第576話「献身」





「笑うのは、さすがに失礼ではないかね。彼は、彼は、自らの尊厳と引き換えに、起死回生の一手を打ったのだっ……!」


「いや別に笑ってないんだけど。失礼なのはウルススの方でしょ。なにニヤニヤしてるの」


 バンブが暗所で緑色に発光する事はすでに聞いて知っている。今ここで笑う理由はない。

 笑いはしないまでも、十分に面白い絵面なのは確かだが。


 それに、こういった使い方で光る事を公開したのは悪くない。

 これなら「ターゲットになるためにあえて視覚的手段で知らせた」と言える。レアがもし何も知らなければ、この状況下で「本当は夜勝手に光る」のだとは考えないだろう。

 バンブにすれば、あの呟きがレアにまで届いていることも想定していなかったはずだ。

 単純に遠距離に速やかに情報を届ける手段として、ライトによるモールス信号などが使われる事もある。

 そういうつもりで光ったのであれば、それを見た方は何色であろうとおそらく本来は気にしない。実際は知っているので気になってしまうが。

 そんなことより、バンブが叫んだ内容の方が重要である。


 ここがこいつの弱点だ。


 バンブはそう言った。

 何かはわからないが、ひと目見てそれと分かる「弱点」をあの黄金龍の体内で見つけたのだろう。

 先ほどのビームのようなエネルギーの奔流は、おそらくバンブの放った事象融合の技だ。詳細はわからないが。

 バンブは限られた手札を黄金龍の弱点を攻撃するためではなく、その情報をレアへと伝えるために切ったのだ。


 黄金龍の身体を打ち破るため、内側からバンブが放った攻撃は強力だった。ブランが捕まえて遊んでいた頭部のブレスよりも遙かに強いだろう。彼の目論見通り、それは黄金龍を内側から貫通し、外部までのトンネルを作り出した。

 しかしそれは黄金龍の全貌からすればそう大したサイズでもない。単純に黄金龍が大きすぎるだけの話だが、大きいという事はそれだけ力があるという事だ。

 あれを仮に弱点とやらにぶつけていたとしても、膨大な黄金龍のLPを削りきれたとは限らない。そう判断し、限られた事象融合を、弱点を攻撃するためではなくレアに知らせるために使ったのだろう。


「まあ、実際悪くない判断ではないかね。単純な一撃の火力と言う意味では、おそらくセプテム嬢は世界最強だ」


「まるで単純な火力以外では負けてるみたいな言い方をするじゃないか」


「その通りだとも。現に今、目の前にいる黄金のイソギンチャクは、君よりはるかにLPが多いではないか。ラルヴァ氏にしてもそうだ。セプテム嬢には暗闇で光ることなど出来まい」


「出来てもやらないけど多分。てかそれがメリットだって思ってるなら何でさっき笑ったの」


 しかし確かに、ある面においては教授の言う通りである。

 黄金龍を引き合いに出さずとも、レアは元々LPが低めのビルドになっている。今でこそLPなどあまり関係なくなっているが、数値自体はもともとそれほど高くない。


 レアが力を入れているのは、教授が言ったように主に攻撃力だ。MPの高さなども入れれば、継戦能力まで含めた総合的な攻撃能力と言った方がいいだろうか。

 バンブも確かに戦闘力に重きを置いたビルドをしていると言えるが、常に第一線で研究と成長を続けてきたレアとはさすがに比べるべくもない。


「オクトー嬢がサポートし、ラルヴァ氏が切り込み、セプテム嬢が致命の一撃を加える。なかなか理想的な流れだと言えるのではないかな」


「ノウェムは?」


「彼女は攪乱かくらんだよ。見れば分かるが、これ以上ないくらい成果を出している」


 どちらかというと攪乱されているのは味方の方なのでは、と思わなくもないが、効果が抜群なのは間違いない。


「じゃあウルススは?」


「参謀に決まっているだろう。今もほら、こんなに働いている」


 役に立っていないとは言わないが、言うほど働いているだろうか。

 本人が言う通り、直接戦わせるよりは頭を使わせた方がいくらかマシな気がしないでもないという消去法でレアの隣にいるに過ぎない。


「……まあ、それは今はいいや。それより、ラルヴァの覚悟を無駄にするわけにはいかない。あのトンネルも黄金龍のLPをそれほど削ったわけじゃないし、次の再生が発動すれば埋まってしまうだろう。その前に」


