2.鉄封筒

 今、辺境ハシットの街では覚醒式の祝いが催されていた。


 浮かれ調子の人とすれ違う度に少年は心の中で舌打ちをした。

 後ろ半身濡れたままで気持ちが悪い。

 

 魔者の襲撃で壊れた建物や焼かれた樹林は十年ですっかりと元通りだ。

 木々の根や蔦があちこちに纏わり付き、一部完全に樹木と一体化したような建物もある。樹林と草原に囲まれた街なのだ。


 街の中央にゆけば行程人が増えていく、人の体から無意識的に出ている数字の光が徐々に空間に溢れ始めた。

 普段ならガラガラに空いているはずなのだが、今は人で埋め尽くされている。


 その中心ではグライスのよく知る紅い人物が演説台の上に立ち、低く通る声を響かせていた。


「――尚、明後日より「能力祭」の報せが街の掲示板にて掲載される。これは、情報の先出しになるが、縁あって、今年の能力祭は、此処ハシットで催す事となった」


 言うや否や、聴衆は驚きの混じった歓声を上げた。中には黄色い声もある。

 そんな興奮と熱気が漂う雰囲気の中、淡々と司会を務めるのは、現街長であり転生者、北条トキであった。


「能力祭」自分の力を『武』によって示す。

 剣と拳、スキルとステータスがぶつかり合うデスマッチ。

 余談だが、本当に殺し合うわけではない。


「――以上、第三十三回覚醒式を閉式とする」


 拍手が波紋のように増していき、彼に対して声援やまたしても黄色い声が投げられる。彼はそれを適当に受け流しながらその場から退場した。


「…… 帰ろ」


 少年は馬鹿らしくなっていた。初めの内は能力祭と聞いて多少は興奮したが、そもそもステータスの低い自分は出場など出来ず。

 嫌いな人間を長時間見たことで気分が悪くなっていた。


 少年は転生者が嫌いだ。


 彼らは、別の世界で死んだ人間であり、何かの理由を付けて異世界こちらへやって来る。やり直す、最強を目指す、農家を目指す、知識をひけらかす、無双する、魔物になる、上げるとキリがない。


 それらの一人一人が、規格外と呼べるステータスやスキルを持ち、難攻不落なダンジョンを攻略したり、好き勝手に暴れていたり、人助けに尽力を注ぐ聖人や性人も居るらしい。


 正直余所でやってほしいという思いとは裏腹に「異世界の飯はいつか食べてみたい」と考えるくらいには興味がある。ついでに言うと、転生者だからとやたら持ち上げて期待して勝手に理想を押し付けている連中も嫌いだ。


 兎にも角にも嫌いだが、一番の理由は、北条トキという転生者に対しての嫉妬に他ならなかった。


 少年は今、自身が母に愛されていないと思っている。

 いや、果たして何が愛なのか少年もよく分かってはいないが、あの時、彼を抱きしめた母の姿は愛に見えた。それだけだ。


 少年が散らばっていく人の雑多を避けながら十字大通りをゆけば、途中孤児院の子供たちが聖歌を歌いながらゆっくりと行進していたので彼らが手に持った「寄付」と書かれた缶々に向けて銀貨を一枚放った。


 街の大門が見えてくる。

 側に立つ門番に門を開けるように頼むと、無愛想だが少年に応じてくれる。


 小門の閉まる音が聞こえ、帰路へ着く。

 道中、蟲のさざめきは許容を超え、うるさく感じるほど大きく。草原の街道を進む少年の足音は、音に埋もれて聞こえない。


 雲は薄く細くたなびいている。とっくに線になってしまったようだ。少年は、すでに遠い景色となった街の明かりを一度だけ眺め、足元にあった小石を蹴飛ばす。


「あーあぁ…… なっちまったなぁオトナ」


 蟲のさざめきの中に落とした言葉は響くことはない。

 少年は再び歩き出す。ここハシット平原は、ほとんど危険な生物はなく、こうして少年がその身一つで街を行き来できるほどである。それでも万が一があるため夜に街の人間が出歩くことなどしない。

 

