第586話「予智」
転生という形でアバターを変化させるのは久しぶりだ。
ただ、前回の魔王の時ほどの違和感は無かった。
あの時は角が生えたり翼が生えたりして色々ムズムズしたものだったが。
自分自身の姿を見る事ができないので分からないが、ひょっとしたら外見的にはほとんど変化がないのかもしれない。
変化らしい変化を感じる事もなく、転生時の光が収まる。
目を開けると、目の前に巨大で汚いずだ袋があった。
元の空間に戻ってきたらしい。
戻ってきてから転生が始まったのか、転生が終わってから戻ってきたのかはわからない。
落ちてしまうかも、と一瞬考えたが、『天駆』が発動状態だったようで、謎空間の床に立っていた感覚のままで空中に立っていた。
元の空間に戻ったと言っても、全てがそのまま戻ってきたわけではない。
あの謎空間と同様、戦闘で破損した装備は修復されている。
戦闘で、というか、戦闘中に、というべきか。
うれしかったのは巨大化した際に弾け飛んだ下着やブーツまで元に戻った事だ。
これで多脚をオンにしなくても空中戦が出来る。
また、咬み付きによって拘束されていた翼は解放されていた。
黄金龍の2つの首は半ばから消し飛んでいる。
やった覚えはないのだが、もしかしてあの謎空間で破壊したレアのコピーと連動していたのだろうか。
そういえば、あの謎空間に行く直接の要因になった黄金の蛇はこの首から飛び出して来たのだったか。
開放された翼も特に以前と変わりないように見える。いや、発動した覚えもないのに精霊王の虹色の翅がオンになっているようだ。
魔霊神とか言うくらいだし、もしかしたら魔王と精霊王の特徴を併せ持っているのかもしれない。
そのあたりの客観的な意見が欲しくて辺りを見渡してみた。
上の方に必死の形相をしたライラやブランたちが見える。
蛇に咬まれる前と全く同じ位置に、ピクリとも動かずにただ浮いている。そのポーズだけは妙に躍動感があるが。
ステータス画面の端を確認してみた。
元の空間には戻ったが、時間は停止したままらしい。
動けるのはレアだけだ。
いや──
もうひとつあった。
半ばから失われたぼろぼろの龍の首が、レアの横からゆっくりと戻っていく。
そしてその首ごと、巨大なずだ袋が転生の物に似た光に包まれた。
黄金天龍からは、すでにエウラリアは完全に失われている。
その状態で黄金天龍アウレア・アイテールの形態に固執しても意味はないのだろう。
となるとおそらく、これが大昔にこの地に降り立った黄金龍、その原初の姿だ。
光が収まると、そこにはそれまでよりひと回り以上小さくなったトカゲがいた。
首の数はひとつ。
もはや馴染み深いとも言えるウツボの形だ。
ただし、馴染み深いのは形だけで、その首は黄金の毛で覆われていた。
毛が生えたウツボだ。これに近い生物となると、ちょっと思いつかない。強いて言うならヒクイドリに近い印象を受ける。鳥と違ってこちらは嘴が無く小さな牙のびっしり並んだ顎を持っているのだが。
長い首の先には黄金の毛皮に包まれた熊のような形状の胴体がある。基本的に四足型だが、後脚だけでも立ち上がれそうな、どっしりとした下半身を持っている。
さらにその尻からは首と同じくらい長い尾が生えていた。これも先端まで黄金の毛に覆われている。
背には鳥のような翼。だが、鉤爪のような指も見える。
こちらは似たものを見た事がある。始祖鳥の翼だ。
毛皮を着た暖かそうなドラゴン。
それが黄金龍の原初の姿、その第一印象だった。
戻っただけと言っても、現代に生きるプレイヤーにとっては新形態、つまりラスボス第三形態だ。
名前も変わっているかもしれない。
そう考えて『鑑定』してみた。
「ああ、そうか。最初の黄金龍ってことは、この世界の因子が全く入ってないわけか。文字化けして何も見えな──ん?」
何かが発動した感覚があった。
直感的に、これは解放された特性の「制限解除」が関わっていると悟った。
すると『鑑定』された文字化けが、あの時のようにするすると崩れていき。
「制限解除……。まさかこれだけってことはないだろうけど。まあいいか。
──名前は【黄金原神 オルゴ・ユピテル】か。こいつも神属の一種なのかな」
偽神とかいうのもいたにはいたが、あれはわざわざ偽物と言っているくらいだし神属ではないだろう。
「──ェムちゃん! って、あれ?」
突然ライラの声がした。
ようやく時間が動き出したようだ。
「死にぞこないの黄金龍の首どこ行ったの?」
ライラの疑問に、レアは顎をしゃくって黄金原神を示した。
ライラは行儀がどうのと言いながらそちらを見て、何回変身するんだよと愚痴をこぼす。
「セプテムちゃん無事だったん──うおっ! まぶしっ!」
近づいてきたブランが目をつぶって顔をそむけた。ちょっと傷つく。
「眩しいって何さ」
「いやなんか、別に実際光ってるってわけじゃないんだけど。直視できないっていうか、神々しいっていうか……」
そうなのか、とライラを見やると頷いている。
しかしライラは「セプテムちゃんが神々しいのは慣れているから平気」とか言っていた。何を言っているのかよくわからない。
バンブや教授、メリサンドもやってきたが、概ねブランと似たような反応だった。
ジェラルディンやゼノビアはライラ側だ。
何となく察したので考えるのをやめた。
しかし、こういう反応をするという事は、やはり外見的には魔王からそれほど変化していないようだ。
その代わりにというか、神々しさのような謎のパッシブオーラが発せられているらしい。
神属になった証という事だろう。
