第587話「神罰執行」
「セプテムちゃん、なんかさっきから言ってること少しおかしくない?」
ブレスが来る前に散開したため、結果的に大きく回避行動をとる事になったライラが近付いてきた。
レアの言葉がおかしいと言ったのは、警告を発した数秒後に黄金原神がようやくブレスの予備動作を開始したからだろう。
確かに、あの時はそうすべきだと考えたから警告したが、今思えば不自然極まりない行動だった。
しかし次のブレスがもう間もなく放たれる。あまり相手をしている余裕はない。
それと、先ほどの精神高揚状態を間近で見ていたのはライラなので、今はちょっとあまり顔を合わせたくない。
「今忙しいからまた今度ね」
面倒なので適当にあしらう。
今はそれどころではない。
黄金原神の次弾もそうだが、これから初めての魔法を撃つ、かもしれないからだ。
以前、あの山脈に棲むルフの巣を吹き飛ばした時、はじめはもっと高威力の事象融合を使うつもりだった。結果から言えば『
あの時、さらに魔法を重ねようとしたレアに、「魔法の発動制限に達しました。【魔王】では7種以上の魔法を同時に発動することはできません」というエラーメッセージが届いた。
魔王以外にそんなことをする奴がいるとも思えなかったし、魔王に出来ないのなら誰に出来るのかと疑問に思ったものだ。
しかし、その疑問も今解消された。
別に転生した事で制限が解除されたとは思わないが、それは別にしてもそのものズバリ、「制限解除」なる特性をアンロックする事が出来たからだ。
きっと、発動制限とやらも解除してくれるに違いない。
してくれなかったら運営にクレームである。
紛らわしい名前はやめてほしいものだ。
しっしと手を振ってライラを下がらせたレアは、翼を広げて意識を集中した。
6枚の翼、そして2本の腕に8属性のマナをそれぞれ集束させていく。
と、そこで周囲から何かマナのようなものが遠ざかっていくのが視えた。
ようなもの、と言ったのはマナではなかったからだ。『魔眼』で確認できる範囲では、特にマナの濃度が薄くなったりはしていない。
かと言って『予智』で視える未来の光景でもない。
魔力でも生命力でもない、まったく新しいファクターが突然視認できるようになった、ように思える。
何らかのスキルだろうか。嫌がらせをするくらいにしか役に立たない『邪眼』が進化でもしたのか。
そう思ってスキル欄を確認して見ると、そもそも『邪眼』が消えていた。どころか『魔眼』のツリーもない。射撃系のツリーから『真眼』も消え、さらに『鑑定』もどこにもなかった。
いやしかし先ほどは黄金原神をきちんと『鑑定』したはずだし、今も周囲のマナや生命力が見えている。
つらつらと表示されるスキルを見ていると、まったく新しいツリーとして『神眼』というのが増えていた。
どうやら、この『神眼』に消えた全てのスキルの効果が内包されているらしい。
加えて『精霊眼』なる知らないスキルの能力も持っているようだった。
自然界に存在する精を視認できる、ということなので、今周辺から去って行ったのがそれなのだろう。
この視界に集中して見てみると、地上と空中で色が違って面白い。
おそらく地上に氷の精、空中には風の精がいたりするのだろう。この何とかの精の有無によって、その環境で使用できる『霊術』が変わってくる、という事のようだ。
『霊術』は精霊王を取り込んだだけでは取得出来なかったのだが、今ついでに見ていたらリストに追加されていた。
今はアンロックされているだけで、実際に取得するには経験値を支払う必要があるものの、環境によっては魔法より大きな結果を残す事が出来る。
事象融合も含め、色々と検証してみたい。
他にも気になるスキルがいくつか増えている。
が、それらは今考えるべき事ではない。
「『フレイムデトネーション』、『レイジングストリーム』……」
翼に順番に魔法を待機させていく。
「『クライオブリザード』、『レヴィンパニッシャー』……」
何度も繰り返してきた作業だ。どうせ『魔眼』で発動するのだし、もう口に出さなくても発動待機まで持って行けるが、これが初めての組み合わせだと思うと言わずにはいられない。