「ラルヴァ氏ごと撃つ、のだね」


「うん。例の人形はラルヴァにも渡してある。彼も馬鹿じゃないし、本当に自己犠牲だけでターゲットを買って出たわけじゃないはずだ」


 そう言いながら、レアは巨大化と『魔の剣』を解除した。

 多脚はオンのままだ。これをオフにしてしまうと、スカートの中をいつも以上に気にしなければならなくなる。

 巨大化をオフにしたのは黄金龍の攻撃を避けるためである。

 バンブの放った一撃を超える攻撃を繰り出すためには、翼を「腕」として使えるようにしなければならない。

 6枚の翼は黄金龍の触手の繰り出す体当たり──というか頭突き──をいなすために使っていた。

 回避に専念すればわざわざいなしたりする必要はない。

 しかしこの戦いの目的は生き延びる事ではなく、黄金龍を倒す事だ。避けているだけでは何の意味もない。

 ハルバードを振るうためには、地に足を付けて構えている必要があった。と言っても『天駆』で踏ん張っていたので地に足は付いていなかったが。そもそもここには地面が存在しない。

 回避に専念するわけにいかないのは事象融合でも同様で、さらにこちらは翼も別で利用する。

 そのため、専念しなくとも避けられるよう、小さくなって回避率を上げたのだ。

 どうせ魔法の威力には発動者のサイズは関係ない。


「『イヴィルスマイト』、『セイクリッドスマイト』、『イヴィルスマイト』、『セイクリッドスマイト』……」


 レアの両腕と3対の翼に、黒と白のマナが4つずつ集束していく。


 いつか、黄金龍の端末のひとつ、黄金怪樹サンクト・メルキオールを討伐するために放った魔法だ。

 あれも再生が得意な個体だったが、この魔法でその身体のほとんどを吹き飛ばす事で討伐した。

 あの時は他に何の情報もなかったためそうしたが、もし弱点と言うか、それを失うと死亡するような部位があったとしたら、あそこまで過剰な火力で焼き払わずに弱点だけを狙い撃ちしていただろう。


 その黄金怪樹の親玉、黄金龍は今、バンブの覚悟によってその弱点が顕わになっている。

 黄金怪樹より何倍も大きな黄金龍をこの魔法で吹き飛ばす事は出来ないが、弱点を撃ち抜くだけなら出来るはずだ。


「──そこの異邦人たち! 今からそこの穴に向けて大技を撃つ! 死にたくなければ下がりなさい!」


 何故か埋もれたバンブを追いかけて黄金龍に駆け寄っていたプレイヤーたちが動きを止め、距離を取り始める。

 ほとんどが見覚えのある者たちだ。ウェインもいる。

 水晶姫らしき女プレイヤーは無視して突撃しようとしていたが、仲間のプレイヤーに引きられて下がって行った。


 これで障害はなくなった。まあ、あっても関係なく撃つが。


「よし──穿うがて! 『クアドラプル・カオスイレイザー』!」


 両手と全ての翼から放たれたマナはあの時と同じように、レアの前方で一旦ひとつにまとまり、そこから灰色のエネルギーが一直線に発射された。


 見る者を不安にさせるようなその灰色の光の奔流は、バンブの空けたトンネルに正確に突き刺さり、そのまま逆流してバンブに直撃した。

 そして刹那の後、灰色の光がひと回り拡大し、トンネルを強引に押し広げた。


 しかしレアは、おや、と思った。

 黄金龍を貫通していない。

 どこまで魔法が届いているのか不明だが、黄金龍の内部で途中で止まっているような感覚がある。


 そしてまた次の瞬間、光が拡大し、破壊範囲が広がる。

 が、やはり黄金龍を貫通したりはしていない。


 その後も何度か同じ事を繰り返し、やがて灰色の光は消えていった。





 灰色の光と共に消え去った黄金龍の胴部分は見るも無残な有様だ。

 『カオスイレイザー』の直撃を受けた黄金龍は、その前半分のほとんどが消滅していた。


 上の触手もいくらかは動いているが、ほとんどはくたりと元気なく垂れ下がっている。

 巻き込んでしまったか、と焦って見渡せば、ライラやブランはちゃっかり距離を取っていた。ジェラルディンやゼノビアも2人の近くにいるようだ。

 足元のプレイヤーたちも、ウェインや水晶姫など、特徴的な装備や容姿の人物は生きているのが確認できる。

 しかし少々数が減っているようなので、何名かは巻き込まれて消滅したようだ。


 そして、バンブはといえば。


 消し飛ばされ、大きくクレーターが出来た黄金龍の中心に、まるでめり込むように座り込んでいた。

 もう光ってはいない。

 明るいからなのか、自分でオフにしたからなのかはわからない。


 そのバンブがもたれかかっている壁のすぐ上に、細かい造形がわからないほど崩れてはいるが、卵型の何かが埋め込まれている。

 あれが、バンブが弱点だと判断した何かだろう。

 しかし、原型をとどめている。

 何かはわからないが、表面しか削れなかったようだ。


「ラルヴァ氏も息があるようだね。身代わりはきちんと発動したようだ。段階的に破壊を与える魔法のようだったから、直接の死亡原因になったダメージというのがどれなのかによっては身代わりが発動しても結局消滅してしまうかなとも思っていたが、どうやらまとめてひとつのダメージとして計算されたようだね」