能力値については、あの謎の空間に居た時とそれほど変わっていないため、例の高揚感はない。
そう、あの空間に居た時とほぼ同じなのだ。
つまり、フラットな状態で『
もしかしたら『神の息吹』をその身に受けている事も、転生の条件のひとつになっているのかもしれない。
これはレア以外の神属がどこかに現れなければ検証出来ないが、もしそうだったとすればウェインたちの貢献は計り知れない。
とはいえ仮に検証出来たとしても公開するつもりはないし、つまり表立って彼らに礼を言う事も絶対にないわけだが。
「しかし、第三形態かね。もはや名前すら文字化けしてしまって何も見えないな。LPは──減ったままなようなのは助かるが。いや、かなり回復している、のか? しかし色合いは……」
教授がブツブツ言っている。
『真眼』では対象のLPを色と光度で判別する必要があるため、慣れないとなかなか難しいものがある。
教授はかなり慣れている方だが、黄金龍の元々のLPの多さと変化した能力値のせいで若干混乱しているようだ。
実際のところ、黄金龍の現在LPは先ほどまでとそう変わっていない。変わったのは最大値だ。
やはりというかなんというか、エウラリアを取り込んでいた黄金天龍と比べると、黄金原神の能力値は全体的に低下しているようだ。
それに伴って、かどうかは不明だが、LPやMPの最大値も低下している。と思われる。
加えて言えば、黄金天龍の頃はわずかながらもLPが回復していたようだったが、それも今では完全に停止している。MPも同様だ。
あれはこの世界にとって完全に異物であり、あのままではこの世界のマナを取り込むことが出来ないのだろう。
そして、変化したてで見た目こそまっさらな新品に見えるが、LPは減らされたままである。ということは。
もうあと一押しで倒せる状態なのは変わっていないという事である。
しかし、それは黄金原神も十分わかっている。
変化が終わり、落ち着いたところで、黄金原神はその首をもたげ、ブレスを吐く体勢をとった。
黄金天龍にトドメを刺すため、近づいていたレアだったが、相手が縮んで黄金原神になってしまったため今は少し距離が出来ている。
この距離ではお互いに近接攻撃は届かない。
残りLPが心もとない黄金原神としても、これ以上近付かずに済ませたい、といったところか。
「──ブレスが来る! 散開するんだ!」
レアの警告に、集まっていた仲間たちは弾かれたように飛び退いた。
レアもブレスの衝撃に備える。
転生のどさくさか謎の空間に移動したせいか、『魔の盾』はすべて失われてしまっているが、今なら素の能力値だけで防御しても死ぬ事はないはずだ。
ブレスを受け止める覚悟を決める──が、待ってもブレスはやってこなかった。
おや、と思いもう一度黄金原神をよく見てみる。
黄金原神はブレスを撃とうと、今まさにその首を持ち上げたところだった。
デジャビュだ。
いや、違う。
この光景は、確かに数秒前に見た。
どういうことだ、と混乱するレアをよそに、黄金原神がブレスを放つ。狙いはレアだ。
考えるのは後にして、とりあえず撃たれたブレスを受け止める。
回避しても良かったが、それは別にいつでもできる。今は進化した身体の素の状態の耐久力を見ておきたかった。
黄金龍のブレスの直撃を受けるのは二度目だ。
一度目は火山島で、ウツボ型の端末が撃ったものだった。
今回のブレスも性質としてはあれと同じだが、威力は桁違いに高くなっている。
エウラリアを失ったとはいえ本体の放つブレスだし、端末の放つそれより強いのは当然か。
しかしそんな強力なブレスの直撃を受けても、衝撃は以前に食らったあの時と大して差はなかった。
今は『魔の盾』もないというのに、である。
LPの肩代わりとしてMPは削られたが、すぐに問題が出るほどの量でもない──というか、消耗していたはずのMPが全快していた。転生のせいだろうか。あの謎空間のせいだろうか。
ブレスを防ぎ切った後、改めて黄金原神を見やる。
黄金原神はブレスが防がれたとみるや、すぐさま第二射を放たんと口を開けており、すでにその口内には光が集束されつつあった。
しかし、その様子は薄ぼんやりとブレて見えた。
よくよく見てみると、黄金原神はまだブレスを撃ち終わったばかりで、口を閉じたところだった。
こちらに何らかのダメージを与えられているのかどうか、様子をうかがっている様に見える。
ブレスを撃とうとしている姿と、何もしていない姿が二重になっていた。
「──ああ、なるほど。これが『予智』か」
どうやら、相手の数秒先の行動を幻視出来る能力、であるようだ。
非常に見づらいというか、慣れないと混乱してしまうが、冷静に考えると無茶苦茶な能力である。
本当にどういう技術なのだろう。
NPCならばまだしも、例えば相手がプレイヤーだったとしてもこれは発動するのだろうか。
その場合、仮にNPCがこのスキルを取得したとして、そのNPCはプレイヤーの行動予測も出来るようになるのだろうか。
AIに行動を予測される人間、という、深く考えると怖くなる構図だ。
「ブレスはもういいや。今のわたしには何の脅威にもならない事は確認できた。時間の無駄だ。
わたしの方は……全部回復してるみたいだし、これならどうせ何をしても一撃で倒せる。
せっかくだから、制限解除とやらが他に何を解除してくれているのか、試してみるとしよう」
ちらりと確認したところ、魔法のリキャストタイムも全てまっさらな状態になっていた。
であれば、やることはひとつだ。
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