「『ゲイルランペイジ』、『セディメントディザスター』……」
ここまではこれまで通り。問題はここからだ。
「『ホーリーエクスプロージョン』……」
右手に神聖属性の魔法を待機状態にする。
しかし、エラーメッセージは来ない。
いけそうだ。
「『ダークインプロージョン』……」
さらに左手に暗黒属性を待機させたところで、準備が整った。
大丈夫だ。
落ち着いている。
自動的に脳裏に浮かんでくる、事象融合の発動ワードだけを言えば、醜態を晒す事もない。
ただ無口であればいい。
そのはずだ。
「……神に楯突く不届き者め。その愚かしさ、悔恨と共に冥府でとくと噛み締めるがいい。
──受けよ! 神の怒りを! 『
発動した瞬間、周囲から音と光が消え失せた。
静寂と漆黒が支配する闇の中で、ただ巨大な氷の大陸だけが浮いているように見える。
空には星もない。夜になったわけではないようだ。
発動者のレアと対象の黄金原神を中心とした、一定範囲内の空間だけがきれいに切り取られ、亜空間にでも移動させられたかのようだ。
これはこの空間の外からはどのように見えているのだろう。
またぞろ時間でも止まっているのか。
氷の大陸にひとり立つ黄金原神は今まさにブレスを撃とうとしたところだったようだが、突然の異常事態に驚いたようにあたりを見回している。
無理もないだろう。何しろ発動した本人のレアも驚いている。
黄金原神がすぐに我に返り、改めてブレスを撃とうとしたようだが、それは出来なかった。
周囲の闇から突然真っ白い鎖が飛び出してきて、拘束されてしまったからだ。
第二形態よりだいぶ縮んだと言っても、黄金原神は大きい。
その黄金原神を拘束してしまうくらいだから、鎖も巨大だ。小さい対象ならこの鎖だけで潰されて死んでしまうのではないだろうか。
拘束の様子にも違和感がなかったが、あの大きさである。違和感がないほどスムーズだったのなら、相当な速度であったはずだ。おそらく音速は超えている。触れればミンチだろう。非常に高速な拘束だ。
「……ふふふ」
レアが笑うと空間ごと震え、黄金原神を縛る鎖がさらに追加された。
全く意味不明な空間だが、これはそもそもレアの発動した事象融合だった。どうやらレアの感情の昂りに影響を受けるようだ。落ち着く必要がある。
「あはははは! さあ、その虜囚に断罪の剣を!」
興奮したレアが叫んだからなのか、それともたまたまそういうタイミングだったのか。
切り取られた空間の外側から、囚われた黄金原神を覗き込むように超巨大な何かが現れた。
その何かは鎖同様に真っ白で、うっすらと光を放っているように見える。
しかし眩しくはない。
そして見覚えのある姿だ。毎日見ているし、何ならつい先ほども色違いを見た。
その巨大な何かは、真っ白なレアだった。
本物のレアもどちらかと言えば白いのだが、あれはその比ではない。白色光を凝縮して固めたかのような、そんな白さだ。
純白の巨大レアが腕を振り上げる。その手には真っ赤に燃える刃を持った、凝った意匠の短剣が逆手に握られている。短剣を握る手が白すぎるせいで、その刃の
次の瞬間、巨大レアは腕を振り下し、その短剣を躊躇なく黄金原神に突き立てた。
突き立てたと言っても、超巨大なレアが握っていただけあり、その短剣の刃は黄金原神の身体よりも広い。
当然真っ二つになるはずだが、短剣は黄金原神にダメージだけを与え、肉体的な損傷は与えていなかった。鎖も切れていない。
しかし短剣は何かに固定されるようにその場に残り、巨大レアが手を放しても動く事はなかった。
手を放した巨大レアはすうっと消えていき、鎖まみれの哀れな姿の黄金原神と短剣だけが残された。
すると再び、超巨大なレアが短剣を持って現れる。
今度は同じ意匠ながら水色の刃だ。もしやこれは属性の色を表しているのだろうか。
ふたり目の巨大レアはひとり目と同様に黄金原神に短剣を突き立て、消えていく。
ひとり目の短剣の時点で黄金原神のLPは砕け散っていたようだが、まだ死んでいないように見える。