 街道より外れた原っぱから燻る草の匂いは何ともいえず。また、昼のものとは違い、しっとりとした青臭さを感じる。その感覚は少年の夜をより深める。


 下を向き、街道を道なりに行けば、今日の出来事を自然と思い返す。

 少年にとってそれは案外日常であり、存外、たいしたものではないのかもしれなかった。しかし、違う。少年は大人になってしまった。


 望んだわけでもなく、拒んだわけでもなく、ふと訪れたそれは、まるで最初から日常にいたかのように静かだった。


 ステータス。それは枷にも羽にもなる。


 少年は、ステータスをやはり確認した。数値は変わらない、しばらくじっと見つめようが、人差し指で数字を隠そうが、事実は変わらない。


 大人になった今日、ステータス概念を体に定着させた少年は、生涯この値で道を刻んで行かねばならない。それは明らかに、他よりも遅く遠く、そして脆い。先が見えない黒、いや、くすんだ灰色だ。悲しいわけではない。憤慨しているわけでも、辟易しているわけでもない。だが胸の内にある何かは、何故かぽっかりと姿を見せない。


 いつの間にか、街道から不自然に枝別れした家へ続く小道の前にいた。足取りは重く、その小道を道なりに進んでく、歩いている途中で鈴堂が目に入った。何となしに崩れかけたそれに腰掛け、疲れているわけではないのに、ぼーっとしていた。


このまま、ここで朝を迎えようかと考えはしたが――大人になったばかりの少年に、夜風はまだ冷たかった。


「なんだ…… ?」


 つんざくような雷鳴。


 突如、夜空に紫電を纏った鷹が駆ける。そのままソレは街の方角へと飛んで行き、見えなくなった。その数秒後、少年の頭に硬い感触のものが落ちてくる。


「!?」

 

 不意の感触に驚きながらも手に取って確認する。

 それは、豪華な装飾が施された鉄封筒の手紙だった。


「鉄の封書…… 確か、国か貴族クラウの偉い方が大事な書類とかを届けるのに使うって聞いたな」

 

 しかし、少年はこんなものとは無縁の生活を送ってきた。それが何故自分の元に届けられたのか。少年は夜空を見て首を傾げた。


「爆発とか…… しねぇよな?」

 

 そんな独り言をポツリと零しながら鉄封筒を裏返して送り主と宛名を目にすると、少年は目を見開いて表情は鉄のように固まった。

 

 次に怒りが熱となって体を包んで、鉄封筒を持つ右手に力が入り、圧し曲がってゆく。少年は来た道を振り返り、街の明かりを睨み付けた。


「あの野郎……!」

 

 宛名は『マイケル・フレッツェ』送り主はこの国の軍部からであった。

 そして、この如何にも金持ちで成金の息子に付いていそうな名前に少年は心当たりしかなかった。北条トキ、基、旧名マイケル・フレッツェ。


 少年は既に街の方へ駆け出していた。


 先程まで、無色透明だった少年に感情が色付いていく。


 薄っすらと黒ずんだ重い灰の瞳。


 灰黒色の髪。

 だが、毛先に近づくに連れ星の無い夜空を染み込ませた様に暗くなっている。


 髪の毛は少し長めで後ろを適当なゴムで括っており、前髪は本当に軽く目に掛かっている。顔はほどほどに整ってはいるが前髪のせいで目付きが鋭い。

 背は一六〇と三cm。ブーツで少し底が上がっている。

 引き締まった体つき。筋骨隆々とは行かぬが、少しの凹凸はある。


 左右丈の違う黒のズボンを履いており、左はブーツまで長く、右はヒザ下の辺りまで。レザーで出来た暗い灰色の上着は半袖で可変式、背広が襟首から縦一直線に脇腹からぐるりと表まで横一直線に切り離され三センチ程の幅があり、その間を金具で等間隔に直線の交わる部分は輪で留めてあった(成長期でも安心)。装飾の類はない。 

 中には記念に協会で斜めに描いて貰った霊紋入りの紺のシャツ。


 そして余り関係ないが、雨灰という繊細な名前に対して、少々やんちゃな性格をしていることを指摘するとキレる。


 それが少年だ。

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