第564話「祈り届かず」(バンブ視点)





「……ここも随分と賑やかになってきたな」


 ケーキを食べ終わったバンブはMPクラスターの首都、MPキャピタルに来ていた。

 元は王族が住んでいたのであろう宮殿からは、市場の賑わいが見える。


 市場があるのは宮殿前広場だが、ここも元はもっと静かで格式高い場所だったのだろう。

 だが今やそれも見る影もなく、雑多な種族の魔物たちが思い思いに物を売り買いしていた。


 出店しているのが一番多いのはケット・シーだろうか。

 彼らは人類と同程度の技術レベルで物を生産できるため、ここでは商業の要になっている。

 他にもクモ型の魔物が脚を器用に使って金貨を数えたり、ハーピィの娘が路上ライブをしていたり、スライムが水の代わりに噴水から噴き出したりしている。

 スライムについては、彼らを水の代わりに使っているとかそういう訳ではなく、あれはああいうスライム用のアトラクションらしい。よくわからない。そもそもまともな知性があるのかどうかも不明なスライムたちが何かを楽しむ心を持っているのだろうか。


「ここまで融和政策がうまくいったのはマグナメルムのおかげですね。最も気位が高かった蜘蛛の女王の腰が異常に低くなったのが大きいです。さすがです、マスター」


「いや、あれは俺は関係ないっつうか。種族的に勝手にセプテムに従属したっつうか……。

 そうでなくてもケット・シーやら何やらを引き込んだのはMPCの皆の努力の結果だろ。こいつは素直に大したもんだと思うぜ。セプテムも、それに珍しくオクトーも褒めてやがった」


 部屋に控えているガスラークが、バンブがセプテムの名を出した時に一瞬片眉を上げたような気がした。主を呼び捨てしたのが気に入らなかったのか、別の感情なのかはわからない。

 ガスラークはレアの配下だけあってかなり有能だが、レアの配下だけあってたまに意味不明な事を言い出すため現在は家檻に押し付けてある。補佐役のようなものだ。


「……そうですか」


 一方の家檻はバンブが褒めた際は一瞬尾が振れたものの、セプテムやオクトーといった名前を出すとすぐに下がってしまった。

 闘技大会のあの様子を見たのであれば、オクトーに褒められたといわれても微妙な気分になるのはいたしかたない。


 その家檻の種族は現在、コボルトキングになっている。

 蟲系の上位種はクィーンなのになんでコボルトはキングなのだと憤っていたが、そう決まっているのなら仕方がない。この場合のキングは単にそういう記号でしかなく、男性の王を意味するものではないのだろう。

 同様にリックはゴブリンキング、スケルトイはスケルトンキングに転生している。

 これらの種族のさらに上位種は存在しないようで、追加で賢者の石を使わせてみたが変化はなかった。


 レアの配下であるディアスたちの事を考えると、スケルトン系は他にもルートがありそうではある。これはゴブリン系も同じ事が言える。バンブも元はゴブリンだったが、今では阿修羅王だ。アンデッドを経由せずにいけるのかわからないが、阿修羅王自体はアンデッドというわけではないため、バンブとは別のルートがないとも限らない。


 コボルトも何かしらそういうルートがあるのかもしれないが、現状では見つかっていない。

 決戦まではあと一ヶ月弱しかない。それまでに見つかるかわからないし、下手な事をするより今のまま成長させた方がいいだろう。最悪の場合は課金アイテムもある。

 もっとも、家檻たちのように現在も残っている叩き上げの魔物プレイヤーはあまり課金アイテムは買わないプレイスタイルの者ばかりだが。

 今でこそ魔物プレイヤーたちもかなり生きやすくなっているが、かつてはひどいものだった。その頃からプレイしている古参で課金アイテムを買う事に抵抗がないプレイヤーは、大抵は課金アイテムで人類系の種族に転生してしまっているだろうからだ。


「ところで、今日はキャピタルの様子を見にいらしたんですか?」


「ああ、いや。それもあるがな。

 ウチのノウェムが、配下の魔物と例の鎧獣騎とかの残骸との融合を試そうとしているらしくてな。もしそれがうまくいくようなら、MPCの連中にも応用できるんじゃねえかと思ってよ」


 今後は人類のプレイヤーたちも転生や『儀式魔法陣』、鎧獣騎などによってどんどん力を付けていくだろう。

 これまでは個としての戦闘力では魔物プレイヤーに軍配が上がっていたが、これからもそうであるとは限らない。これは闘技大会の結果からも明らかだ。組み合わせが悪かった部分はあるものの、それでも水晶姫やウェインたちのパーティの実力は高い水準にあった。


 ただでさえ魔物と人類のプレイ人口には大きな開きがある。

 たとえ一部とはいえ、魔物プレイヤーに並ぶ人類プレイヤーが現れれば、いかに中央大陸において第二位の勢力を誇る国家だとしても、MPCもそう持ち堪えられるものではない。


 もちろんMPCを支援しているマグナメルムや、提携している災厄神国ハガレニクセンの援助を受ける事が出来れば話は別であるが、たとえ親会社と言えども最初から外部組織を当てにした経営方針では早々に破綻するのは目に見えている。