それが黄金原神の能力なのか、それとも発動した『
その後も立て続けに、おそらくは氷、雷、風、地の属性の短剣を持った巨大レアが現れ、順番に黄金原神に短剣を突き立てて消えていった。
もはや短剣が邪魔で黄金原神は全く見えない。
肉体的な損傷も与えられていたとしたら、今頃サイコロステーキにでもなっていたのではないだろうか。
加えてあの全ての短剣にダメージ判定があったとしたら、それはどれほどのものになっていたのか。
6属性6本の短剣が無事に突き立てられた後、これまでよりも、さらに一回り大きなレアが現れた。
超々巨大なレアは両手を掲げ、そこに握られていた、純白と漆黒の短剣を順番に振り下した。
《──神罰、執行》
謎の空間中に声が響き渡った。
システムメッセージだろうか。いや違う。聞き慣れない声だ。
というか、これはおそらくレアの声だ。自分の声を客観的に聞いたことが無かったのでわからなかった。こういう風に聞こえるのか。
よく見れば、超々巨大なレアの唇が動いている。
その超巨大レアは呟いた後、こんな表情した事なんてあったかな、と自分でも違和感があるほどの優しげな笑みを浮かべ。
黄金原神と、突き立てられた8本の短剣を中心に爆発が起こり、切り取られた空間ごと跡形もなく消し飛んだ。
レアはそのあまりの眩しさに目を閉じた。
*
目を開けると通常空間に戻っていた。
戻ってはいたが、一瞬どこなのかわからなかった。
眼下には青い海。
そこに大きな渦が出来ている。
氷の大地はどこにもない。
カナルキアも見えない。
遠くの方に流氷のような残骸がいくつか浮いているが、それ以外には海しかない。
「どこに……、いや、もしかして消えて無くなった、のか?」
「──あんな危ない魔法を撃つなら、ひとこと言ってからにしてよ」
振り向くと、上空からライラたちが降りてくるところだった。
「なんか黒い玉がぶわーって出て来て、ばーんって何回か光って、黒い玉が消えたら辺り一帯消えてた感じ!」
ブランの言葉によると、どうやらあの謎空間の中は外からは見えなかったらしい。それは何よりだ。巨大な自分が入れ替わり立ち替わり何人も現れるなど、あまり見られたいものでもない。しかもやっているのはただ短剣を突き刺しているだけである。
「おいおい……。氷の大陸がほとんど残ってないぞ。異邦人の連中生きてるのかこれ」
バンブが呆れたような声を出した。
気持ちは分かるが、プレイヤーたちにとっても青天の霹靂だっただろう。呆れるのは少し可哀想だ。
「氷の端の方にかろうじて何名か残っているようだがね。まあ大半はリスポーンだろうな」
教授が遠い眼をして言う。
「すごいわ! さすがは私のセプテムさんね! なんて言うか、うまく言えないけど、とにかくすごいわ!」
ジェラルディンのブラン化が進行している。
いや、初めからこのくらい大雑把だったような気もするが。
「いやいや。これは凄いね。これまでの『
決して地味ではなかったが、外にいたゼノビアから見て地味だったのならそれはそれで好都合だ。
「……ちゅうか、威力高すぎんか? 別に『天変地異』でよかったじゃろ。何も残っとらんじゃないか……。ええ……、かなるきあは……?」
確かに、『天変地異』をもう一発ならカナルキアも原型くらいは留めていたかもしれない。
しかし留めていなかったかもしれない。結果論だ。
とはいえ、友好国を国ごと消しさってしまったと言うのはさすがに罪悪感が湧いてくる。どこかに宿でも用意してやった方がいいだろうか。
その時だった。
《ワールドエネミー【黄金龍】が討伐されました》
《ワールドクエスト最終章が完結しました。お疲れさまでした》
《新たな神「魔霊神」が誕生しました。以降、『神罰』は魔霊神が執行します》
《このメッセージは例外的に、特定のスキルをお持ちのプレイヤーキャラクター、ノンプレイヤーキャラクター全てに発信しております》
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