3.血・腕・造花

「ねぇ、少し休んだら?顔色悪いわよ」

「ああ、この書類が終わったらそうする」


 あれから一週間が経った。この一週間の間したことといえば書類整理に書類整理だ。


前街長の仕事の杜撰さといったらなかった。一先ず期限の迫った予算申請書をまとめ議会へ提出する予算案を調書し工事などの認可を求める書類にかったぱしから決裁サインしていく。とにかく量が多い。


内容に不備がある場合は侍女達に書類を届けさせ担当者に修正を依頼した。役所や教会に引き継ぎの申告や議会への出席これら全てを終わらせるのに一週間も掛かった。


 そして現在、期限が今日付けの書類を確認している所だ。

 これが済めばしばらく落ち着ける。


「この補填工事の書類、不備があるな」

「それって今日までの奴でしょ?アタシが行ってこようか?」

「いや、オレが行く。外の空気を吸いたい」

 そう言葉を交わし、執務室を出たオレは長い廊下を歩く。ふと窓の外に目をやれば日はどっぷりと落ち込んでいて今は夕暮れだということが分かった。廊下に侍女達の姿はなく、暗く人気のない廊下だ。


 昨日、侍女達は皆解雇した。あの事件の後皆気味悪がっていたから。

 解雇というよりは退職希望を募った。解雇という形になったのは侍女達には不利な契約が―― いや、いいんだこんな事は重要じゃない。マリアだけが残ったんだ。此処に居てくれた。


 一週間。ひたすら考え続けた、誰も巻き込まずこの状況を脱する方法を。

 だが、考えれば考える程、そんな方法は存在しないのだという現実が重くのしかかってくるだけだった。


『――ホウジョウサマわざわざご足労いただきありがとうございました。ご指摘の個所は修正しておきました。担当者はきっちりクビにしておきますので何卒ご容赦を』

「…… 」

『ホウジョウサマ?』

「―― ああ。あぁいや、そこまでする必要はない。元はといえば前街長の怠慢が原因だ」

『おお!なんと寛大な器をお持ちでいらっしゃる、さすがホウジョ―― 』

「では、失礼する」


 話しを早々に切り上げその場を後にする。

 時計の影響を受けた彼らの口上は皆似たようなものだ、聞く必要はない。しかし、オレの時計は『日時計』のはずだがこの影響力…… 噂の時計塔とやらではどうなってしまうんだろうか…… 時計を壊せか、今ならあの必死さの訳が分かる。


人通りの多い市場を通って屋敷の方へ歩いて居ると、いつものパン屋が目に付いた。普段であれば寄っていくところだが、今日はどうにもそんな気分になれなかった。


 家の執務室へと帰ると、黒電話の横に蓋の付いた長方形の箱が置かれていた。箱は持ち上げると少し重く、顔を近づけると少し臭う。箱に書かれた宛名はオレだ差出人は書かれていなかった。


 奇妙に思いながらも箱の蓋を開けるとそこには――――。





 腕があった。





 紛れもなく人の腕の一本がそこにある。

 腕の断面からは未だに血が溢れ、敷き詰められた花を濡らしていった。


 そしてオレは気が付いてしまった、敷き詰められた花が水分、血を吸収せずに弾いている事に。


 つまりこれは……この花は造花で……この腕は―――― 。




〝とぅるるるるるるる〟




 唐突に電話が鳴り響き心臓が高鳴る―― そんな事があるはず無い。

 

 この腕は絶対に" セナ" じゃない。ありえない。だが、脳内で否定を繰り返す度に、記憶の中の彼女の腕と今此処にある腕の形が重なっていく。オレはそれに耐えきれなくなってつい受話器を取ってしまった。


「あ~あ」


 男の声がオレを責める。

 脳内の可能性が徐々に否定できないモノへと変わっていく。


「あ~~~~~あ」



 体が強ばる。

 視界に描かれている線が歪んでいく。不安と汗が噴き出して止まらない。


「あ~~~~~~~~~~~~~~あ」



 "がちゃん"



 通話が切れ、何処からか現れた時計がセナの腕に絡み、今度は掌に口が出来て話し出す。


『「君のせいだ。「帝國に従う」その一言があればよかった。一週間も考える必要なんて無いんだよ。三日で十分。でも君はそうしなかった。心の何処かでまだなんとかなるとか思ってるんだね。危機感が足りないなぁ。だから、セナちゃんは死んだんだ」』


 手の口から、男とセナの声が二重になって聞こえる。


『「かわいそうに、まだ――でもまぁコレでよく分かったはずだ。いいかい、君がね、どんなに藻掻こうと、どんなに足掻こうと、どんなに叫ぼうと、この物語は絶望から始まるんだ」』


 窓の外の月がき、彼女の腕に巻き付いている時計も薄くなって消えていく。


『「じゃあ、良い返事を待ってるね」』



 そう言って口と時計は消えた。



 体に一切力が入らなかった。



 血に塗れた造花が視界に入る。



〝おばあちゃんと一緒。ずっと手作りだから〟




  ―― 心が―― 折れそうだ。

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