3.六歳の誕生日
屋敷の外へ出たオレ達は、住宅街を通り街の中心の十字市場へと向かっていく。
中心へと向かえば向かうほど人と植物と数字が多くなる。街中に生えている樹木の根が地面から突出していたり、建物などが蔦で覆われていたりする。人々が体内に定着させたステータスは共鳴し、無意識に人や人の足跡から光る数字の粒子となって放たれ、街を人工的に照らしている。
この時間の市場は特に混んでいるのだが、それはこの街の名産品や売りである鍛冶職人達が仕事を終え夜の街に繰り出してくるからだ。
自然が多い街で何故鍛冶職人が多くいるのか、それは街を囲む大樹林から鉱脈にも勝るとも劣らない量の金属で出来た木が取れるからだ。それ故、金属の仕入れも安く済み安価で加工品を売ることができる。そして、大樹林から取れる金属は大変質が良いもので行商人も多く見かけ貿易も盛んだ。
この街は見かけによらず、第二の鍛冶職人の聖地として知られることで有名らしい。辺境だが裕福な街だと思う。
市場には露店もあれば店舗もあり様々なものが売られている。日用品から骨董品、武器に防具、喫茶店やレストラン、少し怪しい魔道具に、かなり怪しい薬屋、そして、パン屋も。
「こんばんわ~」
ベルの付いたドアをカランと開ければ、香ばしい香りが遅れて鼻腔を抜けていく。
『あ~らマリアちゃんいらっしゃい。坊ちゃんもね。今日は二人なんだねぇ』
少し狭いパン屋の女将が声を掛けてくれた。会釈。
店内を少し見渡すと、パンはもう四か五つ程しか残っていないようだ。
『ごめんねぇ。今日は売れるのが早くてみたいであんまり残ってないのよぉ』
「うーん…… じゃあ残ったの全部頂きます」
『いつもありがとうねぇ。セラ~!残りのパン全部包んであげてくれるかい?』
女将が二階に向かって声を張ると階段をドタドタと降りながら幼気な少女が顔を見せた。
「見ない子ねぇ」
『ウチの孫でね、娘夫婦が旅行に行ってる間預かってるのよぉ。ほら、ご挨拶して』
「は、はじめましてセラ…… です」
「はじめまして、アタシはマリアよ。ほら、アンタも挨拶ぐらいしなさい」
「…… よろしく」
「それだけぇ? もっと趣味とか好きなものとか名前―― 」
「本と花」
「もぅ…… 」
「えっと、お花好きなの?」
頷いた後、彼女はオレ顔をじーっと見た後「ちょっとまってて」と言い。
パンをいそいそ袋に詰めた後、二階へ上がりまたドタドタとこちらへ戻ってきた。
「これ! 作ったの! あげる!」
花だ。硬い。それは一輪の造花だった。
子供が作ったにしては割と精巧な造りだ。
「凄いわねセラちゃん。将来はお花屋さんにでもなるの?」
「ううん、造花屋さんになりたいの。育てるより造ったほうが楽しいから」
「へぇ~しっかりしてるぅ。おばさん、これお代です」
会計も済ませパン屋を出る間際、受け取った造花の礼を言うと。「うん、大事にしてね!」とセラという少女は終始元気だった。
外はもう完全に暗く夜だ。
人通りは先程よりは減ったように見えるがそれでも多いことには変わりなく、人を避けつつ地面の蔦や飛び出した木の根に蹴躓かぬように歩く。
「アンタねぇもうちょっと愛想よくしなさいよ」
「愛想で表情を作るのは得意じゃない」
「そうじゃなくて、もっと子供らしいっていうか…… いいわ、人間向き不向きってあるし」
「オレは子供が下手らしいな」
「そうね」
そんなやり取りをしつつ彼女について歩いていたが、何時もと違うことに気がついた。
「…… 食材を買いに来たんじゃないのか?」
「あら、アタシそんなこと言ったっけ?」
今向かっている方角は十字市場の北側、教会側、レストランなどの店舗がある方向だ。そのまま二階にテラスがある店に入る。
「すみません。予約してたマリアなんですけど」
