第570話「解錠」





 北の極点には大陸がない。


 あるのは氷だけで、巨大な氷が海を覆い、足場を造っているに過ぎない。

 この事実は例の壁、『クリスタルウォール』の付近まで来てもエンヴィの『海内無双』が有効であった事から明らかになった。


 しかしただの氷とはいえ、そこらの島よりよほど大きい。

 レアは行った事がないため知らないが、おそらく極東列島よりは遙かに広いだろう。

 数度に分けて海洋シャトルバスカナルキアで往復させたが、少なくともそこから降りてきた全てのプレイヤーを余裕で受け入れるだけの広さはあった。


 輸送に使ったカナルキアは太陽の光で動く。

 ただ光を当てるだけであれだけの大きさの岩塊を航行させるとは、現実世界も真っ青の超高効率の再生可能エネルギーと言えるが、それを以てしても短時間で何度も北の極点と中央大陸を往復させるのは難しかった。


 そこでブランが手を上げた。

 なぜブランが、と思っていると、どうやらインディゴがお誂え向きのスキルを持っているらしい。

 空の化身たるジズが持つそのスキルこそ『天候操作』。

 直接的に攻撃や防御に役立つものではないが、サポート系と言うにはあまりに強大すぎる能力だ。

 ブランはこのインディゴの『天候操作』を使い、カナルキアの航路上を常に「日照り」状態にしたのである。


 そのおかげもあり、数日前からピストン輸送をしていたカナルキアは、何とか希望者のほとんどを北の極点に送ることが出来ていた。


 希望者のほとんど、と言ったのは、運んだ希望者の中には何名か中央大陸への帰還を望んだ者がいたためである。

 どうやら北の極点の寒さを甘く見ていたらしく、薄着で凍えてしまい、とても戦うどころではないプレイヤーが少数だが存在した。

 中には素肌に直接金属鎧を着込んでいた者もいた。カナルキアから降りるなり全身の皮膚が凍結した金属に貼り付き、身動きするだけで皮膚が破れ、何もしていないのに全身血まみれで勝手に瀕死になっていた。何をしに来たのだろう。


