3.再会
人々は困惑しながらも恐る恐るといった感じで自らの生を確認している。
そんな中、先程走り去った男が私のもとに戻ってきた。
『先生、あんたぁ一体…… 生き返したのか人を』
「個々人に同じ時間と事象を繰り返させただけです。どちらにせよ、運が良かった」
『…… 俺には理解できそうもない話だが、助けられたことは分かる。ありがとよ』
ふと魔者を見れば、完全に色と時間を失った魔者は風化しかかっている。
直に塵となって消えるだろう。
『魔者か、妙な姿してるがこいつら普段滅多なことじゃ人なんて襲わねぇ。キテルの樹林で何かあったに違いねぇ』
魔者は歪であるが人から最も遠い人と区分され、極めて温厚かつ今回のように人を襲うことは滅多にない。何かに怯えているようだったが…… 。
私はグライスの手を取って握り、鞄を置いて眼鏡を掛け、改めて魔者の残骸を調べた。蝶が吸ってしまった人面森羊や姦美樹の部位からは何も分からなかったが、千切れた姦美樹の下半身には胴体を深く抉ったかの様な傷跡。
そこから微かだが数字の気配――ステータスの気配を感じた。
純な獣や蟲、魔者には無いものだ。即ち――。
「転生者、或いは転生級か…… 」
転生者は人の形に留まらず。獣、剣、液体、気体。万物に成り代わろうとする。
世界は、ステータスを持ち人に属さないそれらを危険動物体として取扱い、その度合いを伝説級より上の転生級と表した。余談だが比喩としてそう呼ばれる事もある。
「何も知らない奴からすれば、悍ましいマモノに見えるものな」
「おかあさん、コレでかいね!」
「あぁデカイな」
「おかあさんのお尻みたい!」
馬鹿な、そんなに大きくはない。
〝ドゴォォオオオン〟
東の方から轟音が鳴響いた。まさか…… 。
『先生やべぇぞ!今度は東門もやられた!あっちは冒険者が何人か出張ってるみてぇだが、力を貸してやってくれ!頼む!』
「分かった急ごう。グライス、しっかり捕まるさね」
「うん!」
私はグライスを抱き上げ、右足に紅い雷を走らせて地面を蹴って飛翔した。
家々を遥かに飛び越え、上空から街を俯瞰すれば確かに東側では土煙が上がり、恐々とした雰囲気を醸し出していた。
私は落下しながら着地点を見定め、そこに着地する手前で鞄を紅く染め、蝶々の羽を生やして一度羽ばたかせ速度を落として着地した。
「とうちゃーく!」
「状況は?」
そこには数人の冒険者が居た。
近くに居た傷顔の大男は私に驚きつつも口を開いた。
『そ、それが…… 街長んとこのガキが―― 』
男が言い終わる前に、前方、土煙の中で紅の閃光が迸った。
鼓膜が震え耳の奥で音が木霊したと思えば、うねる豪炎が一直線に走り押しのけ魔者の断末魔もろとも焼き尽くした。
『ああやって、次から次に魔者を焼き殺してやがる。初めは" ガキが引っ込んでろ" って止めたんだが…… こんな田舎にも転生者ってのは居るもんだな』
その単語を聞いて私は私を抑えられそうにない。
「……そうか、居るんだな? そこに転生者が」
『え? あ、ああ…… お、おい! あぶねぇぞ!! そっちはまだ―― 』
「子供を頼んだ」
「おかあ…… さん?」
私はグライスを置いて焦げ臭い土煙の中へと入る。新しい煙草に紅を灯す。
転生者は始末する。
それは私が終わるまで変わらない。
視界が悪い。
吐き出した紅い煙を蝶々に変え、土煙に紛れさせて索敵をさせる。煙る蝶々が
触れた物の情報が私の頭の中に直接、信号となって入り込む。
魔者―― 死体―― 魔者魔者―― 瓦礫―― 花―― そこか―― 。
急がなくては、土煙が晴れてしまう前に、済ませ、なければ。
誰かに、あれこれと説明するのは面倒だ。
再び紅の閃光が迸り豪炎が直進した。
煙の中でシルエットが点滅し、浮かんでは消える。
コツコツコツと敢えて足音を立て、私の存在をソレに認識させる。
「……ん? 煙が晴れるまでは誰もこちらに来るなと言っただろう。流石に、子供一人に任せるのは冒険者として面子が立たないか? 安心しろ、手柄なんてものはくれてやる。ソレよりも人手だ、街周辺の森を焼く。おそらく直に西門にも魔者が殺到するはずだ。そうなる前に手を―――― 煙の、蝶…… 誰だ?」
煙の先で私はソレを見て声が出なかった。
煙草は火が付いたまま私の足元に転がって灰を落としていく。
「あの…… 大丈夫…… ですか? 何か、無くしたような顔をしてる」
振り返った子供は、グライスと同じ年くらいの背格好で、髪は紅い。
「大事なモノですよね。きっとそうだ。後でよければ手伝いますよ。探しものは得意だ」
私に似て愛想笑いが下手くそで、私に似てぶっきら棒な話し方で、紅い瞳で私にはない黒目があり光があった。
風で煙が薄れて街が夕日で満たされてゆく。煙る蝶々が羽ばたく。
「オレは…… オレは
知らない物に興味津々で、あの頃と変わらず分厚い本を携えて、なのに、ホウジョウ・トキと転生者の名を名乗った。だが、見れば見る程、仕草、顔つき、その色は全ては違いなく―― 。
「…… やめて」
地面に立つ足が不安定になっていくのが分かる。崩れる。
「あの、ホントに大丈―――― !?」
駆け寄ってきたその子を私は夢中で抱きしめていた。
何度も胸の内から沸き立つその可能性を否定しながら、彼の頭を優しく撫でながら、髪をかきあげてその子のこめかみにあるであろう霊紋を確かめた。
〝ユウアキネ〟の花の印。嗚呼、間違いなかった。
遥か昔に殺した、私の息子だった。
「おかあさん…… ?」
背後から私を呼ぶグライスの声に我に返った。
私は彼から離れて、グライスの手を強引に掴んでその場を去ろうとした。
「待ってくれ!オレはあなたの何かなのか?教えてくれ!オレは―― 」
唇を噛んだ。
「―― 森を焼くのは良い判断だ。樹林は暫く泥が溢れるだろうが三年もすれば元に戻る。今回の原因は、お前と同じ転生した者が引き起こした物だ…… 今日の事は、全て忘れてくれ」
私は口早にそれだけ伝え、街を去った。
どうしようもなかった。
ほんのひと目見ただけで私は、再び愛を抱いてしまった。
母であると言ってしまいたかった。
だが、自らの子を殺し、転生者を殺し続けてきた私にはその資格は無い。
だが、それが分かっていて尚、私の中の愛は二分して薄れて分からなくなってしまっていた。
グライスの事は愛してはいるが、今はその愛が劣っているように私自身が感じてしまう。
激しい自己嫌悪と罪悪感が私を貪る。
苦しい。
そして私はその日から、グライスが私の事を「おかあさん」と呼ぶ度に過去の息子の姿が重なり、遙か昔の記憶が幾度となく鮮明に蘇った。
その対比が私の心を締め付け続け、心が私に愛の行方を問い続け、そして耐えられなくなり、遂にはグライスに辛く当たってしまった。
酷く後悔をした。
母親失格だった。
それをきっかけに、私を母と呼ぶ事を禁じた。
それからは、書斎に引きこもり、煙草に火を付けては紅い煙の中に思考を投げ出す日々を送った。
私は――私は――……。
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