 そこでバンブが思いついたのが鎧獣騎の残骸、機械と魔物の融合である。

 そう、言うなれば。


「機械獣とかっていうのは──」


「マスターストップ! それ以上は!」


「……まあ、名前なんてどうでもいいがな」


 ブランの結果待ちにはなるものの、鎧獣騎と魔物を融合させる事で新たな力を得られれば、今後人類プレイヤーたちが大挙して攻めてきたとしても押し返せるだろう。

 というか、人類だけ鎧獣騎とかいう世界観無視のアイテムを持ち出してきて、魔物にはそれがないというのは単純にずるい。このプロジェクトにはかなり期待していた。

 教授の話では発案者はライラらしいが、ライラが言い出した事ならまったく勝算がないという事もないだろう。


 ビジュアル的には多少醜い姿になるかもしれないが、夜緑色に光るよりはマシなはずだ。

 何の代償もなく得られる力など無いのである。


「それはどのみちノウェムの奴が帰ってくるまではどうにも出来んな。素材を分けてもらえるかもわからんし」


「そうですね。今後の事も考えるなら、材料くらいは自給出来た方がいいでしょう。南方大陸への渡航についてはまだ先遣隊があちらに到着したばかりですが……」


「そうか。南方大陸から鎧獣騎の残骸が輸入できるかどうかは大悪魔たちとの交渉次第だな。今あっちに行ってるオクトーたちが余計なことをしてなけりゃいいんだが……」


 教授はライラとブランとジェラルディンが向かったと言っていた。

 基本、余計なことしかしない連中だ。

 望み薄だが祈るしかない。


「そういえば、最近はこの大陸にも鎧獣騎を持ちこんでいるプレイヤーも増えてきているようですね」


「ほう……」


 南方大陸から鎧獣騎を密輸する場合、その船が行きつく先は元ポートリー王国領である。

 これはSNSから得られた情報だ。

 密輸に関する詳細な情報をソーシャルなネットワークに流すとは正気の沙汰ではないと言えるが、警戒する相手がこの世界から出られないNPCだけならばそんなものなのかもしれない。


 ちゃんとした港があるオーラルではなく、港などないポートリーに到着するのは、ある意味では当然であった。

 港と言うのは基本的に国が管理する設備である。

 表向きウィキーヌス連邦と友誼を結んでいるオーラル王国では、兵器の密輸を表だって受け入れるわけにはいかない。

 本来ならばオーラルの港まで行くはずの船に乗った鎧獣騎は、ポートリーの岸辺が近付いたところで強引に船を降り、海を渡って上陸するのだ。

 これならば、港が無くとも下船は出来る。

 ただ逆はなかなか難しい。鎧獣騎は木造の船に比べて硬く重いため、海中から乗り込もうとすれば船が破壊されてしまうからだ。詰み込みは港できちんと行なう必要がある。


 こうした理由もあり、密輸と言っても現在は契約済みの騎体に限られている。南方大陸で鎧獣騎を購入したプレイヤーが自分の専用装備を持ち込むくらいが関の山ということだ。


「そいつら、鎧獣騎を持ち込んでる奴らってのは、マグナメルムに対しちゃどういうスタンスなんだ? 敵対か? 融和か?」


「一概には何とも。鎧獣騎を使うプレイヤーと言っても、各々所属もプレイスタイルも違うでしょうし」


「そりゃそうか」


 見かけたら適当にちょっかいをかけ、敵対しているようなら破壊して残骸を奪えばいい。

 一瞬そう考えたのだが、さすがに協力する意思があるものを襲うのは外聞が悪い。そのせいで協力者が減ってしまっては大変だ。


 黄金龍の端末とやらとバンブは戦ったことがない。そのため一ヶ月後、どういう戦いになるのかは見当がつかない。

 しかしレアやライラ、ブランでさえも口を揃えて「ちょっと面倒くさい」と言うくらいだ。並大抵の実力では太刀打ち出来ない相手なのだろう。

 なのでバンブとしては有象無象のプレイヤーに何も期待などしていない。期待はしていないが、それでも無関係なNPCの肉壁くらいにはなるかもしれない。

 もし世界中で黄金龍の端末が現れるなら強制参加のワールドイベントと言える。

 逃げることなど出来ないのなら、どんなスタンスのプレイヤーでも何らかの対応は取るだろう。


 その中で、各々勝手に戦いたい相手と戦えばいい。それが結果的に世界を救う事になる。

 ただ、戦う相手をマグナメルム関係者にされてしまうと面倒が増える。

 協力者を減らさないというのはそういう意味だ。


「まあ、協力する気がハナからねえような奴、火事場泥棒か漁夫の利でも狙おうって思うような奴らでもいりゃ、そいつらから鎧獣騎の部品をちょいと拝借するとするか。核さえ無事なら『修復』出来るんだよな確か」


「そうですね。破損の度合によって成功率とか必要修復回数とかが変わるらしいですが」


 それなら普通のアイテムと同じだ。

 完全破壊に近い状態にしてしまったとしても、『修復』出来るかどうかは作業者の技量によるということらしい。


 よほど高ランクの鎧獣騎でもなければ、マグナメルムの生産部の能力値ならうまく『修復』できるかもしれない。

 だとすると、たとえ協力するつもりのスタンスの者を間違えて襲ってしまったとしても、後で直せば許してくれるだろう。適当に土産も持たせればなおいい。


「──よし、家檻。暇な奴集めてこい。久々に狩りとしゃれこもうや」





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