 彼らはずうずうしくも、カナルキアがどうせ中央大陸に戻るのならそれに乗せていって欲しいと頼んできた。

 しかしレアとしても、別に慈善事業でシャトルバスを手配してやったわけではない。

 彼らが少しでも何かの役に立てばいいという打算と、イベントとして手配した以上は最低限の面倒は見てやるかというなけなしの義務感のなせる業だ。

 そんなレアの想いを汲んでか、ハガレニクセンの方から予め防寒対策について注意喚起がされていたはずだ。

 それを無視してやってきた愚か者など決戦で役に立つとは思えないし、そんな愚か者に対するフォローは最低限の義務の範疇には収まらない。


 仕方なくレアは彼らに、今すぐ帰るか決戦イベントが始まってから帰るかを尋ねた。

 準備不足の全員が今すぐ帰りたいと宣言して来たので、即座にキルした。


「異邦人は死ねばすぐに復活するのだから、これで無事に帰れたはずだよ。なに、礼は要らない」


 そう言うと残ったプレイヤーたちは顔を見合わせ、歓声を上げた。

 レアとしては意外な反応だったが、きちんと真面目に準備をしてきたプレイヤーたちにとって、何の準備もしてこなかった彼らに対してはあまりいい印象は抱けなかったらしい。


 途中で対応が変わるのも何なので、2日目以降のシャトルバスに紛れていた準備不足組も希望者には順次死に戻りしてもらった。









「──時間だ」


 レアはそう言って閉じていた目を開いた。

 その様子に、レアの声が聞こえた範囲に居たプレイヤーたちも視線をそれぞれどこかに動かし、身構えた。


 北の極点にそびえ立つ、オーロラの壁。

 その前にレアは立っている。


 近くにはマグナメルムの仲間たちもいる。

 ライラ、ブラン、バンブ、森エッティ教授。そしてジェラルディン、ゼノビア、メリサンド。


 さらに少し間を空けて、ある程度見慣れた顔のプレイヤーたち。

 ハガレニクセンの者たちや、水晶姫や名無しのハイ・エルフさんのパーティがいる。

 ウェインやヨーイチといった者たちもいる。

 もちろんそれ以外にも、大勢のプレイヤーがオーロラの壁を見つめていた。


「では、以前に告げた通り、これより黄金龍の封印を解く。

 これは、この世界を黄金の寄生虫から奪い返す戦いであると同時に、このわたしの力を証明する戦いでもある。

 異邦人のきみたちをここへ呼んだのは、その証人となってもらうためだ。異邦人なら、ここで見たことを瞬時に世界中に伝えることが出来るだろうからね。

 ただし、わたしの邪魔さえしないのならば、基本的には何をしていても構わない。

 見ているだけなのはつまらないという人は──まあ、多少の応援はしてくれてもいい」


 現れるのが黄金龍本体だけとは限らない。端末がこの地にも大量に現れるかもしれない。

 いや本体を守るという思考をするとしたら、間違いなくここにこそ最も多く現れるだろう。

 そのすべてをマグナメルムだけで相手にするのは面倒だ。


 レアは軽く辺りを見渡し、プレイヤーたちの目に戦意が宿っているのを確認すると、一歩壁に近づいた。


 出来得る限りの準備はしてある。

 世界全体を考えれば完璧とは言い難いが、そちらは全滅さえしなければ構わない。有象無象のキャラクターなら、放っておいても勝手に増える。人類も含めて。

 それに世界全体の被害がゲーム進行に影響を及ぼすほどのものになれば、さすがに運営も何らかの措置をとるだろう。


 レア自身の成長についても、経験値を消費することで可能なことはすべてやった。

 謎のスキルも取得した。依然として謎なままだが、あれだけの経験値を支払わされたのだ。全く無意味というわけでもあるまい。

 黄金龍に似た文字化けが施されているくらいだし、何かしら黄金龍に関わるスキルである可能性が考えられる。

 ならば、黄金龍との戦闘中に効果を発揮してくれるかもしれない。


 もっとも、そんな不確かなものに頼る気は無いが。


「──覚悟はいいかな。

 いや、これは異邦人のきみたちに言ったのではない。

 そう、きみに言ったんだよ。──黄金龍」


 さらに一歩、壁に近づき。


 レアの手が壁に触れた。


 その瞬間。





《鍵となるマナを検知》





「なんだこの声!」


「システムメッセージ……? いや、違うな。SNSじゃ騒がれてない」


「この辺りに居る奴にだけ聞こえてるって事か!」


 ウェインたちが騒ぎ出した。

 そして騒ぎながらメッセージの仕様について考察し、わざわざ説明してくれた。

 どうやら声は周囲一帯に聞こえているらしい。

 前回触れた時は他に気を取られる事が多すぎて気にしていなかったが、これが聞こえているのはNPCも同じであるようだ。ジェラルディンたちの表情も険しくなっている。





《マナ保有者の解錠の意志を確認》


《第一の封印、解錠》





 光が立ち昇る。

 あの時と同じく、複雑な魔法陣が天空に描き出された。


「すげえ!」


「ちょっとこれは……これまで見た中でもトップクラスにスペクタクルなビジュアルだね」


 小さな魔法陣が回転し、噛み合い、より大きな魔法陣を回転させ、無秩序に見えた魔法陣が内側から徐々に形を整えていく。





《第二の封印、解錠》





 そして、今回はここでは止まらない。

 どれが第一でどれが第二かは知らないが、用意出来るものは全て用意している。

 レアの触れている辺りから発生する光がひとまわり広くなり、光の色も少し色味が濃くなった。


 第二の封印の解錠によって、ただの背景かと思われていた色の薄い魔法陣が動き始めた。

 背景でないのなら、この魔法陣はどうやら積層構造になっているらしい。手の込んだ事だ。





《第三の封印、解錠》


《第四の封印、解錠》





 その後も手前に奥に、交互に魔法陣が動いていき、順調に解錠が進んでいった。

 海皇、幻獣王、精霊王、聖王を追加で取り込んだのは無駄ではなかったようだ。





《第五の封印、解錠》





 5回目の変化が終わると、ここで一旦、引っ掛かるように魔法陣が止まった。

 このまま放っておけばエラーが出てしまう。

 レアはブランに目配せをした。


 おそらく真祖吸血鬼のマナが必要なのだ。


 ブランが壁に触れると、光の筋がまたひと回り広くなる。





《──第六の封印、解錠》





 魔法陣がさらに輝きを増し、全ての層の全ての魔法陣がそれぞれ回る。


 しばらく回転すると、何かが噛み合ったような、ガチンという音を立てて魔法陣が止まった。


 そしてその、巨大な機械時計の中身のような魔法陣は。


 聳え立つオーロラの壁もろとも、光の欠片となってバラバラに砕け散った。








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