『ハイ、お待ちしておりました。二名様ですね。こちら、お預かりさせていただきます』
すでに店の予約は済ませていたようで、籠を店員に手渡すと二階のテラスへと案内された。料理は後から運ばれてくるらしい。
内装も綺麗で良い店だ。周りには身なりの整った人間が多く 、場違いな雰囲気を感じた。しかし、何故今日はこんなところで食事を…… 。
「ここ、一度来てみたかったのよね」
オレ達は、下の通りを見渡せる位置に座った。品書きを見るとどれも高い。さっきのパンが五個で銅貨二枚半。ここは水だけで銀貨二枚だ。銀貨二枚といえば一週間の食費に相当する。
「分からないって顔に書いてあるわね」
図星だ。
彼女の声にメニューから顔を上げると、微笑んだ彼女がこちらを見ていた。
「ヒントは
そう言いつつ彼女は手で数字の六をつくった。しばらく考えてみたが分からない。
何となく六の手をつくってみる。分からない。
「誕生日。六歳でしょ? 今日はお祝い」
「誕生日…… そういうものは、意識した事が無かったな」
「でしょうね。でもまぁ、今までソレらしいコトしてなかったし当然かもね」
「そういえば、二人で買い物に来たのも久しぶりね」
「何時もは洗濯と買い出しは二人で交互にやってるからな」
「そうよね」
「そうだな」
「……」
「……」
拍子もない無言が生まれた。
しばらくの間、通りをゆく人間の喧騒を二人で眺める。
通りに咲く草木が粒子に照らされ綺麗だが人工的で、夜空の月や星の役目を塗りつぶしているように感じてしまう。しかし、そこを歩く人間は楽しそうに見えた。
耳を澄ますと遠くの方から夜の歩調に合わせた弦楽器の演奏が聞こえてくる。
「最近ね、人混みが嫌いになったの」
頬杖を付いた彼女がポツリとそう零した。喧騒の中の誰かが笑い合う。
料理はまだ来ない。
「ほら、だいぶ前に法律が変わって、数字を持つ人が増えたじゃない?それで夜もすごく明るくなって、火を持たなくても歩けるようになった」
彼女は独り言のようにポツポツと言葉を続ける。彼女の横顔を見つめた。
「確かに、足りない月明かりの下で皆が小さな火を持って歩いてた夜は窮屈だったけど、人とすれ違うとちょっと暖かいの。それでね、それがね、好きだったの」
言葉を重ねる度、彼女の横顔が哀しくなっていくように見える。
「いつも行くパン屋さんね、街のパン屋の中だと唯一手作りなんだ。後は皆スキルでやってるって。スキルって全部機械みたいに一緒。けど、スキルなら体が勝手に動くしほとんど疲れないから、女将さんも続けられなくなったらスキルで作るって言ってた……嫌だなぁ……嫌だ……」
喧騒の中の誰かが怒鳴った。
「アタシはね、日によって同じパンでも今日は不味かったなと思ったら文句を言いたいし、今日はすごく美味しいなって思ったらありがとうって言いたいし、硬いとか柔らかいとか甘いとか辛いとか、そういうコトを感じてながら、少し大げさに生きていたいの」
彼女は少し上の方を見た。つられて同じ方を見る。
「でも、仕方のない事よね。分かってるのよ、いつかは全部置き換わっていくものだったと思うから。だから、結構平気。ちょっと、泣きそうになるだけで。後は平気」
喧騒の中の誰かが声なく泣いている。そんな気がした。
「ごめんね、楽しい話があればよかったのに……最近ちょっと詰まんないなぁって……」
「……必要な話だったと思う。だから、オレも話そうと思う。少し、詰まらない話だ」
言わなければいけない気がした。
「いいわ、聞かせて」
首を少し傾け頬杖を付きながら、こちらを向いた彼女はそう言って微笑んだ。
遠くの演奏が終わり小さく拍手と歓声が聞こえた。それも止んで、オレは言った。
「マリア……オレは、転生者なんだ」
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