「うん。その点はよかったね。でも、今のでたったこれだけしか削れないのか。まずいな。弱点に直撃したわけではなかったと見るべきか、それともあの状態で防御したのか……」


 身体の半分近くを消滅させられた黄金龍だが、そのLPはまだ6割ほども残っていた。


「……ふむ。ラルヴァ氏の身代わり人形が発動したせいで、破壊されなくなったラルヴァ氏自身の肉体が壁になり、それより後ろに衝撃が伝わらなかった、という可能性もあるな」


「ああ、なるほど。それだったらしょうがないな……。まあ、神聖と暗黒と光と闇以外ならまだ撃てるし」


「だが、その次はもうないだろう。撃つのならば今度こそ確実に弱点を狙う必要がある。なに、及ばずながら私も一発程度なら撃てなくもない。試射が必要なら言ってくれたまえ」


「そうだね……。まあそのくらいは働いてもらわないとね」


「いやいや私はちゃんと働いて──おや」


 突然、黄金龍の身体が身じろぎをはじめた。

 『天駆』で空中に立っているというのに、8つの足からは地響きのようなものも伝わってくる。

 空気の振動、というより、まるで空間が揺れているかのような重厚なプレッシャーを感じる。


「見たまえ! 黄金龍が!」


 再生を、始めた。


 広く深く抉られた黄金龍の身体がみるみる蘇っていく。


 しかし、それまでのように元通りに再生したわけではなかった。

 レアによってえぐられたその形のまま、無残な断面だけが舗装されていくかのように綺麗になっていく。


 その過程でバンブが押し出され、ころりと氷の大地に落ちた。

 そこでバンブは気絶状態から復帰したようで、天を蹴ってレアたちの方へ駆けてきた。気絶しながらも状況は把握していたらしい。


 丸く抉られたイソギンチャクは、その抉られた端が少しずつ伸び、広がっていった。

 それはまるで、黄金の白鳥がゆっくりと翼を広げていくかのようにも見えた。


 くたりと垂れていた触手たちも活発に動き始め、まるで三つ編みでも編むかのように何本も束ねられていく。


 広げられた胴部はやはり翼に。


 七つに束ねられた触手はそれぞれが巨大な首に。


 そして足元には、氷の下へ伸ばされた根のようなものが見え隠れしている。


 そこには、翼を広げた七つ首の多頭龍が出現していた。


「……すごいな。ちゃんと龍に見えるぞ」


「……出来るなら最初からやりなよね」


「──ようやく第二形態ってか。俺の献身が無駄にならなくてよかったぜ。まあ、弱点は破壊出来なかったみてえだがな。おいタヌキ、てめえ何ニヤニヤしてやがる」


 バンブが合流した。

 彼のくる身代わり人形が弱点破壊の妨げになってしまった可能性はあるが、それは別に言う気はない。

 彼が自らの尊厳を賭けて行動したのは確かな事だからだ。


「──献身って何かしたの? いや、私の角度からだと良く見えなかったんだけど」


 ライラとゼノビアもやってきた。

 レアが巨大化を解除したためか、ライラも小さくなっている。ただ、こちらも下半身はウナギのままだ。理由はおそらく同じだろう。


「──やっぱり二段変身くらいはしてもらわないとって感じだよね。イソギンチャク倒して世界を救いましたなんてって言っても、聞いた人も反応に困っちゃうだろうしね!」


 ブランとジェラルディンだ。

 ブランは何も考えずに普通に小さくなっていたので、慌てて下半身だけ霧に変えさせた。

 もしかしたら霧の状態のまま巨大化しておけば、服は破れなくて済むのではないだろうか。


 メリサンドがいないが、ひとまず集まった7人で変貌を遂げた黄金龍を眺める。

 レアを含め、皆の視線はその胸のあたりに注がれていた。


 これだけは正確に再生されたものと思われる、卵型の何かだ。


 あれがおそらく、バンブが第一形態の体内で見た弱点だろう。

 それを見てジェラルディンが呟いた。


「あれ? あの顔……。まさかエウラリア?」


 卵型の何かは、人の顔だった。

 そこには美しい女性の顔だけが、まるでデスマスクのように浮かび上がっていたのだ。





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