7.時計と転生者
次に意識が戻った時、オレが居たのは見上げるほど巨大な本棚が凱旋の様に並び、天井からは絶え間なく枯葉の降る異空間。
先ほど居た書斎とは全く別の場所だった。
仰向けに倒れていたオレは起き上がると枯葉が積もる通路の先に明かりを見た。
枯葉の感触を踏みしめながらその明かりの方へ向かうとそこには、小さな机、椅子、カンテラを持つ女、そして車椅子に項垂れて座り、本を抱えて眠る老人の姿があった。
女は手に持ったカンテラを机の上に置くと、続けて老人の抱えた本をカンテラの隣に置いた。
「どうぞ」
抑揚のない声。女は椅子を引きオレに座るように促した。
声に従い椅子に座り、本を手に取った。表題は同じ『時計と転生者』老人の方を一度見たが、まるで起きる様子はない。
オレは本を開いた。
『―― この本を読む者が現れたことを、今は亡き神に感謝しよう。願わくば、君がこの本を読む最後の一人であらんことを。』
頁をめくる。
『塔だ……時計塔だ……この国にも建ってしまった。相反する『力』があるとは言え、数字を定着させてしまった私も徐々に正常ではいられなくなるだろう。『力』を持たない周りの人間が次々に豹変してしまっている。』
本というよりは日記に近いものだった。
書きなぐられた文字からは当時の必死さが伺えた。
『私の本は『知るべき人間』へ届けられるようになっている。どうか恐れないでくれ、私はこの世界を、故郷を失いたくないのだ。そして、ここから先が重要だ。頭に刻め。いいか、転生者は皆生まれながらにして『時計』を持っている。初めは形のない『日時計』つまりは影だ。奴らの影がそうだ。『時計』は成長する。やがて影は消え、砂や液体の『秒針』に変化する。次は『時針』その次は『狂針』そして『塔』になる。これらは単純に転生者の力を示すものだけではない。"装置"によってステータス、数字を与えられた人間は、時計を持つ転生者の思考や行動に都合のいいように動いてしまうようになる。恐ろしい事にこれは事実だ。』
『無論程度はある『時針』からは個人を思い通りに動かす事ができ『狂針』は数百人単位『塔』は街や国にまで及ぶ。私たちは数字を手にするべきではなかった。皆、変わってしまった。まるで役割を演じているだけの人形だ』
この行の最後はインクが水か何かで滲んでいた。
『だが、対抗する手段はある。三つだ。一つは『月』だ。『月』の光は数字を遠ざけ人々の心に安寧をもたらしてくれる。だがそれも『狂針』まで。『塔』になってしまえば、精々鈍くなる程度だ。月を守れ。北の国では既に月が消えた。後三つ。君の時代にはいくつ残っている? いいか、月を守るんだ。』
『二つ目だ。数字を体に入れるな。重要だ。これだけで奴らの影響は受けない。ステータスの取得は今は自由制だが、ゆくゆくは法律で義務付けられることになるだろう。そうなる前に手を打たなければならない。』
『そして最後だ。最も重要だ、転生者や数字を持つものと渡り合う為の力。数字と相反する力。この世界で受け継がれてきた正しい力。それは『色』だ。この本が開けたということは、君には『色』の才能がある』
色? オレはまさかと思った。
何故ならオレは色を見る事、感じる事が出来ないのだ。
それなのに、才能? どういうことだ。
『安心してくれ。私はそのきっかけを与える事は出来る。後は、君の心に学べ』
この行を読み終えた瞬間こめかみの霊紋を鋭く熱い感覚が貫いた。
思わず目を瞑った。やがて熱が引き、仄かな期待と共に目を開けた。
しかし、世界に相変わらず色はなく、光と輪郭の線が存在しているだけだったが、体から薄く靄のようなものが出ている事に気が付いた。
『君へ、本を読む君へ、抗うんだ世界の為に。何が真実であるか分かっているはずだ。しかし、君が無理だと思うのなら争う必要はない。君は君でいてくれ。せめて、君の人生が本物であるのなら私は嬉しい。もし君が、抗う勇気を持つ人間であるのであれば、いいか、備えろ。同志を集うのだ。待ち人は必ず現れる。そして、もし、この本を読む君が『転生者』であるのなら、君こそが私たちの『待ち人』だ。いつかは現れると思っていた。色と数字の両方を兼ね備える者が。』
『前述の通り君は『時計』を持っているはずだ。即ち、君の言葉に数字を持つ大衆は動くという事だ。探せ、名に色の付く組織を。壊せ、君以外の持つ時計を。塔を。奴らはこの世界を『消費』しようとしている。君にならその意味は分かるだろう。さあ、この行を読んだのなら、間もなく本は次の『知るべき人間』へと送られる。世界が正常へと還るまで『次』は続く』
カンテラの明かりが揺らぎ徐々に消えてゆく。文字が読めなくなっていく。
『『転生者』よ気を付けろ。奴らは君を知っている。生まれる前から知っている。見られているぞ。初めから。君は、見張られている。そして忘れるな。私たちは色で出来ている――』
暗闇。
意識はそこで途切れた ―――――― 。
「―――― ねぇ」
誰かが呼んでいる。よく知っている声だ。
「ねぇ、いつまで寝てるの。紅茶、冷めちゃうわよ」
マリアだ。いつの間にか、寝てしまっていたらしい。
オレは体を起こしてあたりを見回した。
ここは書斎だ。手に持っていたはずの本が無い。
体から出ていた靄も無くなっている。
「どうしたの?」
「いや。少し、疲れてたみたいだ。紅茶を頂こう」
「まぁ程々にね。ちょっとアタシ出かけてくるから。あんまり夜更かし、しちゃだめよ」
「どこへ?」
「散歩よ散歩。樹林までね」
「樹林? 何をしに行くんだ?」
「秘密。まぁ、その内教えてあげるわよ」
そう言うとマリアは書斎を出て散歩へと行ってしまった。
湯気が立つ紅茶を一口飲む。
本を収めていたはずの引き出しを見ると、そこに本は無くただ枯葉で埋まっていた。
〝がたがたがたが〟
風で書斎の窓が揺れる。
少し不吉に思い、カーテンを閉めた。
見張られている……か……。
この時はまだ、自らに迫る脅威に無頓着だった。
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