、オレの入隊が決まったという内容だった。あの転生者の話から、大体の転生者というのは帝國に所属・管理、されているモノだと推測できた。


即ち、独立している転生者というのはそれだけ貴重だ。

 この街の雰囲気からは感じづらいが、先の技術革命に伴い世界の情勢というのは大分不安定だ。自国を守る手段は幾つでも欲しいはず。

 

 そこで、『北条トキ』を交渉材料にこの街の支援と保護を条件として提示した。結果は前述の通り。しかし、手紙でのやりとりであったので何かしらの妨害に遭うと考えていたのだがそれもない。

 帝國にとってオレは必ずしも必要条件でないと言うことか? 


 まぁ、盤石に事が進んでいくのなら問題はないか。


「やっぱり、今日はお祝いで正解ね」

「そうかもな」

「それにしても、色々あったわね。十四年かぁ……初めは、こんなに小さかったのに」

「中身は割と大きかったがな」

「きゅふふ。そうね。あの時はマジで驚いたんだから…… そうだ」

 彼女は何か思い出したような顔をすると、椅子に座ったオレの後ろに回り込んで、あの時のように後ろから胸の辺りで腕を交差させて抱きしめた。

「ねぇ、覚えてる?こうやって一緒に飛んだの」

「覚えてる。なぁ、今飛ぼうって言ったら飛べるのか?」

「ここが本のお花畑になっていいならね」

「それは困るな」


 ふと会話が途切れて、首元で彼女の体温を感じていると抱きしめる力が少し強くなった。


「本当……大きくなっちゃってまぁ」


 思い返せばその声は、どこか涙ぐんでいたようにも思える。


「背は君の方がまだまだ高いだろう」

「実は結構気にしてんのよ」

「背の高い女性が外見的に劣るとか高圧的に感じられるという話なら、オレはそうは思わない。むしろ君からは、見上げる程の思いやりの精神を感じられるよ。とても助けられている」


 交差している腕にそっと手を添えた。

 齟齬そごなくオレの気持ちを伝えられているならいいが。


「ふんだ、全然嬉しくないし」


 猫がそっぽ向いたような様子の彼女は、オレから離れると書斎の窓辺に寄り空を見ていた。


「……ねぇ、本当に世界を護りたい?」


 静かな声色で彼女はそう聞いてきた。

 窓の反射に見える彼女の表情は物憂げに見えた。


「ああ」

「どうして?」

「結論から言ってしまうと、『夢』と『感情』を初めて感じられたからだ。だが、それは決して雛鳥が初めに見たモノを親だと思い込むような本能的感覚や親近感の類いではない。何故ならオレは唐突にかけがえのないモノを失った時、この世界を恨み転生を憎みさえしていたし『夢』と『心』をただ与えられたままだったのなら、オレはそれを捨てていた。しかし、初めて『色』を見たときの衝撃が、積み重なった葛藤、凝り固まった罪悪感にひびを入れた」


 彼女は黙って俺の話を聞いている。


「ひびから湧いて出たのは、オレの『夢』と『感情』だった。確かにそれがオレを押した。オレは生まれ変わったんだ。先に進む、前進という意味で心が生まれ変わった。心に道が出来た。この表現が正しいのかは分からない、だが、そうなんだ。あの時君がくれた『夢』が今は心の底から湧いている。あの、夕暮れの空を花びらに移すという花。そう、ユウアキネの花だ。凄く見てみたいと思う、今も」


 世界は美しく――世界は色で出来ている――それが答えだ。


「すごく、人っぽい答えね。遠回り遠回りで、好きよ、そう言うの。ねぇ…… 本当の名前を教えてもらった時に、名前を呼んであげられないって話をしたじゃない? あの時は、ごまかしたけど、実は、怖いのよ、呼んだ途端アタシの中のアンタが何処か遠くに行っちゃいそうでさ」


 何かを言おうとしたが、浮かんできた感情はどれも言葉に出来なかった。


 暫く沈黙が続いた。


 そうしたら彼女が、また、をする。


「ねぇ、拾われた時の事覚えてる?」


 マリアが窓辺から差し込む夕日の中でオレを見た。


「その質問は何度目だろうな。ああ、覚えている」


 夕暮れだ。日が暮れる時にだけ此処に陽が当たる。


「何度だって聞くわよ。思い出はその度深く色付いていくもの」


 今ならその言葉を心で理解できた。


「……どうして、オレを抱き上げたんだ」

「……また、同じことを聞くのね」

「知りたいんだ。君の心を何度だって感じたい」

「いいわ、でも一回だけ。恥ずかしいから」


 はにかんだマリアは、窓辺から離れ机を挟んでオレの正面に立つとオレの頬を両手で包んだ。


 それから一度目線を外して、またオレを見た。


「―― 運命だって思ったの。今も、ずっとね」

「大げさだな君は」


 彼女のアヲイ髪が夕に暮れていく。


「そうよ。アタシ、


 彼女はそう言って微笑んだ。


 

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